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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
第二章 国外脱出する密偵

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16 登場人物が徐々に増えるのは物語の中だけ


 薬を取りに行くと言っていた男は魔道具師だった。

 錆色の髪を無造作にまとめ、がっしりとした体格には簡素な服装で、スティは心の中で”休日の冒険者”と表題をつける。


「薬はお手伝いの子が届けてくれるってさ。ペルオ、交代するから帰っていいよ? つかも一人いた! 誰? 友達?」


「お疲れさま。彼女はクロストのお友達。スティ・ミュレーターさん」


「えー、マジでー? 槍とか降らす? 魔道具師のアストロ・サイトです。よろしく」


「よろしくお願いします。それリリーさんも言ってましたよ」


「リリの二番煎じか。俺うっす」


 スティが笑いながら手を差し出せば、ガシッと握ってぶんぶんと振り、再度よろしくー、と言ってぱっと、手を放した。

 アストロは気安いようで人にはあまり興味がない。


「四角い魔道具を置いていくって言う……」


 スティが思い出して思わず声に出すと、アストロは椅子に座りながら答えた。


「そそ。試作品だから四角いまま持ってきてんの」


「……隙間が出来ない方が虫が出ないって言ってたと言っていましたけれど……」


「物は言いようだよね。わ、眼鏡壊れてんねー」


 アストロはテーブルに置いてあった歪んだ眼鏡を手にとって修理を始めてしまう。

 修正には道具は不要なようで、ぼうっと手の周りが白んで魔法が使われているようだった。

 ペルオが補足するように言う。


「クロストはほっとくと生活水準が地を這うから丁度いいんだよ。暫く使ってから詳細な報告書の提出してるから、お互いさまな関係なの」


 そうなんですか、と答えながらふとジェンスとの会話を思い出したスティはまじまじとアストロを観察する。

 富裕層でも学者でもなさそうな雰囲気にがっしりとした体系。


「アストロさんて年齢、おいくつなんですか?」


「二十九。え? 惚れちゃった? ごめんねー。俺、前後三歳までが許容範囲」


 スティは思わず拳を握った。ジェンスより年上の一歳違いである。


「魔石も魔法も使わない道具の開発にご興味は!?」


「……え? スティ・ミュレーター先生?」


 驚いたのだろう、アストロの手元で眼鏡があり得ない形に変形している。ここ最近とある雑誌の小説の一部分に書かれた”道具”の話は魔道具師界隈で注目されていたし、先日急遽サイン会状態になった事も聞いてはいたが、それが同じ人物であると頭の中で繋がっていなかった。


「はい!」


 ジェンスが好きそうな容姿と年齢の魔道具師、とスティは嬉しくなって良い返事を返すのだが、アストロはそれどころではなく、眼鏡からレンズが剥がれ落ちたので慌ててペルオが声をかける。


「アス、眼鏡」


「あわ、わ」


 アストロは再び大慌てでなんとなく眼鏡の形まで戻したところで、眼鏡から手を放してかいてもいない汗をぬぐった。


「ええっと、道具、そう、道具ね。興味あるよ。うん。興味津々」


「良かったです。今度お時間を作って頂けませんか? 私の担当者とお話をして欲しいのです」


 慌てている内に言質を取ってしまおうと、スティは鞄から紙とペンを取り出しながら言う。


「あ、うん、大丈夫」


「ありがとうございます! こちらにご連絡先頂けますか!」


「え、うん、名前と住所でいいのかな?」


「はい! 良かったです! これからよろしくお願いしますね!」


 横で見ていたペルオはちょっと思う。


 この娘さっきまで泣いてたのになぁ。


 スティはスティで目の前だけが世界なのだ。直面した時にまた泣けばいいのだろう。

 ペルオは立ち上がって伸びをする。


「じゃ、ここは任せちゃって良さそうだし、俺は帰るね」


 アストロが書き上げた紙をピッと取ってスティも立ち上がった。


「あ、配達の件もありますし私も一度出ます。アストロさん、お任せしますね!」


 お任せしても大丈夫ですか、などとは聞かない。


「へあ? うん、大丈夫、居るつもりだったし。え? 寧ろ戻って来るの?」


「はい!」


 勢いに飲まれつつある普段は飄々としている魔道具師を後に、二人はクロストの家を出た。


 伝達所で、先ほどアストロに書いてもらった連絡先に、魔道具師確保、と書き足してジェンス宛に依頼して、ペルオの家でパンの配達について話をする。

 食事用のパンを配達されても同じ事なので、前日に作った総菜パンと菓子パンで二食分、毎朝届けてもらい、料金は週に一度支払う事になった。

 ペルオは栄養とか、なにか暖かいものとか、一食抜く未来しか見えないとか、ちょっと不満そうだったのだが、ちゃんとしたものも食べるから二食分なのだと納得してもらう。

 それから、今度は一人でクロストの家に戻ると、一階にアストロと長身の男がいた。

 黒髪黒目の長身の男もまた簡素な服装であったが、全身が黒い。”漆黒の殺し屋”などと勝手に表題を付けたスティは、男が手にした袋からリリーの店のお手伝いさんだと気が付いた。

