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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
第二章 国外脱出する密偵

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17 時間を遡っても紹介文が不要になる


 話は少し遡る。


 二度目の理不尽なリセットマラソンの日、クロストは早朝に仕事を終えて、読んでいた本の続きを読みながらスティを待っていた。

 前日までに急ぎの仕事は片付けて昼には睡眠もとり万全を期したと思う。

 想定外なスティ家の掃除、無理やり胃に詰め込んだ食事、図書館に辿りつく前にはかなりの疲労を感じていた。

 そこへ関係者以外の時間停止の目撃と相変わらずの理不尽な強制労働。

 読む分には面白いかもしれないが、当事者になるのは勘弁していただきたい。

 クロストは自分を俯瞰したり遠目に見るように行動したかった。冷静にと言うよりは、順番にこなすように、少しずつ正解を導き出していくのが理想だと考えたし、すぐに終わると考えていた。

 けれどスティは違う。

 見たこともない毒薬、通じない言葉、周囲に居ない職業、物語と現実との差、とても楽しそうに対応するので、いつのまにか釣られてしまっていた。

 若い従者に傷をつけた時に目が覚めたような気持ちになり、それからスティに対して苛立って不貞腐れた。

 なにもかも早く終わらせたかったが、神様からの次回も宜しくという有難くもない神託をいただき、神様との繋ぎ役である図書館員から話を聞くと言う不要と思われる作業からは逃げ、追ってこないとは分かっていても、図書館の出入口で思わず振り返ってしまいため息を付く。

 クロストにとっては散々な結果だった。


 現実に及ぼす影響が良い事だけではない事は、密偵の怪我から分かってくれただろうか。

 話もせずに突き放すように出てきてしまった事を早くも後悔していた。

 せめて南キドニーでの密偵の取り扱いと聖女がどの程度助けてくれるものなのか調べてみようと思案する。

 密偵の取り扱いについては誰に話しても鼻で笑われそうであるし、聖女についても存在する事は分かってはいるが雲の上の存在である。

 情報があるとすれば、医師、薬師、冒険者も当てはまるかもしれない。そこまで考えて一度リリーの店に顔を出すことにした。

 歩きながら、スティにより注意深くなってもらうにはスティの叔父の話もしてしまうべきだろうか、とも思う。

 あの時のスティは好奇心よりそちらを優先したように思えた。すべてが終わってからであれば罪悪感も少しはましだろう。今まではあちこちで噂話として話をする程度だったが、もう少し情報を収集して見ようか。

 突然叔父さんの住居を聞くというのも難しいと思っていたが、スティは家族の話が会話の中で出てくるような人物だ。いろいろと質問を重ねれば叔父さんの話にもなるかもしれない。

 クロストは? と尋ね返されるのは怖くはある。暗い顔をさせたくはない。自分の事は取材くらいの気持ちで、あのキラキラと好奇心と次の小説にという熱意を向けてくれさえすれば、いくらでも話せるのだが、そういう会話展開が自分には難しい。


 そんな事を考えている内にリリーの店についた。

 リリーの店は三日に一度の営業で、一日目は素材採集、二日目に調合、三日目に販売が基本である。素材採集関係で日程が前後する事もあるのだが、扉には”本日調合日”の札がかかっていた。

 裏に回り込んで居住用の扉を叩けば、ここ最近店の手伝いをしているロイドが顔をのぞかせる。

 まだ若く、もう暫く伸びるだろうと思われる背は既に非常に高い。冒険者と言うよりは暗殺者の方が似合いそうだな、と、スティと同じくらい鋭い目つきを見上げながら、挨拶だけをして押し黙る。

 手土産もなく、薬の依頼でもなく、ただ訪ねてしまった事にようやく気が付いた。

 存外余裕がなかったのだろう。約束を取り付けて一度帰ろうと口を開きかけた時、ロイドの後ろからリリーが大声で声をかけてくる。


「ロイド! また客をビビらせてんじゃねーだろーなー?!」


 口調とは裏腹に、リリーはロイドの背中から可愛らしくこちらを覗き込む。


「あ? んだよ、クロストか。相変わらず顔色が悪ぃな! 茶でも飲んでけよ」


 さっさと戻っていくリリーの背中を目で追ってから視線を戻し、ロイドは無表情に扉を大きく開けた。


「どうぞ」


「お邪魔します」


 リリーの家の玄関先は異様に広い。

 素材採集から帰って来た時の荷物の仮置場や、簡単な洗い場も設置されている。棚には森歩きや登山用の装備品、薬草類が分類別に整頓されて置かれ、干すと薬効が上がるものなどは天井からぶら下がっていた。

 反対に玄関から続く台所兼食卓のある部屋は小さく簡素である。

 壁一面に台所関係の物が収まり、二人掛け程度の小さなテーブルと、椅子は重ねて収納できるタイプのものが、今は五脚、適当に置いてあった。

 ロイドが無言でお茶の準備を始め、リリーは普通に椅子を進めてきたので、クロストは近くにあった椅子に座る。


「そういやこないだの回復薬の翻訳、めちゃくちゃ好評。やっぱぱっと見で分かると安心みてーだな。なんか国によって、回復やくと回復くすりみてーな言い回しの違いがあったらしくて、笑ってたけど、それを含めて良い仕事だったよ。良く売れる」


