03 大体の想定外は意地の張り合いで起こる
しばらく呆然とした後、各々でここまでに起きたことを咀嚼して、先に口を開いたのはクロストだった。
「君の新刊、続編があるでしょう?」
震えはすでに止まり、眼鏡の位置を変えながらの極めて普通な声音に、スティは一瞬何を聞かれたのかわからなかった。
それでもすぐに言いたいことを理解して、理由にしてくれたことを嬉しく思いながら返答する。
「ええ。一冊完結で考えてはいるのだけれど、同一主人公のものをシリーズとして続けたいと考えているの」
クロストは頷いた。
「探偵なんかだとそう言う本も多いからね。主人公が完成した状態で始まっていたし、回想シーンが多かったから、過去編と因縁の相手との対峙編はありそうだと思ったんだ」
そこで言葉を止めて、ふるりと体を震えさせ、浮かんだ涙を袖で拭った。
「続きを読みたいんだ……痛いとか、死ぬって言うのは、どうしてこんなに怖いんだろう。落ち着いたと思ったのになぁ」
スティにはそこまでの恐怖はまだない。困惑が先立って、実感が湧いていないのだ。
クロストは続ける。
「痛いのが分からないのは危険だし、痛いのが嫌だから頑張れるかもしれない。
恐怖心がないとやりすぎそうだけど、怖いから慎重になれるかもしれない。
忘れちゃうと繰り返しそうだけど、覚えていればそのうち正解にたどり着けるかもしれない。
で、希望がないと諦めそうなんだけど、僕は君の次の本が読みたいんだよね。
終わったら続きを書いてくれる?」
スティにとっては嬉しくも重たい言葉である。
熱烈な愛の告白のようではあるが、しかし、世界の命運が続刊発行にかかってしまったと言っても過言ではない。
かと言ってこの状況から抜け出す術もなく、できることといえば神様への交渉くらいである。
一度頷いてから、すぅっと息を吸い込んで、スティは神様に声をかける。
「神様。私たちが断れば世界は終わると言うことでお間違いございませんか?」
「そうだよ。次を探すのも面倒だしねー」
「成功報酬はございますか?」
「神の加護でどう? 死ぬまで困らないように悪意には天罰を、窮地には奇跡を約束しよう」
スティがちらりとクロストに視線をやると、クロストは考えるように首を傾げたので、スティは頷いた。
「加護の内容は成功時に改めてご相談してもよろしいですか?」
「ああ、もちろん構わない。成功したら話を聞こう」
「待った!」
クロストが大きめの声で話に割り込む。
「成功の定義は? 何を持って成功?」
「それは神の奇跡の成功だよ」
スティはハッと気が付いて叫ぶように言った。
「成功はマグマダイブ回避としてください!」
((奇跡を約束するぐらいだから奇跡は一つじゃない!))
二人とも思ったことが同じだった。
「ええー。それだけに神の加護は大きいんだよなぁ。一つ、欲しいと思っているものをあげる位しかできないけど、それでいい?」
((危ねぇぇぇ))
「ひとつ願い事を聞いてくださいというのはいかがでしょう?」
「それで神の加護をくださいとか言われると叶えなくちゃならないじゃない。ダメだよ。創造した物をあげるくらいだよ。それでも君たちの余命がちょっと伸びるくらいだろうから、よく選んだ方がいいと思うし」
「「余命?」」
「厄介ごとというのは止まることを知らないものだよ。天災・人災・魔災・獣災。勇者のマグマダイブを回避して未来が確定したら、次の手詰まり箇所が確定するから、それが君たちの寿命よりも先だったら良かったんだけど、と言う話さ。今のところ子供もいないみたいだし不特定多数の他人が住む世界の滅亡なんてどうでもいいでしょう? 人間てそういうところあるよね」
ごくりとスティが息を飲む。
クロストは震える声で聞いた。
「未確定でも次の滅亡の危機は予測できてたり……?」
「半年後にはあると思うよ。考えてごらんよ。勇者の危機で世界滅亡だよ? 勇者の仕事が全うできなくなると滅亡って話だよ。魔獣に蹂躙されて人類滅亡したら、魔獣同志の殺し合いが始まるだろう? 肉食の飢餓と草食の環境破壊、そこからは穏やかだと思うけれど、逆にそこまではあっという間だろうね。作るのは大変なのに、壊れるのはあっという間なんだよ」
「脅迫!?」
クロストは頭を抱えたが、神様はなにがだい? と言葉を続ける。
「作ったのは私だし、一応どうする? と聞いているじゃないか。神の慈悲発動中なわけだよ。まぁ君たちがたまたま人間の代表のようになってしまったのは申し訳ないのだけれど、成功確率はそこそこだと思うから頑張ってくれないかなぁ」
「……私、神の奇跡ってもっとこう圧倒的でご都合展開なものだと思ってたわ……」
そんなスティの独白に、神は答えた。
「それなりに忙しくはあるんだよ。大規模な戦争が起こりそうだから、止めるために津波を起こすつもりなんだけれど、先に土砂崩れを起こして地形を変えておけば、二つの天災を合わせた死者数は三分の一以下に抑えられるし、戦争による死者数と比較すると六分の一になる。そんな風に人災の処理が一番多いんだけれど、手のかかるものほど愛おしく思うからね。神の奇跡はね、神の御使に委ねるしかない、ただの時間停止なんだよ」
クロストはクシャクシャと髪を混ぜて考える。
「回避成功したらなんかくださいね。後で考えるんで。
それで僕らはどうやって奇跡を起こすんだ?」
「約束しよう。
君たちのどちらかが勇者の体を乗っ取る形で、先程の落下開始地点から最大で十分間が繰り返されるから、いろいろ試してみて欲しいんだ。マグマに触れた後はかならず死んでいたから、触れてしまったら即死を狙った方がいいと思う」
「どちらか……僕は見たものに文句しか言えないから、挙動は僕に、思考はスティに分散できないかな?」
「意見が割れた時に上手くいかなくなるんだよ。視覚は共有できるから文句が得意なら会話を可能にしようか」
「じゃあスティ、僕が勇者に入るから指示だしできる? 反射的なものもあるから全部は反映できないかもしれないけど、何度も挑戦できるならなんとかなると思うし」
クロストも一応年上の男である。トラウマレベルの痛みをスティに体験させたいとは思わなかった。
言われたスティは顎に手を当てて考える。
「心配してくれているようだけれど、私たちには交互が向いていたはずよ。第一痛みは女の方が強いというでしょう?」
クロストは視線を逸らすと、違う、と爪を噛んだ。
「文句しか言えないってのは開拓できないって事だ。僕は役に立てないと思う」
スティは笑った。
「じゃあ私が先行ね。
神様、とっとと始めましょう」
凛とした声で、ループ開始が宣言された。