12 思いついたら一秒考えろ
クロストがもう限界だろうと、スティは色々と諦めて、最適解を考える。
従者は既に後ろに控えているのだ。そのまま毒薬を受け取ればいいだろう。
幕僚長の言葉を制してこちらから一歩近づけば、従者は幕僚長を伺うように視線を向けた。
頷いた幕僚長から視線をこちらに戻してきたので、盆の上から適当に毒薬を掴む。
(クロスト、ガルプラダ語のありがとうは?)
(……ウオタギラ)
「ウオタギラ」
覚える自信がなかったので、クロストの言葉を聞きながら言い真似た。
毒薬は口に入れずにそのまま出ようかとも思ったが、幕僚長も従者も、じっと手に取った毒薬を伺っているので、殺せないまでも弱らせたい位は考えているのかもしれない。
できるだけ軽い調子で口に毒薬を投げ入れて、口内で土魔法を展開して包み込み、そのまま扉に向かって歩き始める。
ざらりとした土の感触が口内にあるというのは、想像していたよりも気分が悪い。
あのクロストがよく我慢したと思う。
もっと植木鉢のように表面をつるりと、より小さく圧縮したらどうだろうと、命を落とさない程度に口内で土魔法を駆使しながら廊下に出、予定通り右に進んだ。
背後で扉が閉まる音を確認して、ベルトから紙と木炭を取り出して足を止める。
ジギ・タリス宛の文章を、一瞬だけ悩んでキドニー語で書いた。
『左の窓から暗殺者。依頼書は幕僚長の左脇腹の裏ポケット。』
必要最小限ではあるが、小さな紙に木炭で書くにはこれが限界だ。これで何とかなる技量を持っていると思いたい。
口の中の毒薬は、本体より五回りは大きく、指で割るには硬い程度の土製の球体になった。
触って振れば空洞の中で毒薬が転がっている事が分かるだろう。
証拠品になれば良いと、ハンカチに包んでポケットに押し込んだ。
紙は折りたたんで左手に握り、木炭は右手に持ったまま、窓から外を見上げる。
変わらない微妙な空。雲の流れを確認しつつ、先程クロストが見上げた空と雲の位置関係を頭の中で照らし合わせた。
もう少しゆっくり動いてもいいかもしれない。
三十秒も時間がズレれば、応援の騎士を待っている間に時間切れが来るはずだ。
スティは慌てずに騎士が立つ扉前まで行き、先程と同じような内容で、床に木炭で線を引いて説明する。
木炭を削るようにしか書けなかったし、木炭も使い切ってしまったが、逆にちょうど良く時間も潰れたように感じた。
風魔法で廊下を綺麗にしてから、一緒にしゃがんで説明を聞いてくれた騎士と立ち上がり、騎士が窓を通り過ぎてここでまてという仕草を見送って、息をはく。
そろそろ時間切れになるはずだ。
左手に握ったままだった紙を開いて、交代したらすぐ目に入るように、と思って驚愕した。
ところどころ木炭がこすれて非常に読みづらい。
書いた本人で読みづらいのだから、他人では更にだろう。
時間がかかっても困るのだ。
風魔法で吹き飛ばした煤を集めるという事も可能なのだろうか、と、紙から視線を上げた時、窓から覗き込んで来た女と目が合う。
ひゅっと息が鳴った。
そこで視界が暗転する。
時間切れだった。
***
気付けば二人は椅子に座っている。
例えば椅子に座るための足腰の稼働も感じることはなく、空から椅子に向かって降りて来たような浮遊感もなく、ただただ、当たり前に椅子に座っているのだ。
クロストとスティは対面に座っているので、目があってもおかしくはないのだが、クロストは大体俯き加減なので、この段階で目が合う事はない。
スティは吸い込んで止まっていた呼吸を再開させ、神様に声をかけた。
「神様、成功ですか? 失敗ですか?」
「スティ君は必ず成功から先に訪ねるよねー」
気にした事もなかったの、そうだったかと、スティは首を傾げる。
クロストの意見を、とも思ったが、先程から微動だにしないのでそっとしておこう。
「それでは聞き直しましょう。失敗ですか? 成功ですか?」
「うんうん、特に順番に意味はないんだねー? 大丈夫、成功したよ!」
