02 甘やかしてはいけない
「カンカンカンカンカン」
深夜、けたたましい鐘の音が鳴り響いた。
スティは目を覚まして慌ててベッドから抜け出し、窓から外の様子を伺う。
ちらほらと家の明かりが点き始めている程度で、道を行く人々は少ない。
この鐘の音は北キドニーと南キドニーの国境にある共同の施設から放たれるもので、例えば大地震などの天災、戦争などの人災、魔力暴走による魔災、魔獣による獣災が起きると、避難が必要な地域の上空に魔導士が鐘を出現させて鳴らされる。
スティが見る限り上空に鐘は見えなかった。
かなり大規模な災害なのだろう。
簡単に着替えを済ませ、紙とペン、常温で持ち運べそうな食料とコップやカトラリーにタオル、これらを薄手の毛布に包んで背負い、家を出た。
水や火は魔法で出せる為、一般的で必要最小限の避難セットと言えるだろう。
この地区では学校が避難所として指定されているのだが、それとは反対、クロストの家に向かってスティは走った。
ポツポツと家から人も出てき始めている。
鐘の音は鳴り続いており、止まる気配はない。
かなりの災害なのだろう。
ミクの家の前ではミクがご両親と非難を開始していた。
「スティ、クロストのとこ?」
「ええ。こちらに親しい人もいないので」
「また避難所で」
「ええ、避難所で!」
簡単に言葉を交わして先を急ぐ。
ペルオともすれ違った。
「スティ、クロストのとこ?」
「ええ!」
「あいつ客を追い出したらそのまま避難しないタイプだから引きずって来てくれると安心だよ」
「頑張るわ!」
こちらも簡単に言葉を交わして別れる。
リジウム冒険本書店は営業時間中だったこともあり、全員が覚醒している状態だった為、既に客は全員出た後で、クロストはのんびりと片付けの最中だった。
「クロスト、なにをしているの? 避難しましょう!」
店内に踏み込んだスティは挨拶も抜きに大きな声でクロストに声をかける。
「スティ、こんばんは。うーん、慌てても仕方なくないか? 天災じゃなさそうだし、避難所に行って情報を仕入れる位だろ? のんびり行って後ろの方で噂話でも拾った方が世話がなさそうだし」
なるほど、ペルオの言っていたのはこれか、とスティは眉を寄せた。
「分からないから取りあえずの避難でしょう? 誰もいないと思って物凄く大きい魔法とか振ってきたらどうするのよ? 更地になっちゃうし、死んじゃうし、放った人の心の傷になるわよ」
「是非とも気にしないで頂きたいところだけど、言い分は分かった。寝室の手前一列目の左の一番手前の棚、上から三段目に避難袋が置いてあるから持ってきてくれる? こっちの持ち出さないとヤバいヤツ、すぐまとめちゃうから」
受付机の中から小さ目の金庫を取り出しながらクロストは言う。
スティは二つ返事で二階に駆け上がると、指定された避難袋を持って今度は階段を駆け下りる。
勤務先になった為、家内で無駄な動きはせずに済んだ。
クロストも準備が完了するところだったようで、ぱたりと金庫を閉じて元の場所に戻している。
「お父さまの所は寄る?」
「ああ、一応まだ治安維持会預かりの犯罪者扱いなんで詰所へ出頭のはずだから、ある意味一番安全だから大丈夫。荷物ありがとう」
荷物を受け取って、まとめたものを鞄に追加で仕舞いながらクロストは言った。
混乱を利用して逃げたり、盗みを働いたりと、一度犯罪に手を染めた人間はあまり信用されない。
クロストの父親の場合は事情は違うが、一律で同じ対応をしないと不平不満が上がるのもまた事実で、そういう普通の人と同じ行動が取れない事もまた罰則の一環と受け止めているのだ。
「お待たせ。行こうか」
荷物を背負って、当たり前のように差し出されたクロストの手に、スティは手を重ねる。
店を出るために足を動かした時、
「カンカンカンカ……」
不自然に鐘の音が途切れて、視界がぐにゃりと白く染まった。
***
「いっらっしゃいませー!」
気が付けば椅子に座っていた。
背負った荷物のせいで、浅く腰かけた状態で、テーブルが近い。
カシャとテーブルに当たって、テーブルの上の茶器が音を立てるが、怒りとか、呆れとか、なにか色々な感情で、ええ? と思っている二人には些細な事である。
「いやー、図書館以外の場所で発動って、正直無理だと思っていた時期もありました! さすが神! 不可能なんてなかったよ! 御使いちゃんにはちょーっぴり迷惑をかけちゃったけれども!」
神様は何やら自分を褒めたたえていた。
右から左へと聞き流しつつ、申し合わせたように荷物を下して、スティは足元に、クロストは膝の上に置くと、テーブルに肘を付き、組んだ手に顎を乗せて、神様の有益な発言を待つ。
「無視するなんて酷くなあい? 久方ぶりの再会だって言うのにさぁ? どう? 元気してた? なんて聞くまでもなく動向は把握してるけどさ? そっちから聞いても良いんじゃない? 神様元気してたってさぁ?」
大声でご用件は、と尋ねてしまいたくもあるが、ここはぐっと我慢である。
スティとクロストは目くばせでそんな風に共通の意識を持った。
「はぁ。冷たい冷たい。こんな子に育てた覚えもないんだけどなー! チラ。チラ」
嘆きながらこちらを伺う表現だろうか、なかなか本題に入らないのでイライラするが、構っては負けである。
スティは何事もなかったように目の前にあるティーポットを持ち上げてお茶を注いだ。
クロストも無言で受け取って、再びテーブルに肘を付き、組んだ手に顎を乗せる。
「ちっ。ノリの悪い」
神様でも悪態を付くんだなぁ、と、スティはなんだか感心したが、顔に出す事はしなかった。
とは言え内心は読まれているのかもしれないが。
「あー、蝗害って分かるかな? それの魔獣版が起きて対応中なんだけどね、ポロポロ多少はすり抜けちゃうんで、君たちの街は避難指示が出てるんだけど」
ピクリとクロストが顔を上げる。
スティの方は蝗害という、バッタ類の大量発生による災害は分かるけれど、魔獣版というならスタンピードというやつでは、と、少し首を傾げた。
「あー、スタンピードって魔獣の集団恐慌なんだけど、蝗害だと突然変異かなぁー。まぁ、なーんか大群で押し寄せてきてなんでもかんでも薙ぎ払う的なヤツ?」
内容の割にはいつも通り神様は軽い。
「勇者パーティ―が二組で対応に当たっているんだけど、賢者の人が暴走しちゃってね。バオとキドニーはこのままいくと壊滅かなー。なんて。ウケるでしょ?」
全然面白くない。二人の共通認識である。
「と、いう訳でいつものヤツをひとつ。あ、自動通訳と自動翻訳は任しといて!」
神様は楽しそうにそう告げて、スティとクロストは一度も口を開く間もなく、いつものヤツは開始した。




