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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
第二章 国外脱出する密偵

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15 それが日常なら、それは普通の事である


 家とは誰の家かと思えば、普通にクロストの家で、ペルオがクロストを背負って運んだ。

 スティも入ったことがない寝室はとても狭く、ベッドに寝かせたペルオと入れ替わりに医師が入って行く。

 ペルオは慣れた様子で台所に立ってお湯を沸かしながらスティに聞いた。


「スティちゃん今日はこれから忙しい?」


 忙しいといえば忙しいのだが、日常生活を捨てれば時間は捻出できるだろう。スティはちょっと聞いてみる。


「パンて配達は可能ですか?」


 ペルオは全く予想していなかった返答に驚いて瞬きを繰り返した。


「配達? はしてるけど、それと忙しさってなにか関係があるの?」


 スティは恥ずかしそうにパタパタと顔をあおぐ。


「その、お腹が減ると準備をしなければならなくて、私の場合、物凄く時間がかかるので!」


 ああ、とペルオは理解して笑った。


「朝の早い時間に食事処用の配達をしているから、その時で良ければ」


 スティはちょっとホッとする。今日に限らずちょっと困っていたのだ。


「ありがとうございます。後でお店に寄って詳細を決めさせてください」


「ご利用ありがとう」


 二人で頭を下げあったところに医師が寝室から出てきた。


「骨は問題なさそうだけど、ちょっと腫れるかもしれないね。最近はあまり寝てなかったのかな? 死んだように寝てるから暫く起きないと思うけど、起きたらなにか食べさせて。僕は()()()も診ないといけないからこれで失礼するけれど、痛がるようなら呼ぶように言ってね」


 医師はそう言うと、テーブルで薬師用の医療所見を書いて帰って行った。

 南キドニーでは自宅に医者を呼んで診察してもらい、薬屋で薬を買いに行くのが一般的である。

 スティはなんとなく医療所見を眺めた。

 ペルオは沸いたお湯でお茶を入れてくれている。


「あ、お代が治安維持会宛になってる……」


 請求先に治安維持会の印が押されていたのだ。

 これは事件や事故などで一時的に立て替える制度が適応されていると言うことだろう。

 確かに事件性は感じはしたがと首を傾げるスティに、ペルオは教えてくれた。


「家族間の暴力なら不介入なんだけど、クロストのところは離婚してて、本人は祖父に養子に入ってるし、父親の方は正式に除籍してるから、書類上は赤の他人なんだよ。だから正当防衛になる三発目までは黙って殴られてんの。止めるように言うんだけど、経済制裁って真顔で言うから、スティちゃんがそのことを怒るんなら反論考えてからがいいよ」


 なるほど、それならば確かに事件だろう。

 身を削ってまで経済制裁という事は恨んでいるのだろうか? スティには分からないので取り敢えず頷いた。


「お母様は?」


「北キドニーに住んでる。うーん、一年半に一回くらいは会いに行ってるんじゃないかな。向こうにも家庭があるから、二、三時間会って話をする程度らしいけど、本の仕入れとか兼ねて二、三日のんびりしてくるから、クロストはそれ自体は気にしてないので、軽く受け止めてやって。……クッキーはしけるから早く食えって言ったのに……」


 ペルオは棚に差し入れたクッキーを発見して、不満げに一つ口に入れて、まだイケるな、などと呟きながら、お茶と一緒に持ってきて、席についた。


「面白くもない話だけど、どうせ近所の人みんな知ってるから教えておくね」


 そう前置きして、ペルオは話す。


 普段は優しく気の良い父親は酒が入るととにかく暴力的になる性分だった。

 医者にもかかり、本人も気をつけてはいたが、それでも時折、ほんの些細な事で踏み外す。

 乾杯くらい付き合えよという上司だったり、消毒液の匂いだったり、本当かどうか疑いたくなるような些細なことで、信じられないほど酒を欲し、酒を飲み、力の限りで暴れた。

 時折、というのも問題で、金銭面も仕事もどうにか間に合ってしまい、けれど暴れ出すと三日は手がつけられなくなる。

 母親はその三日間、子供を連れて逃げ回るのも大変だと祖父に預けて友人宅を泊まり歩くようになったが、行く先に男の家も混ざり始め、いつからか暴れていない時も家に帰らなくなった。

 父親は反省してクロストをとても大切にしたが、豹変した時との差に幼いクロストが混乱する様になり、祖父が心配してしばらく引き取るのだが、これが父親のアルコール依存症を急速に重症化させた。

