03 バン・ドン・ゴォ
「!!!!!!!」
一度目の挑戦はクロストだ。
それは声にならない叫び声なのだろう。
限界まで開かれた口から吐き出され続けている息を止め、クロストは状況を確認する。
バン、と破裂するように全身から風魔法を噴出して周辺にあった瓦礫や魔獣を吹き飛ばしていく。
座り込んだ膝の上には血まみれの女。
視界に入れた途端にドン、と今度は回復魔法が噴出する。
着用しているローブがはためいて内側に仕込まれた魔石がキラキラと発光しているのが見えた。
吹き飛ばした魔獣まで回復魔法が届いたのだろう、沈黙していた魔獣がうめき声を上げながら立ち上がっている。
破裂音や剣のぶつかる音、戦闘中の掛け声や足音、喧騒の中に怒号が混じり始めた。
「魔獣が回復しやがった!」
神様の言う通りであれば、自分は今、魔力暴走中の賢者なのだろう。
クロストにはここからどうすれば良いのか全く見当がつかない。
発動しているつもりもないのに、次々と魔法が発動してしまうのだ。
「エステル! 魔獣まで回復させてんじゃねぇ!」
膝の上の女が血まみれのままの手を持ち上げて襟を掴んで起き上がる。
魔力暴走は止まらない。
ゴォっと、二人の周りが炎で囲まれる。
「リリス! そのバカ連れて退避!」
どこからか飛んできた指示に女が叫び返す。
「解ってるっつの!」
女は襟を掴んだまま、恐らく風魔法を足裏から放出したのだろう、二人同時に後方に飛んだ。
その間にも新たな魔法が発動する。クロストにはどんな魔法が発動したのかも分からない。
「大人しく気絶しとけっ!」
女が力任せにローブを剥ぎ取って投げ捨てると同時に、物凄い勢いで魔力が消費し始めるのが分かった。
今も何かの魔法を発動し続けているのだろう、ダンッと地面に抑え込まれるように着地して、女と目が合う。
女の後ろから魔獣が飛んでくるのが見えたが、視界が暗転するのとほぼ同時だった。
***
どうやら気絶しただけでまだ死んだわけではないようで、暗闇の中クロストはスティに話しかける。
(なんで今回僕が先? 別に良いんだけど)
(順番なんじゃないの? 一度目の説明を聞く前ってクロストだったじゃない)
(神様が前回、またスティ君からでいいかって聞いてきただろ?)
(よく覚えてるのね。話を聞いた後に私が行きますって宣言したせいで、一度目も私から開始扱いなんじゃないかしら? 適当なのよ)
(適当なんだろうな)
不毛なやり取りが続きそうだと、スティは話を変えるために明るく言う。
(でも今回は何を言っているか分かるから通訳機能が付いているみたいで安心したわ!)
(……多分キドニー側の勇者パーティ―で固まってるから、通訳じゃなくて普通にキドニー語だと思う)
(ご褒美がご褒美じゃなくなってる……!)
神様の話をするとひたすらに不毛な方向に進むのだ。
クロストは諦めて見ていただけのスティに聞く。
(見ててなにか分かった事ある?)
(ご本人様の名前は大賢者のエステル・ジメチル様で、膝の上の人が聖魔導士のアマリリス・ジメチル様ね。ご夫婦で参加されてるんではなくて、パーティー参加後に結ばれたそうよ)
(それ、月刊勇者冒険譚情報だろ? 脚色されてるんじゃないの?)
(壮大な純愛物語部分はね。感情部分を全部削除して箇条書きにすれば事実みたいよ。王族が嘘を付いていなければ。正式発表はもう出版業界には出てるのよ。この討伐が終わったら凱旋行進で国民にも発表すると思うわ)
月刊勇者冒険譚はそのタイトル通り、月に一度発売されている、キドニー所属の勇者パーティ―の情報誌で、エステルは超の付く真面目な人物で、反対にアマリリスは自由奔放。
戦いに傷ついたアマリリスは助けてくれた町の男との間に子供を作るも、自分の使命や性質から親になる事はできないと思い悩みながら姿を消し、精神的に疲弊しているところを、罪ごと愛そう、とエステルが結婚を申し込む、そんな話である。
良い風にまとめられていたが、クロストにしてみればツッコミどころが多すぎる物語だった。
(箇条書きで事実になるんなら正しい感情部分も知りたいところだけど、そんな場合じゃないよな。ローブの内側の魔石は魔力補助か魔道具の類じゃないかと思う。アマリリスが剥ぎ取ってから一気に魔力が消費し始めたのを感じたから、魔力枯渇を狙うならすぐに脱ぐのもありかも)
(自分で魔法を出したり止めたりは出来なかったの?)
(魔法を出そうとはしてないから分からない。勝手に発動してたな。だから止め方もよく分からなかった。ああ、でも、入れ替わる前に何か叫んでたんだと思うんだけど、息を吐いてたからそれは止められた)
(うーん、それなら次はローブを脱いでみる方向で行ってみましょうか? これ魔力枯渇の気絶なのよね?)
(多分な。後ろから魔獣が飛んできてた割にはまだ死んでな……)
言い終える前にグンとスティに視界が戻って来た。
***
「!!!!!!!」
吐き出され続けている息を一度止めて息を吸い込む。
バン、と破裂するように全身から風魔法を噴出して周辺にあった瓦礫や魔獣の遺体を吹き飛ばした。
クロストからの情報通り、勝手に魔法が発動しているようである。
スティは目線を下に向け、膝の上で血にまみれたアマリリスを視界に入れた。
ドン、と今度は回復魔法が噴出する。
着用しているローブがはためいたので、胸元の留め具を外して流れで脱いだ。
(体はなんとか動くみたいね!)
(吹き飛ばした魔獣が立ち上がり始めるぞ)
「魔獣が回復しやがった!」
クロストの注意と、戦闘中の誰かからの怒号が重なった。
ガクリと、上体を起こしているのも困難な程に一気に魔力が消費されていく。
スティはくらりとめまいに似た視界の歪みを感じだ。
「エステル! 魔獣まで回復させてんじゃねぇ!」
膝上のアマリリスに襟を掴まれて、そこで視界は暗転した。
***
(あー、回復魔法って、魔力消費が激しいのねぇ)
今回は痛みなども特になく、前二回に比べて少し気持ちに余裕がある。
それでも気絶した状態になっても神様の場所へ移動もしないので、途中で気絶が解けるのか、やり直しになるのか、分からない部分に恐怖は感じた。
(なんで回復しているのか分からないしな)
(時間を遡る説と時間を早める説と再生説だったかしら)
(個人的には時間を早める説を推したいところなんだけど、それだと後遺症が残っても不思議じゃないんだよな。再生もなんだけど。消去法で遡るが残るんだけどどうにも納得がいかない。時間が枝分かれして分岐するみたいな話もあるけど、元の時間軸の……)
考えてはいけない事に気が付いてしまいクロストは押し黙る。
スティが引き継いで言った。
(私達にも元の時間軸があるのかって話なら大丈夫よ、きっと。神様の所業だもの。ブツッと途切れているのよ)
(だといいよな。なにか考え続けると時間軸ごとの僕ら物凄く不幸じゃない?)
(そうでもないわよ。死んじゃってるんだもの。そのまま死んでるんじゃないかしら?)
(だから不幸だろ?)
死んだら不幸など感じないと思うスティと、残された方は不幸だと思うクロストと、分かり合えないままクロストの順番は回ってきた。




