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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
第二章 国外脱出する密偵

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20 既成概念の真逆をいく


 クロストの寝室は狭い。

 扉の幅で通路のように突き当りの窓まで通路があり、通路の左右には本棚のような簡素な作りの棚が等間隔に通路のみを残して並んでいた。あまり生活感がない。

 服が置かれている棚、靴が置かれている棚、文具類の棚、消耗品の在庫が置かれている棚、と言うように、棚毎に分類され、それぞれの棚がすべて埋まっているわけではなく、余裕を持って置かれている。

 窓際まで行くと、右側のベッドの幅分だけ開けられたスペースにベッドが埋まっていた。

 ベッドまでの通路といい、ベッドの配置といい、確かに一人で入るのが限界だろう。

 運んだペルオも、診察した医師も、治療したロイドも、それぞれベッドに乗るしかなかったのだと思う。クロストは壁際に寄って眠っていた。

 ベッドの反対側、つまり窓を正面に左側はそのままなにもない空間で、今は折り畳みの簡易テーブルに水と薬が置かれている。

 スティはそっとベッドに乗り、横からクロストの顔を覗き込んでみた。

 穏やかな寝顔に安堵する。

 ロイドは打撲痕が残ると言っていたが、残っているのは治りかけの痣のように青みがかった黄色で、痛々しくはあったが髪で隠れそうだと、今は枕に散らばっている髪に触れて気が付いた。

 顎に沿って切りそろえられた髪型は、隠すのに都合が良いのだろう。目立つ傷が残っている訳ではないのだが、スティはなんだか悲しくなって、どうして悲しくなるのかを考える。

 父親を信じきれない、傷を隠したい、殴られても大丈夫、この髪型に慣れる程に備えている、そんな事を連想するからだろうか。


「寝てても可愛いなぁ」


 スティは呟いて耳の上辺りを撫で、それから、瞼に唇を落として、そっとベッドを降りた。


 寝室の扉が閉まってゆっくり十数えてクロストは目を開ける。

 頭痛は収まっていたが、まだ覚め切らない頭はまわらない。

 可愛いはないだろ、と瞼に手を当てて再び目を閉じた。




***




 クロストが起きた時、居間ではスティがペルオに食事をさせられていた。


「ちょっ、ちょっと待って、あと、あと一行だけ……!」


「ああ、ああ、もう、いいからいいから、口開けて、はい、あーん、って開けて」


「あのペル……んむっ、……ひょっろおおひぃひゃも……」


「美味しい? それは良かったよ。出来れば一度書くのを止めて食事に専念してもらいたいところだけど、何回声をかけても後でとかもう少しとか言うばっかりで、俺ももう帰って寝たいし、仕方ないと思わない? ほらほら、早く噛んで飲み込んで、あーんして、あーん」


 地獄絵図ってこういう感じなんだろうかと、クロストは思う。

 ちなみにペルオはクロストが起きてきたことに気はついているが、ちらりと目線を向けただけで、スティの口に入れるにはやや大きいサンドイッチをフォークに刺して口元に押し付けるのは止めなかった。

 スティは頬を膨らませてパンパンの顔である。

 懸命に咀嚼をしている様だがそれでもペンを置かないのは作家根性なのか、ただムキになっているだけなのか、単純に本当にあと一行なのか、クロストは無言で後ろを通り過ぎて流しで顔を洗った。


「おはよう、クロスト。先生がなにか食べさせろって言ってたからスープを持ってきてるいよ。存分に沸かしてから食べるといい」


「っ……クロ……んむっ……」


 クロストおはよう、と言おうとしたスティの口にすかさずペルオは次のサンドイッチを押し込む。


「おはよう、ペルオ、スティ」


 クロストはスティの相変わらず何かを書いている手元を覗き込みながらため息を付いた。


「スティ、残念だけどペルオが怒ってる時は大体怒られている人が悪いから諦めて書くのを止めた方が身のためだよ? ペルオ、店って誰か開けてくれてるの?」


「ミクが開けてたんだけど、クロストが思ってた時間に起きてこなかったんで、さっきアストロと交代してもらったところ。はい、スティちゃん、あーん」


 恐らくペルオが食事を届けに来てスティに食事をすすめ、クロストがまだ寝ていたので、スティに再度食事をするように言って、朝の早いミクの為に夜通し起きている事が多いアストロに交代を頼みに行き、戻って来てまだ食事をしていないスティに声をかけ、ミクが帰ってアストロと交代したのを見届けて、いい加減食事をしなよとスティに声をかけたのだろう。

 クロストにも非常に心当たりのある光景である。


「ちょっとアストロに挨拶してから食事にするよ」


 色々見なかった事にして、クロストは階段を下りた。

 階下ではアストロが本を読みながら店番をしてくれている。


「アストロ」


「おー、起きたー? センセとは話した?」


「センセ? あ、スティか。いや、まだなにも。ペルオに強制給餌されてたから」


「……女の子になんてこったい……。こっち良いから今晩はセンセと話したら? なーんか気まずい感じなんしょ? あ、眼鏡直してテーブルの上に置いといた」


「色々とありがとう。僕も食べないと強制給餌されそうだからもう少し頼むつもりではあったんだけど……話が終わったら交代するから」


「いって別にー。ちょうど面白い本もめっけたし、ご近所さんの客は今日は遠慮してこないから暇だし? あと、寝ちゃってからの事はセンセが一通り見聞きしてるから聞ーといて? 俺からはとくになんも」


