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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
第二章 国外脱出する密偵

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14 圧倒的に幼馴染がモテそうだがその性質は母寄り


 スティの担当編集者であるジェンス・パーフリンは上機嫌だった。


「先生、今週もありがとうございました。会議にかけていた新作の方も大変好評ですよ。魔法の無い世界のお話は別の分野の方にも読まれているみたいで、魔道具師との座談会のご提案も頂きました」


「座談会?」


 それまでできる限り聞き流していたスティは聞きなれない単語に思わず聞き返す。


「ええ。生活でどうしても使う魔法って水や火が多いでしょう? 顔を洗ったり、スープを温める程度なら気にならなくても、全身洗ったり、スープを煮込むのは疲労を感じるっていうのは今までもあったし、それを補助するための魔道具もあるけれど、魔石が必要でしょう?」


 ジェンスはトントンと原稿をまとめ、座談会の資料を鞄から取り出すべく足元に置いていた鞄を膝にのせた。


(ウチ)は勇者パーティーの拠点があるから脅威になる魔獣は討伐されつくされているし、北と南で二分しているから、そもそも魔石の入手量が少ないのよね。だから輸入に頼っているでしょう? 今は他国にも勇者パーティーがニパーティーいるから、世界的に魔獣の根絶も夢ではないと言われているし、どの程度残せるのか、繁殖が可能か、そういう研究も進んではいるんですって。でも、そもそも魔法を使わないという方向で考える学者って少ないらしくて。ほら、学者ってそもそも魔力量の多い上流階級の人が多いじゃない?」


 魔力が多いと仕事が捗るので富豪になる、良い教育と財を尽くした環境設備、同格同士の婚姻、という簡単なお話である。

 魔力量の少ない人間については思い至らないのかもしれない。

 取り出した座談会の資料の表紙には、作家の妄想を具現化する、などと少々不名誉な言い回しが書き添えられていた。

 煽ったら引き受けるとでも思ったのだろうか? スティは受け取ってパラパラと捲ってはみたが、あまり興味は持てなかった。

 炎調理台と書かれた図解付きの頁は確かに自分が思いついたものが具体的に書かれてはいるが、想像して書いた通りの図解だったので、わざわざ座談会に出席しなくとも文章で伝えればいいのでは? と思ってしまう。

 資料部分、魔石の種類別主要取引国の一覧でふと手が止まる。

 どの項目にもガルプラダが入っていた。


「ガルプラダからの輸入が多いですね。あまり国自体の情報がないので知りませんでした」


 鉱山と魔獣の資源で成り立っている国とは知っていたがその程度の知識である。


「ああ、あまり輸入している印象がないわよね。日常的に名前も聞かないし。ガルプラダは勇者や冒険者の入国も禁止しているんで、繁殖飼育に成功してるって噂もあるわね。だから種類も数も安定供給。ただ徐々に値が上がってはいるのよね。冒険者から上がる魔石も減ってきて値段が高騰しているでしょう?」


「ああ、兄が、魔獣の肉が市場に出回るのもそろそろ終わりかもって言ってましたね」


「食肉加工場の職員さんでしたっけ? そういえばおいくつ? 筋肉量は多い方? 彼女は?」


「ジェンスさんより年下ですよ。二十二。筋肉量はかなり多いですけれど」


 年上好きのジェンスに苦笑いを浮かべながら、スティは見ていた資料を整える。


「これは複写ですか?」


「ええ。検討しておいて。あと頼まれていた勇者の資料と、雷についての本は自宅(ここ)に配達でいいのかしら?」


「ありがとうございます。検討と言うか、座談会は欠席で、座談会用の議題資料は書くという方向で進めて頂けますか? 原稿料が頂けると嬉しいですけれど、ちょっと資料代が高くつきそうなのでその辺りをネタにお断り出来れば嬉しいのですけれど、会社的には受けた方が良いのですよね?」


 ジェンスはにっこりといい笑顔で言った。


「それだと後出しで向こうが有利になるもの。本業で稼げばいいわよ。別口で魔道具師を探して特許の方向で尽力するわね。あと、そのプロット、来月の読み切り枠が一本あるのだけれどどうかしら?」


 ガルプラダでの繰り返しを順番に書き連ねたものが、ジェンスには新しい小説のプロットに見えたようだった。机の上に乱雑に置いたそれを慌てて両手で隠したが、それ以前に床に大量の撒かれた紙にも関連する文字列が並んでいる。