 アストロはお隣へ氷を貰いに行っていたようで、下で鉢合わせしたのだろう。

 三人で二階に上がりながら、何となく名前を聞けば、ロイドです、と丁寧な返答があった。

 人の事は言えないが、男もスティに負けず劣らず眼光が鋭いので意外に思う。


「リリーさんのお店の方なんですか?」


「一時的にお手伝いをしています」


 質問には答えてくれるのだが、あまり話を続けようとは思わないようだった。

 テーブルの上には綺麗に直った眼鏡が置かれている。無事に直って何よりである。

 アストロは先にタオルと桶を準備していたようで、桶に氷を入れてから自身の魔法で水を出した。


「ガラス瓶での殴打でしたね。ワタシが見てまいります」


 ロイドは桶を受け取ると、薬袋も持って寝室に入る。

 そういえばまだ寝顔をみていないな、とスティは思う。

 なんとなく寝ている時は眉間に皺を寄せていそうなイメージがあるので、起きている時の方が可愛らしい気がするのだが、折角の機会なので後で確認したいところだ。

 ロイドは一度寝室から顔を覗かせて、回復薬を使わない理由は分かりますか? と聞いてきた。

 アストロが基本的に一般人は金額的に回復薬は使わない事と、今回の請求先が治安維持会なので回復薬の金額が出ない事、回復薬治療を選択する場合は差額が本人負担になるので本人に確認しなければならないが寝たままで起きない事を説明すると、皮膚かぶれとか悪化するとかそういう事ではないのですね? と確認してまた寝室の扉を締めた。

 出てきたロイドに聞けば、リリーが、一週間位で治らなそうなら金はいいから使ってやれ、と回復薬を持たせていたらしく、ロイドは諸事情でお手伝いをしているだけの冒険者で、怪我も見慣れているので判断を一任されたという。


「もう腫れ始めていましたし、眼鏡で擦過傷も出来ていましたので、使いました。ただ低品質の物なので、打撲痕は残ると思います。まったく起きませんが、その辺りは問題ないのでしょうか?」


 回復薬を塗るために服を脱がせたりしたのだろう、起きなかった事に困惑しているようだった。


「あー、へーきへーき。なんか四徹目とかだったから、怪我のせいとかじゃなくて、あれはただの寝落ち」


 四徹目。とリリーとロイドは思わず繰り返したが、アストロは首をすくめるだけだった。

 ロイドが帰り、暫くして今度は開店準備にミク・ログリアという男がやってきた。

 アストロとも面識のある常連客で、近所でチーズ屋さんを営んでいるという。

 面白がってパンとチーズを差し入れる客というのが彼なのだろうとスティは挨拶をした。

 そういえば見かけた事があるような気がする。特に表題は思い浮かばないが、良く喋る面白い人だった。


「そいやミクはクロットの四徹の理由知ってる?」


 スティはアストロはちょっと独特な話し方をするな、と思いながらぼんやりと二人の話を聞く。


「あー、別にいつものじゃないっすかね? 俺もほら、ペルオとは仲良いけど、クロストとは微妙な関係でしょう? 客以上友達未満的な」


「そーね」


 スティも微妙な関係の人から渡されるパンとチーズ、クロストは食べられませんよと心の中で告げながら頷く。


「本関係じゃなさげだったけど、昼間はなんかあっちこっちふらふらしてたかなー。今日はなんか道具街の方でスリ取っ捕まえてたって聞いたけど」


「は? 今日の話?」


 クロストがスリを捕まえる活発な様が想像がつかなかったのでスティも驚いた。


「道具街の方ってあんま飲食店ないから、朝飯の車出てるでしょ? 店終わった後そのまま飯食いに行くって、なんかの冗談かと思ったらマジで行ってて」


「クロストはそれは食べれないもんねー」


 朝食車で販売されているのはパンになにか挟んだものや、雑穀を焼いて果物や乳製品をかけたものが多い。クロストが食べられるとは考えられなかった。


「でしょ? で、なんかスリの人が前科持ちなんだか、ヤバイ人なんだか、ちょっとわかんないけど、捕まえたは良いけど事情聴取が長かったらしくて、もう限界だったらしくて、ふらふら歩いてるとこ、ペルオがどうしたって声かけて、そんな話を聞いてたところにお父様がデデーンと登場」


「つまりあれだ、今日の事しか知らんのね」


「ですです。店は普通に営業してたし、昼は出かけてたなぁってくらい」


「センセはなんか知らんの?」


 ふとアストロがスティに聞いてきた。

 スティはそもそも顔すら見ていないのでなにもわからない。


「ちょっと最後に会った時に気まずい感じだったので、用事が出来るまで会わないようにしておこうと思ってまして」


 お、と二人はちょっと嬉しそうに笑った。

 なんでまた、とスティは思わず眉間にしわを寄せる。


「そんじゃ、看病はセンセに任せて俺はぼちぼち帰ろっと」


「クロスト相手に明確に気まずいとか珍しい。さすが女友達。一味違う。俺も店開けよーっと」


 男二人は口々にそういって、ついでに仲直りしちゃいなよ、と、階下に降りて行った。

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