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「クロスト! 出かけるわね!」
リジウム冒険本書店の二階から駆け下りてきたスティは、カウンターで帳簿をつけていたクロストに声をかけて急停止する。
「次はいつ来る?」
帳簿から目を外すこともなくクロストは訪ねた。
「うーんと、明日のお昼くらい? 寝られそうなら寝てていいわよ! 行ってきます」
頬と頬をトンと合わせてスティは笑顔で店の出入口に向かう。
口を付けるとクロストが物凄い勢いで顔を洗いに行くので譲歩に譲歩を重ねた結果である。
クロストとしても瞼の時は平気だったのにとは思うのだが、どうにも無理だった。気が付いていない事になっているので助かったとも言える。
行ってきます、とは言っても、一緒に住んでいるわけではないのだが、と、クロストは書きかけの帳簿に指を当て、顔を上げて声をかけた。
「……行ってらっしゃい」
扉前、振り返ってもう一度にっこり笑って手を振り、スティは出かけていく。
貸本スペースからスティを見ようと立ち上がった客が、本当だ! 笑顔がなにか企んでいるようにしか見えない! などと盛り上がっているが、本人の耳に入らなければいいだろう。
「お前ら二人って結局なんでもないんだろう?」
客が落ち着いた頃合いでミクが聞いてきた。あの一件から友達寄りの客へと関係性は微妙に変わっている。
「なんでもないとは?」
「男女のあれやこれや」
「ないな」
「なんでだろうな?」
「お互い可愛いからじゃないか?」
恥ずかしげもなくそう告げて、クロストは再び帳簿に目を落とした。
あの日の翌日から二人とも忙しい日々を送っている。
クロストは父親と自分に手助けをしてくれた関係各所に謝罪と感謝を告げて回ったり、スリの逮捕はやはり大事件で、治安維持会から表彰されそうになって辞退したりと、お役所仕事と相まってひと月ほど奔走しただろうか。
スティはアストロを巻き込んだ魔法を使わない道具の原案者としての準備に追われはしたが、こちらは何かを執筆する時間が増えた程度で殆ど趣味みたいなものだと疲れた様子は見せなかった。
次の月には宝くじが当たったが、心配していた前後賞合わせて二で割り切れない問題は、前賞は含まれなかった為に問題なく解決した。
クロストには使う予定がなかったのだが、スティは、
「家で仕事をすると人間として終わる気がするので仕事場が欲しいの! クロストの家なら下に資料になりそうな本もあるし、家賃を払うから二階を貸してくれないかしら? 私が使うのは机だけだし、どうせそんなに使っていないでしょう? あ、二階にトイレと洗面台を増築しても良いわよね? クロストのお父様に頼みましょう!」
と言い切って本当に依頼をして支払いも一括で済ませてしまった。
そもそもクロストの父、ロイコクロ・リジウムは建造物修繕士であって増改築は請け負っていないのだが、普通に普通の勘違いをした父親に、
「寝室も作るなら三階を作った方が」
と提案され、
「寝るとしたら私は夜に寝るのでベッドは一つあれば大丈夫です!」
と言い切って更に勘違いを上乗せさせたため、未来の娘の為にと引き受けてしまった。
クロストの知らぬところで展開されたやり取りは、後日治安維持会の事務方の職員からクロストの耳に入り、誤解を解くよりも真っ先に、
「他人にベッドを貸せるわけがないだろう?」
という冷えた視線をスティに浴びせかけたため、スティはついでに作れませんかと、長椅子がベッドに変形する機構を思い付きで告げて、クロストの父に追加で依頼した。
頼む方も頼む方であるが、請ける方も請ける方である。
それからふた月、クロストの汚水管が家の中を通るという事実が耐えられないという主張を、工事関係者一同で、壁の中に管があるように思えるがこれは壁の中ではなく壁の外に管があって、それを囲っているだけなので家の外の話だから家の中は通っていない、という主張で説得。図面でも着工でも盛大にゴネられては説得を重ね、時間はかかったがなんとか完成した。
