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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
第二章 国外脱出する密偵

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18 四徹への道


 翌日は朝から例の盗人の情報収集の為に図書館から一番近い治安維持会の詰め所へ向かった。

 叔父の死を聞いてスティが取り乱した事と、”何事もなく街を去り”と神様が告げていた事から、比較的近い場所にその盗人が今の所はいるはずである。


「こんにちは」


「おう、クロスト、久しぶり! 助かったー! ラング語の手紙を読んでいってくれないか?」


 クロストがなにか言う前に詰め所で事務作業をしていた男が嬉しそうに言った。


「いいけど……拘束者の手荷物かなにか?」


 手を差し出して聞けば、既に開封された手紙を乗せてくる。


「冒険者が手紙を託されたらしいんだが住所がめちゃくちゃで届け先が分からないんだと。内容から誰宛か分からないかと廻って来てな。面倒で後回しにしてたんだよ」


 ポリポリと頭を書きながら男は言う。

 治安維持会にはクロストの父親が世話になっており、かなりの人数の会員に面識があった。この男も昔から顔は良く知っている。


「奉仕扱いで良いから外部委託書類の署名して。そこの机借りるよ」


「おう、助かる」


 男は立ち上がりながらクロストの頭をぐしゃりと一撫でした。

 二十四歳の男になにをとは思うが、どちらも気にしない。

 クロストは机に手紙を広げ、その間に男が外部委託書類を用意する。

 仕事内容は翻訳、支払部分には地域奉仕、担当署名欄にトウェインと書いた紙をクロストに渡すと、紙とペンを用意して、作業途中の仕事に戻ろうとした。


「ああ、そうだ、トウェインさん。変な噂を聞いたんだけどあれって本当の話なのかな?」


 クロストは手紙からは目を逸らさずに聞く。

 引き止められたトウェインは、噂? と眉間に皺を寄せて聞いてきたので、クロストは自分で撒いている噂を、さも最近よく耳にするかのように告げる。


「泥棒? 盗賊? なにか盗むのが得意な変態が潜伏してるって話。飴玉やるからついて来いって、あれ、それじゃ誘拐か」


 興味を持って聞いてみる程度なのだから脚色も必要だろう。手元では手紙を丁寧に置き、その右側に渡された紙を置いて、あくまで世間話の調子は崩さない。

 トウェインはクロストの言い草に笑って答えた。


「まぁ、子供を盗まれたって話になるから盗むのは得意なのかもなぁ」


「盗みと誘拐の違いって?」


「そらお前、誘拐なら身代金とかなんか盗んだもの以外の目的があるんだろうよ」


「それじゃあ金目的に装飾品盗んだら装飾品の誘拐になるな」


「屁理屈捏ねやがって。まぁ子供の捜索依頼なんて入ってないから尾ひれが付いてるんじゃないか? スリ、置き引きは年中あるからなぁ。気を付けるに越したことはない」


「へぇ。僕の家の方でもそういうのってあるの?」


「……なんだ、親父さんまたおかしいのか?」


 話の流れが悪かったかと、クロストは慌ててトウェインに顔を向けて首をふる。


「ただの世間話だよ。ここ一、二年は落ち着いてる。また建物の修復やなんかの仕事を回して貰ってるってさ」


「そうか。そういう時が一番危ないからな。顔出してやれよ?」


「そういうもんかね。顔見た方が揺らがない?」


「いや、踏ん張るだろ」


 すっかり話が変わってしまったので、クロストは諦めて手紙の翻訳を始めた。

 トウェインも席に戻って仕事の続きに取り掛かっている。


 手紙は亡くなった祖父が実は国外追放された南キドニー出身かもしれないという内容で、少しずつ語られた少ない情報をまとめたものだった。

 兄弟がいた事は分かっているので、血が途絶えておらず、南キドニーで肩身の狭い思いをしているのであればいつでも頼って欲しい、そう締めくくった手紙の書き手は、病で先は長くないと書いてある。

 めちゃくちゃだという住所は、隣に住んでいた人の名前や井戸、木々の名前や店の情報を、地図のように配置してあるだけで、住所ではなかった。


「頼って行って亡くなっていたらどうするつもりなんだろう……」


「なんか語り継いでんだよきっと」


「これも尾ひれかな。国外追放なんて聞いた事もないし」


「国外追放ならもともと南キドニー出身者じゃないだろうしなぁ」


 訳した手紙を二人で眺め、首を傾げあった。


「まぁいい。内容は分かったし、実際に手紙を託された冒険者にもう一度話を聞いてみよう。助かった、ありがとう」


「どういたしまして」


「そういやお前なにしに来たの?」


「世間話」


「悪かったよ。まぁ、たまには顔出せ。みんな心配してるから。あ、あとさっきの話! 道具街の方で何件かスリの被害報告が上がってるから気をつけろよ」


 道具街の方かと内心で反芻しながら、クロストはこくりと頷いて治安維持会の詰め所を後にした。


 店の貸本エリアは古本や一度目を通した程度の新古品で、そういう本の回収先にお得意さんというのも存在する。開店時間までは道具街付近の暫く連絡を入れていないお得意さんの所に顔を出し、街の声に耳を傾けた。情報は頭の中でまとめ、スリに出会いそうな場所や時間帯に目星をつける。



