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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
第二章 国外脱出する密偵

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11 これが物語の強制力ってヤツですよ!


 クロストの番になり早々、幕僚長の言葉を片手をあげて遮って、単語として何度か登場していた毒薬かもしれない単語を口にしてみた。

 外れたところで訝し気な顔をされる程度だろう。


「ウカユコデ」


 どうやら正解していたようで、幕僚長は頷いて一歩下がり、若者が盆を差し出してきたので無造作に掴んで口に放り込む。


(大丈夫なの?)


 スティが慌てて聞いてきたが、クロストは答えずに土魔法を口内で発動させた。

 喋る予定もないのだ、多少大きくなっても問題はない。

 毒薬を土魔法で包みこんで上顎へ貼り付ける。歯と頬の間に入れたいところだが外から見て不自然になる事は避けたかった。

 土が口内にあると思うだけで嘔吐反射を起こしそうになるが、問題がないと自信に言い聞かせ、最悪の気分を隠しながら左の掌に右手を二度当てて礼を取り、そのまま二人に背を向ける。

 扉前の騎士には不躾で申し訳ないが、存在を無視するように退室し、迷いなく廊下を右に進み背後で扉が閉まる気配を感じながら歩く速度を落とした。ここまでで最短の退室である。

 窓から天気でも確認するように顔を出し、周囲に人目がない事を確認し、口の中の物を吐き出して毒薬だけ取ってハンカチで包みつつ、水魔法で口内と手を濯いだ。


「はぁ……」


 疲労困憊といったため息を吐いてから眼鏡を直すような仕草をして、そういえばかけていなかったと、本当に空を見上げる。

 見える範囲の塀の上には誰もおらず、晴れとも曇りとも言えない微妙な空模様に、今度は短く息をついて、ゆっくりと歩き始めた。


(毒薬、口の中で土魔法を使ったのね。クロストにしてはかなり無理をしたんじゃない?)


 心配の中にも嬉しさをにじませてスティは言ってくる。

 先程は余裕がなくて返事がなかっただけでしょうと、その声は明るい。


(……無理と言うか、大丈夫か大丈夫じゃないかって話なら全然大丈夫じゃないんだけど、)


 クロストはまだ整理のついていない事柄に思考を使いたくなかったのだが、悪びれる様子もないスティにこれ以上話してほしくないと冷たく続けた。


(毒薬で人殺しってどんな気持ち?)


(……)


 返事がない事に留飲が下がった気がして、自分の性格の悪さに苦笑する。

 神様が言うのだから多分これから自分も人を殺すのだろう。人を切りつける感触もその後に頭が真っ白になる感覚も、もう一度体験したいとは思わないし、この繰り返しが失敗する事も目に見えているし、かといって楽しめるような性格でもない。

 諦めてしまえば楽なのだろうか? そんな事を考えながら、ああ、忘れてた、と立ち止まった。

 背中の違和感は恐らく契約の魔術具と称する紙か羊皮紙。

 分からなかったベルトの厚みがある部分はなにかと確認すれば、金属の小さな筒に輪がついた物が紙に包まれていた。

 筒には蓋が付いており、中に何かが入っているようだったので、開けてみれば細く小さく整えられた木炭だ。緊急用の伝達手段かなにかだろうか? 口笛でも吹けば伝書鳩でも飛んでくるのかもしれない。

 この紙で意思の疎通が図れそうだと、筒はポケットにしまって、紙と木炭を手に小走りに廊下を曲がり、扉番の騎士へ唇に人差し指を当てて近づきしゃがみこむ。

 ピクリと反応して剣に手はやったが、扉番はじっと手元を覗き込んでくれた。

 クロストは紙に何本か線を引き、塀と扉の位置、自分と騎士を丸で表現して騎士を見る。

 騎士が頷くのを確認して、今度は先ほど見た弓の女がいた塀の辺りに丸を付け、トントンと叩いて扉から一番近い窓を指さす。

 この辺に誰かがいるぞ、という報告は警告として通じたようで、騎士は緊張したように顔を強張らせてから窓に向かって歩いていき、そのまま窓を通り過ぎて外から見えない位置まで進んでから振り返って、塀を指さしている。

 本当に居るな、と言いたいようだった。

 どうする? と扉越しに塀の辺りへ親指を向ければ、そこでちょっと待て、というように両手を上下させて、走って行った。

 応援を呼びに行ったのだろうか。立ち上がって壁に背を預け、紙に付着した木炭を紙の後ろから中指で弾く。紙が薄汚れはするが、再利用できる程度には落とせそうだが、今はそういう事に集中している場合でもない。窓の方へ顔を向けた時、音もなく覗き込んで来た女と目が合った。


「……っ」


 バックステップで更に距離を取り、ポケットの中のハンカチを掴みだす。

 女は手を持ち上げて魔法を放とうとして、


「バチッ」


と手元で火花が散ったが、女の後ろから放たれた水によってそれは無効化された。

 応援の騎士が建物と塀の間から走り寄って放った水魔法は、桶で水をかける程度の勢いで殺傷能力は感じられない。

 先程応援を呼びに行った騎士も戻って来ているのが視界に入り、こちらは既に捕縛用の特殊魔道具を手にしていた。

 そろそろ時間切れも間近かと気がそれたクロストの一瞬の隙を女は逃さない。

 窓ガラスを蹴り割り、自身の体を傷つけながら風魔法を展開してガラスを四散させる。

 勿論騎士たちにそういった攻撃は効くわけもないのだが、クロストだけは例外だ。

 避ける術が知識になく、毒薬を口にする時間もない。


「っう……」


 衝撃ではなくこれは単純に痛かった。面ではなく点で来る上に刺さる。

 思わず瞑ってしまった目を薄く開けて、クロストは息を飲んだ。

 目の前にはその手を血まみれにしながら割れた窓ガラスを握って振りかぶる女がいる。

 反射的にこれ以上近づいてほしくないと腕を伸ばしていた。

 伸ばした腕に合わせて振りかぶった腕の軌道を変えた女の口元に、掴みだしていたハンカチが解けてぐしゃりとまだ少量だけ覆っていた土を崩す。

 どれ位の確立だ、と内心で悪態をつく。

 殺すつもりは無かったし、できれば殺さずに神の意志とやらに逆らいたくもあった。

 けれど、当たり前に、吸い込まれるように、女の口に毒薬は入る。

 それでもほぼ同時の相打ちだ。

 こめかみに深々と突き立てられたガラスを瞳に映して女は満足げに笑っている。

 死ぬまであと十秒。

 滑り込むようにクロストは音にならない声で呟いた。


「ごめん」

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