 アストロが読んでいる本を覗き込んで、


「その類の本ならあっちの棚に……」


と言い始めたクロストの言葉を止めるように、アストロはコンコンと軽く机を叩く。


「だーから、今日は客じゃないんだからいいってば。お前少しは休め」


 最後は低くなったアストロの声に、クロストは瞬きをする。


「結構寝たと思うんだけど、まだそんな顔?」


「あのさー、クロット。俺が納品ギリギリの徹夜続きでふらふらしているところを道端で誰かに殴られて家に運び込まれて、起きたと思ったら商品届けなきゃいけないって言ったらどうする? ちな、自分に急ぎの仕事が無い日な」


「代わりに持って行くことを提案する」


「そゆこと」


 とん、と眉間の辺りに指を刺されて、クロストは理解すると同時に苦笑いを浮かべた。


「それは分かったけど、スティとそんなに長く話はできないかも」


「は? お前側からも気まじぃの?」


 パカリと口を開けたアストロに、クロストは最後に顔を合わせた時を思い出しながら言う。


「僕からは別に。なんかこう、スティは年下の可愛い女の子って感じで、まだ子供っぽいところがあるから心配で、どちらかというと庇護対象くらいの感じだったんだけど、そもそも僕は子供が苦手だろ? 急に泣いたり笑ったりして全然理解が出来ないから全力で逃げるんだけど、割と同じ扱いをしてて」


「逃げたん?」


「意味が分からないという理由で何度か逃げたような気がする。最後に会った日は割と明確に逃げた」


「理由わからんけど、むしろ一緒に居てやる場面じゃなくて?」


「そうなんだよな。知識としてはあったんだけど、僕はそういうタイミングで誰かが一緒に居てくれた経験が少なすぎてよく分からなくて。一応話はしようとは思ってたから動き回ったっていうのもあったんだけど、どうやら僕の方が可愛がられているっぽい事に喋ってたら気が付いた……もういっそこのまま黙っていようかと思うくらいには距離置いて見守りたい気分」


「惚気かよ。センセもかなーり心配してたからそこは歩み寄ろうか」


「まぁ、自宅だし逃げ場はないよね、下にアストロもいるし」


 困った顔をしながらも、クロストは再度アストロに礼を告げ、二階に戻る。


 ペルオに監視されながら二人で食事を摂り、ペルオを見送ってから話をした。

 初めはクロストが眠ってからの話で、クロストがしなければならない事を指折り数えていたら、紙に書くといいわよ、とスティがメモをとる。

 次にクロスト側の三日間の話をスティがねだり、クロストは起こった事だけを話した。


「どうしてそんなにその人の事を捕まえたかったの?」


 そう聞いてきたスティに、万が一聞かれたら大変だからと、寝室に移動して話をする。

 スティをベッドに座らせて、クロストは窓の下、壁に寄りかかって座ったのだが、落ち着かないと言ってスティはクロストの隣に座った。

 ベッドから毛布もついでに下してしまったので、クロストの内心は嵐である。

 毛布は次に寝る前に洗って限界ぎりぎりの温度で乾かそうと心に決めて、平静を装いながら、スティの記憶から消されている叔父さんの遺産相続の話をした。

 続けるようにスティが一人で神様と会った話をし、気持ちの重さの個人差について、ひとしきり話し合う。

 それからこういう話し合いは図書館で話始めた頃を思い出すね、と、司書の話になった。


「どうして聞かなかったの?」


「聞いてもどうにもならないから、だけだな。余計な情報があると重みが増えそうで」


「実際どうということもなかったわ。あれは多分館長さんだと思うのだけれど、本が急に目の前に現れて、自分以外が止まって行先しか分からない、ってこれは私たちも経験したけれど、自分以外の動くものが目の前に来たら本を開く、それだけみたいね。多分あの人が私たちを選んでいるわけではないとか、そういう話で、やっぱり自己満足だったみたい。クロストの言う通りだったわね」


 困った顔で笑うスティに、クロストも困った顔で言う。


「思った事を口に出しただけで、分かってたわけでも当てたわけでもない」


「でも私を心配してくれたのでしょう?」


 考えてみれば最初から心配をしてくれているのだ、とスティは思う。


「うーん、動機は不純なんだけどね」


「動機?」


「スティが元気で僕と仲が良ければ、最新情報とか新作とか、一番に読める確率は上がるでしょ」


「そういえば言ってたわね! 世界の命運は私の小説にかかっているのよね」


 クスクスとスティは笑い、僕なんかよりよほど可愛いとクロストは思った。

 今度はお互い話し合えた。



 窓から光が差す頃には二人で寄りかかりあいながら眠っていて、閉店時間だと告げに来たアストロが居間にいない二人に驚き、それでも流石に寝室を確認する事は出来ず、仕方がないので戸締りをして帰る道すがら、あの二人普通に夫婦っぽいぞ、と言いふらしたのはお約束である。




***




第二章 完

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