「良かった!」
嬉しそうに弾んだスティの言葉にかぶせるように、同じく嬉しそうな神様の言葉は続く。
「女の雷魔法を魔導士が水魔法で無力化、スティ君が書いた文章が視界に入って隙が生まれて、窓ガラスで襲い掛かられるまではクロスト君の時と一緒さ! 本職同士だからぼけーっとしてる方が痛手を負うなんて当たり前なんだけど、それでもジギ君は優秀だよね! 左腕をダメにしただけで取り押さえたんだからたいしたものだよ!」
「……え?」
「んん? なあに? なにか聞き返すような説明をしたかい? ああ、雷魔法の事かな? あのバチっとするやつだよ! 雨の日に空が光るやつさ! ガルプラダだと魔法として確立されているんだ!」
顔が見えていればそれはにこやかな笑顔で告げられているのだろう。
ああ、雷、あれは雷魔法というものなのね。南キドニーは製紙業が盛んで植林地帯も多いから、落雷で亡くなる方も少なくはないのよね。
そんな風にぼんやりと考えてしまう頭を振って、スティは手を握りしめて聞く。
「その……これからジギさんはどうなるのでしょうか?」
「ジギ君? ガルプラダには聖女もいないし、キドニーへの出張依頼は取り消しで、暇という名の解雇になるよー? 左腕が動かないんだもの! 暗殺業なんて無理無理! でもおかげで幕僚長は捕まったし、ジギ君も晴れて一般人だからね! 予定より時間はかかるけれど、退職金を叩いてキドニー入りできるから、大成功だよ! キドニーの職は解雇されてないしね!」
大成功、なのだろうか。スティは瞬きを繰り返す。
クロスト、と思わず助けを求めそうになって、その口を閉じる。
何度も言われたではないか。
現実だと。
言い切ったではないか。
失敗ギリギリの成功で何かを犠牲にするよりはきっと良いと。
失敗ギリギリの成功ではなく、最善だったと自分に言い聞かせるしかない。
キュッと唇を噛んで、スティは姿勢を正した。
「最善でしたか?」
訪ねた声は震えていて、クロストは慌てて立ち上がってスティの耳を塞ごうと手を伸ばしたのだけれど、それは間に合わない。
「最善な訳ないでしょー? どうせ女の暗殺者は殺されるんだから、サクッと殺せば良かったんだよ! 人殺しを経験しておいでよって言ったじゃない? 二人とも全然清々しくない殺し方になったし、そういう事じゃなかったんだけどなぁ!」
スティの目の前まで駆けつけて、ぱちんと、顔を両手で挟むようにして、耳を塞ぐのは間に合わなかったけれど、コツリと額を合わせてクロストは言う。
「落ち着け。キドニーには聖女がいる。腕の一本や二本、無くなっても生やせるって話だ。勇者の時から分かってるだろ? こいつの言う最適解なんてあの状況で思い浮かぶはずもないんだ。そういう僕らを巻き込んでるこいつが圧倒的に悪い」
ポロポロとスティの目から涙がこぼれる。
クロストはびっくりして慌ててスティから距離を取った。
どういう心境で泣きだしたのか見当がつかない。
自分が泣かしたのだろうか、とも思ったが、すべての元凶はこの神様という存在であると頭を切り替えた。
泣いているスティを視界から外し、神様が居そうな上の方を向いて言う。
「スティ、なにか神様におねだりしよう。理不尽すぎて納得がいかない」
「えー。そういう話になるの? あげられるものにしてよねー?」
ケラケラと神様は笑い、相変わらず歌うように答えた。
スティは瞳に溜まった涙をパチパチと瞬きをして全て落としきって、どうしてそうなったの? とびっくりしたまま声に出している。
「次回は自動通訳と自動翻訳して欲しいです」
「いいよ!」
「うわっ」
軽い神様からの了承と、クロストの最大限に嫌そうな声と、ぐるんと高速でこちらを振り返った最大限に嫌そうな顔を見て、スティはハッとする。
「いいいいい、今の無しで!!!」
「遠慮しなくて大丈夫だよ! それじゃあ次回も宜しくね!」
パッと、視界が暗転とは逆に白くのまれて、耳に残ったのは至極楽しそうな神様の声だけだった。