スティは基本、店の閉店時間を少し過ぎた頃にクロストの家を訪れて食事をし、クロストを寝室に押し込んで仕事をするようになった。
これにはご近所の方々が大変に喜んだことは言うまでもない。
薬師のリリーに至っては食事に混ぜても気が付かれない睡眠導入剤を差し入れる始末である。
そんな生活が始まると同時にクロストの父親が在宅で変形家具の仕事も始めた。
ちょうどスティがアストロから作業場が手狭になってきたという相談を受けていたので、スティとクロストも相談して倉庫兼作業場になりそうな空地を共同購入して、二人に貸し出した。
ひと月の基礎工事の後、内装は二人で相談したそうで、何故かそこに父親が住むことになったのだが、職人同士気が合うのか、アストロも頻繁に泊っているらしい。
変形家具もただの道具も、最初は物珍しさから、次第に便利な物として良く売れた。
スティの元には創作物使用料金が五年間入るそうで、間に入った出版社と折半で、定期的に不労所得が入るという。
クロストは出資するだけして入らないわね、と、スティは嘆いたのだが、そもそも本屋の収入だけで問題のない生活である。使う予定のない宝くじの当選金も半分は残っているし、スティから仕事場賃料としていくらかと、担当編集者に気に入られ、作家のお手伝いと言う名前の資料作成の仕事を請け負うようになったので、気にしないで欲しいし気にしていない、と慰めた。
なんで僕が慰めなくてはならないのだろうか、という疑問はあったが、嘆き方が可愛らしかったので気にしない事にする。
この、お互いを可愛いと思っている問題は、ご近所では有名な話だった。
スティ曰く、可愛すぎて見ていて飽きない、飼いたい。
クロスト曰く、僕に合わせてちょっと背伸びをして頑張っている姿が可愛いらしい。
好意フィルターと言うのは恐ろしいものである。
他人から見ればクロストは行動がどうかしていて見ていて飽きないが、飼えば面倒な性格であろうことは想像がつくし、スティは年齢の割には落ち着いて見えるが、頻繁に暴走するし強引である。
二人が良いならそれでいいが、なにもない、とは? という意見はご近所さんの総意である。
スティが良いのでは? と思っていたアストロとジェンスは今の処なにもない。
双方とも仕事で顔を合わせてもどこかよそよそしいくらいだ。
スティの家族が一度、あまりにも一人暮らしをしているはずの娘が家に居ないと、クロストの事を聞きつけて店に様子を伺いに来たことがあった。実家近くにはスティの友人もいるので、噂を耳にしたのだろう。
訪ねてきた兄のフォー・ミュレーターが目にしたのは、パン屋のペルオが二人に強制給餌中で、
「スティちゃんのお兄さん? 良いところに来てくれました。スティちゃんは昨晩から、こっちのクロストはいつからか覚えてないらしいんですが、食事を自発的に摂りたくないみたいなので。この皿の物をスティちゃんが口を開けたら入れて貰えますか?」
とにこやかに、言い訳をしようとしたスティの口に野菜をねじ込みながら言い、なんだか分からないけれど兄は言われるがまま皿を受け取って手伝って、以降、兄から報告を受けた両親も合わせて黙認状態である。
ペルオの素晴らしい手腕と言えよう。
スティとクロストにとってはもう母親のような状態なので、ペルオには是非結婚しないでこのまま面倒をみて貰いたいと切実に願っている。迷惑極まりない。
新年に全員等しく歳をとり、南キドニーと北キドニーの共同所属である勇者パーティーが、ブレイン国の勇者パーティーと合同で大規模な魔獣討伐に出たという発表を聞いた。
一般市民にとっては魔獣の脅威など感じた事もなく、魔道具を使用するのに必要な魔石の供給源を討伐するというのは、上手く理解ができない。
スティとクロストは、ブレイン国の勇者ってあれだろ? マグマダイブの、と顔を見合わせて、暫く忘れていた神様の事を嫌々思い出していた。




