02 神様的には人間なんてチェスの駒みたいなもの
「あー、死ぬよねー」
クロストとスティは床に仰向けに寝ており、二人とも訳がわからずに固まっている。
穏やかな声の主は視認できず、しかし説明が続いたので、大人しく聞いていた。
「いきなりごめんねー。自己紹介するね。どうも神です」
((神!))
「今、戦闘中に勇者が崖から落ちたんで、神の奇跡発動中なんだけど、何度やらせても死んじゃってねー。もうただのマグマダイブ状態で早百年? 飽きてきちゃったし、そろそろ成功しないならこの世界はこのまま流れで崩壊させちゃって、新しい世界を作っちゃおうかなって思ってるんだけど、どう? これなんとかなりそう?」
寝転んだまま、ゆるゆるとスティが手を挙げる。
「はい、スティ君何かな?」
「神様は世界が崩壊しても困りませんか?」
「困らないし、君たちも一人残らず死んじゃうんだから困る余地もないでしょ? でも、せっかくコツコツ砂粒よりも小さいところから三億年もかけて作ったから、寂しくはあるかなぁ」
続けてゆるゆるとクロストが手を挙げる。
「クロスト君、どうぞ」
「トラウマレベルの苦痛を味わったんですが」
「そこが問題なんだよね。最初は精神だけ入れ替えてたんだけれど、五感も入れ替えないと対応ができないらしいじゃない? 足音が聞こえなかっただの、痛みを感じなかったから致命傷だと思わなかっただのと、私も昔は文句を言われたものだよ」
「「何度もは無理です」」
「あ、そう? じゃあ残念だけれど終わらせちゃって良いかな?」
「「ダメです」」
「じゃあなんとかしてくれる? 精神崩壊とかしたら治してあげるし」
クロストはスティがいる方向に体を回転させて言った。
「これ夢?」
「夢だと良いんだけれど、私は夢の場合、途中でも起きられるタイプなのよね」
「僕はそもそも夢を見た記憶がないタイプだからなんとも」
「ちょっとつねってみる?」
「夢でも痛くないだけで痛いとは思うんじゃない?」
そんなことを言うクロストの手首が突然回転してねじ切れる。
「っっーーーーーー!!!」
声にならない悲鳴を上げ、クロストは手首を押さえてバタバタと背を丸めて苦しんだ。
スティは飛んできた血飛沫と目の前の光景に、言葉を出せずに愕然とすることしかできない。
「夢ではないよー。夢のような奇跡の一端ではあるけどね」
酷く楽しそうに神様は言い、クロストの手首はすぐに元に戻る。
それでも飛び散った血はそのまま、充満する血液の匂いがこれが現実であると伝えているようだった。
クロストは動揺から立ち直れずに荒い呼吸を繰り返し、背を丸めたまま涙で顔を濡らしている。
我に返ったスティはゆっくりとクロストに近寄って、抱き締めて背中をさすった。
「……神様、少しお時間をください」
二人ともまだ動揺に全身を震わせている状態だ。とてもこのまま神様と話ができるとは思えない。
「いいとも。君たちの現実の時間は止まったままだから、いくらでも話し合ってもらっても構わない。テーブルと椅子、お茶とお菓子と……何か欲しいものがあれば言ってくれ。ああ、質問にも答えよう」
そんな言葉が聞こえて、目の前にテーブルと椅子、お茶とお菓子が現れた。
これがご都合展開というやつだろうか。ぼんやりとスティはそんな事を思うが、クロストの方はそれどころではない。
「クロスト、大丈夫?」
「ちょっとチビった。着替えが欲しい……血塗れだし」
「そう言う意味じゃなかったんだけれど……まぁ、私も血塗れだし、それもそうかしら……」
スティは少し首を傾げてからなんとなく上の方に向かって声をかける。
「神様、着替えか汚れの除去を要求します」
言い終わればさっと二人の服が新品同様になり、血溜まりも消える。
瞬きするよりも早いかもしれない。
スティは一瞬やっぱり夢なのでは? と思ったのだが、震えの止まらないクロストを見て考えを押し殺した。
クロストは、いやー、骨が砕ける音って結構自分の中に響いて聞こえるんだね、と、笑いながら立ち上がる。
膝が笑っているのか、中腰状態でなかなか動き出せないでいるので、スティは肩を貸して椅子に座らせた。
「エスコートもできなくて申し訳ない」
「してもらった覚えもないのだけれど」
スティは笑って、折角あるのだからとティーポッドからお茶を注ぎ、クロストの前にさしだすと、自分の分も注いで一気に飲み干した。