 ジェンスの足元にちょうど、鈍感系美男子爆発しろ、などと書いた紙が転がっていて、しまった、と顔に出してしまってから、絶対気が付いている、とスティは奥歯を噛んだ。


「鈍感系美男子のお手本が実在しているんでしたら今度見せてくださいね」


 嬉しそうに言い残してジェンスは帰っていった。

 読み切り仕事が一本増えたのは言うまでもない。



 あれから既に三日たっている。

 そう考えると三日でこんなに汚したのかとも思う。

 紙ごみをまとめながら、鈍感系美男子であるところのクロストを思い出す。

 別に美男子というほどでもないが、文章にするならそんな感じだと思ったのだ。

 美少年と言う年でもないし、美青年というには大人っぽさが薄い。

 それに、厳密に言えば鈍感でもない。あれは知ろうとも、考えようともしていないだけなのだと思う。

 いや、違うか、すぐに分からなければ放棄する、がより近いような気もする。

 紙には続きがある。

 鬼畜放置男に癒し系男子の恐慌、紳士的な無視に紙魚(シミ)を根絶する本の虫、不適切な発言を懸命に回避したであろう罵詈雑言の数々。

 昨日の明け方だったか、原稿が一段落してジギ・タリスについて読み直していたら思い出して腹立ちまぎれに書きなぐったのだ。

 つまり、スティは怒っている。

 理不尽かもしれないし、求めすぎているという部分もあるだろうし、自分が悪い部分もあるとは思うのだが、それにしても、扱いが酷くはないだろうか。

 謝って欲しいわけではないのだが、せめて甘やかして欲しい。

 一緒に紙ごみをまとめて運んではくれないだろうか、と、まとめた紙束を見下ろすと、ぐぅと体が空腹を訴えた。

 そうだ、ペルオの店に紙ごみをお願いしてパンを買おう。


 そして、ペルオの店の前でクロストと遭遇した現在。


「あれぇ? スティちゃん、こんにちは! またそんなに紙ごみ出ちゃったの?」


「……」


「……」


 店先を掃除していて、通りかかったクロストと世間話をしていたペルオは、そのままの明るい声でスティに話しかけたのだが、スティとクロストは無言だった。

 スティはクロストの悪すぎる顔色に、クロストは振り返って視界に入ったスティの後ろの人影に。


「なに、二人とも黙っちゃ……て」


 ペルオが笑いながら二人の間に入ろうとしてその人物に気が付いた。

 後ろになにかあるのだろうか、と、振り返ったスティはそれが誰か認識する前にクロストに肩を引かれている。

 態勢を崩されて転びそうになったところをペルオが抱き支え、クロストはスティの前に立っていた。


「スティちゃん、ちょっと店の中入ってようか?」


 小さくペルオが呟いたが、その声は耳に入ってしまう。


「どこで手に入れたんだ?」


 クロストは、酒瓶を片手に歩いてくる銀髪の男に尋ねている。

 聞いた事のない冷たい声だった。

 酒瓶は空の様で、男はトントンと肩を叩きながらまっすぐにクロストに向かって歩いてくる。

 クロストに良く似た薄茶の瞳に中性的な顔立ち、スティの父親よりは若く見えたが、その荒んだ雰囲気には可愛らしさの欠片もない。


「クロストのお父様?」


 スティは抱き支えられたままペルオに聞いた。


「あー、見た目は似てるけど、中身は関係ないから、怖がらないであげて欲しいんだけど……」


 ペルオはぼそぼそと答えながら、スティの視線をクロストから外そうと腕を引いたが、スティは一度ペルオに視線を向けてすぐに戻す。


 クロストの前で立ち止まった父親は、


「お前なんでこんなとこにいんの?」


と首を傾げて、そのまま肩に置いていた酒瓶でクロストを殴りつけた。

 スティは小さな悲鳴を上げてペルオの腕を掴んだが、ペルオはそのままスティを回転させて、店の中に押し込み、中にいた母親にクロストの父親とだけ声をかけて扉を締める。

 スティは慌てて扉から外を見た。ペルオは開けてくれそうもない。

 幸いというべきか、それ程の力でもないのだろう、父親は痩せていて、酒瓶の重さと、振り下ろした分の力だけがクロストを攻撃したようだった。

 目立った怪我はないが、眼鏡が歪み、足元に割れた酒瓶が散乱している。

 スティが見ていない間、左肩、左こめかみ、右頬に、三度叩かれた酒瓶を、クロストは四度目は片手で受け止めて地面に叩きつけて割った。

 父親は割れた酒瓶にすがるように座り込んでなにか言っているようだったが、クロストは水魔法で頭から水をかけ、目の前にしゃがみ込んでなにか話しをしている。

 大声を出して騒ぐような事態ではなかったが、近所の人が数人、出てきてクロストへ声をかけているようだった。

 やがて治安維持会の巡回員と、白衣を着た医者の様な三人組がやってきて、ようやくペルオは扉を開けてくれる。


「ごめんね。でももう少し待ってあげてね」


 それでもクロストに近づくのは止められた。

 小さな声でニ、三言、巡回員と話をし、それから医師に顔を確認されている。

 しゃがんだままなので立ち上がることが出来ないのかもしれない。

 父親はクロストが顔を確認されている間に巡回員が両腕を掴んで引きずるように運び始めていた。


「おおい、だれか、彼を家まで運んでくれ」


 医師がそう呼びかけたとき、医師の足元でクロストは崩れ落ちた。

 ペルオが、


「ああ、やると思った」


と小さく呟きながら走り寄っていく。

 スティは全く状況がつかめていなかったが、慌てて後を追った。

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