 祖父は状況を理解させようと、クロストにありとあらゆる酒に関する本を与え、クロストはそれを読み漁り、なんとかしてみるよ、と、ある日祖父の家を出る。結果的に再び父親と暮らし始める道を選択させてしまったのだ。


「一番酷い時期だったから凄かったよ。顔なんか変形しちゃって原型が分からないし、あれはヒビでも入ってたんじゃないかな、ちゃんと歩けてなくてね。そんな状態で酒屋とか酒場とか職場とか、ありとあらゆる場所にアルコール依存の治し方って本を持って、僕と同じ銀髪に薄茶の目の男が来てもこういう病気なので酒を渡さないでくださいって言ってまわったの。だからこの辺の人はみーんな知ってるし、今日のことも、ああ、完治って難しいんだなぁって話なんだけど」


「それで離婚したり養子になったり?」


「そう。流石に不介入って訳には行かなくなって」


 ごくりと唾を飲み込んで、スティは聞く。


「いくつの時ですか?」


「七歳。根性あるよね」


 ペルオが誇らしげに笑うので、スティもつられて小さく笑う。


「父親も更生施設を出たり入ったりしてて、今でも普通にクロストとも会ってるんだけど、久々に飲んじゃったみたいだね。困ったおやじさんだよ」


 父親はクロストの幼い頃の頑張りを無駄にはしないと、後ろ指を差されようと引っ越さずに近所に住んでいるので、酒の入手は難しい状況だ。治安維持会で仕事を回して貰い、生きて行く程度の稼ぎから、クロストの病院代等を細々と返し続けている。


「クロストの言う経済制裁ってのも、ほら、余分な金がなければ酒を買う余裕もなくなるでしょ? そういう意味もあるのかもしれないんだけどね。それでもああいうやり方は良くない、と思う。逃げたり、助けを求めたり、そういうのが普通でしょ?」


 ペルオはお茶を飲んでからスティがそうですね、と頷くのを確認して言った。


「状況が状況だったし、それが駄目とは言わないけど、母親の方が助けを求めるばかりで庇うタイプの人じゃなくてね。クロストは逃げたり助けてもらったりがちょっと難しいんだよね。だから近所の人たちが物凄く世話をやくんだけど、驚かないでね」


 どうやら誰かが店に入ってきた音でそんな話を付け加えたようで、立ち上がって階段下を覗きこみ、声をかけている。

 ペルオの背中を見ながら、それが駄目とは言わないと言うのはどちらにかかっているのだろうと考える。母親はクロストを盾にしていたのだろうか? スティは黒く染まるような気持になった。


「クロストどう? お前店があんだろ?」


「寝てる。母さんに言ったからもうちょっと大丈夫」


「おお、それじゃ、リリんとこに薬もらいに行ってくるよ」


「助かる」


 ペルオはそう言って、一度戻って来てテーブルに置いていた医療所見を取ると、階段は降りずにそのまま階下に落とした。


「あらー、誰か診てるの?」


 続いて女の人の声が聞こえる。


「ペルオがもうちょいいられるってさ。今は寝てるって。俺はリリんとこに行ってくるから」


「寝てるって、いつものやつかい? じゃあ半日は起きないね。行ってらっしゃい! ペルオ! お父さんそのままお酒抜けても拘束だって伝えてちょうだい。不法侵入で窃盗だって」


「えー? なにきっかけでそんな事に?」


「塀の工事で休憩にパウンドケーキを配ったらしいのよ! そのブランデーじゃないかって! そのままその家の台所で一気飲み!」


「わぁー……俺それを伝える勇気ないや……」


「お、なんだお前来てたの?」


「来ちゃ悪いのかい? 寝てるってよ。ペルオが診てる」


「あっそ。ペルオ、氷出しとくから取りに来てくれ。昨日から腰が痛くてなぁ」


「ありがとう。腫れるかもって言ってたから助かるよ」


「なんだよ、騒いだら悪いと思って黙ってたのに随分集まってるな?」


「寝てるって」


「じゃあ今夜は代わりに店番するかな。上は誰がいる?」


「ペルオ」


「ペルオ、開店時間になったら来るから、必要な物があれば連絡くれ」


「はいよ」


 ぼうっと近所の人々の声を聞きながら、この暖かい空間でなお、どこかズレたままのクロストの子供時代を思って、スティは少しだけ泣いた。

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