「え? どこの言語? 恥ずかしいんだけど」


「会話の取っ掛かりにゃ丁度いんだよ、気にすんな」


 豪快に笑ったリリーは一転して真面目な顔になり、眉根を寄せてクロストに訪ねた。


「んでどーしたよ? 不摂生の顔色じゃねーだろ?」


 クロストもどう話したものか困ってしまい、一度眼鏡を外してまたかけ直す。

 一度ぼやけた視界がくっきりとすると、目が覚めた時のような気になるのだ。


「説明とかいーぜ、なくて。ウチに来たんなら頼みだか言いてぇ事があんだろ? お、あんがと」


 ロイドが二人分の茶をテーブルに置いてから自分の分の茶を持って、リリーの斜め後ろの壁に寄りかかる。

 クロストは取りあえず聞きたい事を口に出してみた。


「聖女ってどんな怪我でも治すっていうけど、古いものや欠損レベルでもいけるのかな?」


 リリーは茶を飲みながら言う。


「古いもの……生まれつきなら無理って話だな。欠損については、例えば足が切断されたとして、切断した足がないと治せねぇって聞いた。代替えがありゃ治せるらしいが、量によんじゃねぇ?」


「代替え……量?」


「小指位なら自分の肋骨ちょこっととケツの肉でイケんだろ? 足一本とか、腕一本ってなるなら、ガキの為にって親が犠牲になったり、すぐダメになっても構わねぇなら、なんか形とか強度が似たもので適当にって話もあるけどな。そもそもそこまで万能じゃねぇって聞くぜ? 治してぇ本人だけじゃなくて、聖女側も治してぇって気持ちにならねぇと発動しねぇから、まず必要なのは聖女の身内認定」


「身内……」


「キドニーの聖女なら王宮関係だろ? 後は勇者パーティーと、ガチの身内? 親兄弟親戚? 友達も入るんじゃねぇーの? ご近所さんは微妙かもな」


 リリーはアタシが聖女ならクロストはお得意さんだから身内認定してやるよ、と笑った。


「……密偵とか帰国して怪我してたら治すのかな」


 クロストは殆ど無意識に呟く。

 リリーは意外な話を聞いたと言うように眉を上げた。


「あー、しょっちゅう顔を見るわけでもないけど貢献度が高そうな人の身内認定って話? 持って帰ってきた情報次第じゃね? 要は気持ちの問題だろ? 上手く同情ひけりゃ治せんじゃね?」


「すぐ同情しちまうだろ、聖女なんだし」


 ぼそりとロイドが呟いて、リリーはつまずいたように上体を揺らした。


「聖女ってのは職業の話で性格の話じゃねーだろ?」


「いや、聖女は職業じゃねーよな? 資質とか使命とかだろ?」


「はぁ? 夢見てんじゃねぇよ、きっも」


「夢見てねぇよ、事実だろ?」


「それ妄想聖女だろ? お疲れ、むっつり」


 なにやら言い争い始めた二人をぼんやり眺めながら、そのうちジギ・タリスが帰国出来れば怪我は治りそうだな、とクロストは安堵する。


「ロイドもリリーと話をしていると口が悪くなるよね」


「こいつ外面だけは良いからな」


「失礼しました。雇い主が浅慮な物で」


「コロス!」


 その後もリリーとロイドから雑談という形で情報収集ができた。

 毒薬の件は、密偵に限らず、冒険者にも奥歯に仕込む毒薬、という概念はあるそうで、個人対応だという。魔法を使う場合もあればリリーのような薬師に依頼する場合もあって、やり方も千差万別、毒の効能もそれぞれでなかなか奥が深い。

 薬の大きさや効能を説明すれば三種類程該当しそうな毒薬を教えてくれた。

 教えて良い情報なのか問えば、そういう情報は共有されているという。

 言われてみれば定期的に発行される薬学辞典はクロストも取り扱っていた。見比べなければ更新箇所が分からない程度には細かく専門的で、必要な時に必要な箇所だけ確認する一般人には覚えきれない頁数である。

 専門職の人は凄いよな、と呟けば、リリーは冒険者の方がやべぇよと、ロイドを指さした。

 魔獣や獣の知識があって、討伐、解体が可能。これだけでも知識と強さを求められるのだが、実際はこれ以上の知識と体力、器用さと社交性も求められる。国を移動する為に数カ国語の読み書きができ、現地で食料の調達と調理、駆け出しの薬師並みに薬を作り、武器防具の維持と修繕、情報収集、報酬と必要経費の金繰りと、確かに聞けば聞く程に優秀さを感じた。

 ロイドは、だから何人かで組んで仕事を分担するんです、と笑っていたが、クロストは冒険者になれる気がしないし、なりたいとも思えない。

 リリーが、クロストだって専門職で本の知識もアタシらからしたらヤバいと笑い、収まるところに収まるんでしょう、とロイドがどこか遠い目をしながら同意した。

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