 翌日は新刊の入荷と返品、注文本が重なりあまり時間が作れなかった。

 こういう時に限って仕事が多い。

 地下にある風呂場の浴槽に水魔法で水を張り、洗濯物を放り込んで風魔法でくるくると回しながら、無心で家にあったパンとチーズを胃に詰め込んだ。

 先に開店準備を済ませて、開店ぎりぎりまで外出する。

 道具街へ行って帰って来るだけになるが、なにか取っ掛かりがあるかもしれない。

 巡回車を待っている時に見知った巡回員に声をかけられた。

 三つ先の停留所近く、一軒家の塀の工事に父親が就いているという。

 そういえば、顔を出してやれと言われたなと思いながら、巡回員に礼を告げた。

 乗り込んだ巡回車の中、ぼんやりと外を眺める。食事を摂ったせいか少し眠気を感じた。

 遠く見えてきた三つ先の停留所近くの工事中の一軒家、作業者はニ、三人か、塀の上と下で話をしている雰囲気で、巡回車が横を通り過ぎた時、クロストはじっと確認する。

 父親は穏やかに笑っているように見えた。

 大丈夫そうだ。落ち着いたら顔を出そう。

 そう思うと同時にそのまますとんと眠ってしまい、一つ先の停留所を過ぎて目が覚めて、慌てて巡回車を降りて路地に入り口を濯ぐ。

 寝ている間に口を開けてなにか吸い込みはしなかっただろうか。あまり意味はないが、パタパタと全身を叩いていくらかマシにな気持ちになり、ようやく持ち物を盗られていないかも確認して息をつく。巡回員が必要な街、なのだ。外出先で眠っていて荷物を盗られたらそれは自分が悪い。五分位眠っていたろうか? 一度眼鏡を外してかけ直し、今日は帰ろうと、その日は帰宅して早々と店を開けた。



 翌日は開店中に出来なかった作業を終わらせてから道具街を歩く。

 時間帯的にスリとの遭遇確率は低いが、下見に来ていれば標的として観察してくれるかもしれないと、財布を雑に扱いつつ消耗品などを購入する。

 店主から気を付けた方が良いと話しかけられるのでこれは正解だった。

 スリが出るらしい、鞄を切られて、引きづられて、と、殆ど強盗で間違いないような手口だ。

 朝食販売車のおすすめはあるかなどと世間話を挟みながら一番混む時間帯を聞く。朝食の時間帯に賑わう区画は昨日の内に目星をつけていたスリがでそうな場所なのだ。

 小児性愛(ペドフィリア)の噂は道具街まで届いていたようで、子供が一人で歩いていたら巡回員に声をかけてくれと言われた。創作した噂話が正確に届いているとすれば、スティの叔父の家が近くにあるのかもしれないなと思う。

 買物が一通り済んだ頃、一昨日顔を出したお得意さんに発見されてしまった。

 そのままお宅にお邪魔して買い取り査定をしたらもう時間切れである。

 慌てて巡回車に乗って帰宅して、開店してから開店準備を始めたので、常連客のミクに揶揄われた。


「なんだよクロスト、また耐久実験中? 最後に寝たのいつよ?」


 本屋に来ていきなりカウンターにチーズとパンを並べるのもこの男ぐらいだろう。

 眠気覚ましに、パンを一つ取り、ぐるりと表面を燃やしてから口に放り込んだ。

 もちろんミクは引いているが、目の前で食べることは珍しいので面白がってクロストの顔を見ながら返事を待つ。


「昨日、巡回車で寝たな」


「寝落ちてんじゃねーか。何停留所分? その前は?」


「一停留所と半分? 一昨日は寝なかった気がする。その前の日もか。その前の日の昼から開店時間までは寝たな。あれ?」


「四徹目入ってんじゃん! 大丈夫か? 店番変わるぜ?」


「いや、古本仕入れちゃったから処理しないと。ミクが読みたがってた乳が手を変え品を変え食べられて飲まれて最終的に酒になるやつもあるよ」


「マジで!?」


 喜ぶミクの顔を見てクロストは思う。

 ああ、読みたい本が目の前にあるとやっぱり嬉しいよな。


「落書き、文字擦れの類が無いか、あと本の歪みとか確認しながら読んでくれ。気になる染みとかあればしおりを挟んで……」


 確認前の本を差し出して、クロストは本格的に営業を開始した。

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