10 神様の言う通り
(あっのクソ神、ほとんど説明しないで送り込みやがった……)
クロストの悪態にスティは思わず笑ってしまい、目の前の幕僚長の言葉を止めてしまった。
訝し気に見てくる幕僚長にコホッと咳をひとつ。お話の続きをどうぞと言葉にはせずに片手だけで促して取り繕う。
(契約用の魔道具って……どこの国も同じなのかしら?)
(術式は同じかもしれないけど、ウチの国でも形状は色々だろ?)
(……そうね、コップも風呂桶も中に液体を入れられるけど形状が違うわよね)
(いや、その例えだと大きさだけであまり形状は変わらない気がするんだけど)
(じゃあ、剣と包丁、トライデントとフォーク、軍事用シャベルとスプーン)
(武器と台所用品で固めるの止めろ。それとわざとだろ? わざとだよな? 突っ込まないからな)
契約用の魔道具は一般人でも目にする機会があった。
契約内容と罰則が書かれた魔道具で、契約違反行動を取ると罰則が実行されるという単純だが強制力のある魔道具で、簡易な物であれば図書館でも使われている。
持ち出し禁止本を書庫から専用の閲覧場所に移動する際に交わされたりするが、それ以外の場所に移動させた場合警報が鳴る程度の物で、こういった用途のものは、首からぶら下げる木札タイプの物が多い。
少々重たい恋愛の末に結婚した夫婦が指輪やアンクレットとして利用している場合もある。
浮気防止らしいが、発火したり物凄く縮んだりと割とシャレにならない罰則が科せられると聞いた。高価なために出回っていないのが幸いである。
(基本的に契約内容と罰則が記載できれば良かったはずだから何でもありだろ。ニクソンの小説だと人差し指サイズの巻物、ホイットマンは懐中時計に模様彫り、ヘンリーのは背中に直接書かれて傷が治るまでに達成しないと溺死する鬼畜使用だったな……)
(ヘンリーの『背に我が名を刻む』ね! 水球が顔を覆うのよね! もがき苦しみながら達成した途端に水球が解けて九死に一生! あれは手に汗握る展開だったわ)
(そう? ご都合展開の極みじゃない? どこからが傷の治りなの? 服に擦れて瘡蓋でも剥がれたわけ? 気になって見せ場が全然頭に入って来なかった。それならお互いの懐中時計の模様彫りがするする消えて行って飾り気のないつるりとした懐中時計を交換して別れるホイットマンの方が胸熱だったけどな。金属部分が薄くなってもう彫る事が出来ないって一文も良かった)
(完全なる終了のお知らせ感だしつつ、透かし彫りならいけるじゃないって気になっちゃったのよね。もう一度契約に使ったら時計の機械部品だけ残ると思わない? あ、そっか。対になる魔道具はジギさんも持ってるのよね)
幕僚長は見える範囲に装飾品はつけていない。
比翼仕立てのジャケットにスラックス、体つきが分かるような服装でもないが、何かを隠し持っているような不自然な立ち姿でもなかった。
丁度若者が毒薬の盆を差し出してきたので、何かを探すふりをしてパタパタと自身のあちらこちらを触ってみたのだが、こちらは逆に色々とありすぎて分からない。
例えば胸の辺りには板のような何かがあり、ベルトには一部分だけ厚い箇所があって、背中は部分的に服とは違うごわごわとした感触を感じた。
このまま出て行く割には軽装であるし、建物を出ようとした時に武器を返される等もなかったので、そもそも持ち込んですらいないのだろう。暗器を仕込むようなお話も多いが案外現地調達なのかもしれない。町のどこかに拠点があったりするのかな、とスティは思う。
あまり時間を取ってしまっては情報が得られぬままに殺されてしまうかと、スラックスの後ろポケットに収まっていたハンカチを取り、口元を拭ってから毒薬を受け取った。
ゆっくりと口内に指を入れながら、視線が手元に集中していることを確認して、足で若者の持っていた盆を蹴り上げる。
やはり本人の身体能力が良いのだろう、思い描いた通りに体は動いた。
「あっ」
驚いて飛んだ盆を目で追う若者の口に、持っていた毒薬を放り込んで幕僚長へ一気に距離を詰めて、頭を叩きつけるように押し倒す。
(えっ)
クロストの驚いたような声も聞こえたが、聞かなかった事にする。
「ゴッ」
鈍い音がして幕僚長は意識を失った。
頭に片手を残したままもう片方の手で、揉むように体を確認していく。
「ダンッ」
若者に毒が効いたのだろう、背後で倒れて痙攣していた。
扉の騎士が一人廊下に出て何かを叫び、もう一人は抜刀して向かってきている。
覚醒、というのだろうか、すべてがゆっくりと把握出来た。
ジャケットの裏、脇腹辺りにポケットがあるのだろう、ぐしゃりと服とは違う手応えがある。
「これかしら? そういえば禁止事項に幕僚長への危害がなくて良かったわ」
スティは実際に声に出して呟きながら、振り返って切りかかってきた騎士の剣を心臓に受けるように体をずらす。
「ガキンッ」
金属同士がぶつかる様な甲高い音が鳴った。
やはり胸に仕込んでいたのは金属板だったのかと安堵しつつも、想定していたよりも重い衝撃に息が止まる。
後方へ腕を引かれる感覚があって振り返れば、幕僚長が目を覚まして訳も分からぬままに掴んでいるのだろう、それでも睨みつけてくるその目には絶望でも敗北でもなく、激怒。
この体なら出来るはずと、スティは幕僚長の腕ごと投げ飛ばす勢いで振りぬいて、その手を外し、転がるように二人から距離を取る。
武器になりそうな物もなく、手詰まりかしらと、床に手をつけばコロコロと小さな粒が手のひらを押した。
「契約用の魔道具が二枚?」
じっと幕僚長の顔を見ながらスティは首を傾げる。
幕僚長は言われた内容を、恐らく翻訳して理解してからほんの少しだけ動揺を見せた。
わずかに見開かれた目を見てスティは満足げに笑う。
「どうもありがとう」
礼を告げ、盆から散らばり落ちてたまたま手のひらを押した毒薬を口にして奥歯で噛みながら、両手を上げたところで意識は途切れた。




