09 夢の中で寝て起きる
気が付けばいつもの場所のいつもの椅子に座っていた。
ああ、このパターンか、と二人は顔を見合わせる。
「前回より厳しくないか?」
クロストの目は少々荒んでいた。
スティの方は楽しそうである。
「どうしても死んでしまうよりは難易度は下がるんじゃないかしら? 神様いかがでしょう? 成功ですか? 失敗ですか?」
ウキウキとした様子で何となく上を向いて尋ねるスティに何とも言えない目を向けて、クロストはため息を付いた。
「やぁやぁ、お疲れさまー! 小休止、小休止! つまり、失敗だよねー! あはは!」
神様の方も楽しそうである。
そういえばそういう性格だったとクロストは再びため息を付いた。
「恩恵とかでせめて言語はなんとかなんないの? 全然状況がわからないんだけど」
文句は言った者の勝ちである。
「あー、そういうのは無理だよー! そんなに都合よくは行かないよ! それでもクロスト君が意外と頑張るから、君たちが言うところのご都合展開は結構発揮してると思うんだけどなー! まぁ、政治のあれこれとか、真実とか、聞いたっていい事もないしさ! 良いじゃない、世界はなるようになるんだから! あ! なるようになってたら君らの世界はとっくに滅亡してるんだったね! えへへ」
えへへではない、とこの発言に関しては二人同時に心の中で呟いた。
「概要だけでも教えてくださいませんか? 原動力にもなりますし」
「ああー、君たち何かと脱線するもんねー! じゃあ、のんびり解説しながら失敗するとこみちゃう?」
時間切れの時機は確かに悪かった。
あのまま女に詰め寄られては防ぎようがないだろう。
そこまで思い返してみてスティは気付く。
「あの、ご本人って、あの幕僚長の前から建物出口前までの認識って、どういった状態なんでしょうか?」
「さぁ? 寝て起きてみたいな感じなんじゃないのー? なんと言っても神の奇跡だからね! なんだか分からない内にイイ感じに解決が信条でーす」
雑な信条である。
いずれにしても最悪な状況での時間切れに違いなかった。
勇者の時のように一筆、残しておいた方が良いかもしれないし、読む時間も確保しなければならないだろう。
クロストはどんよりと頭を抱える。
「クロスト君はなにかある?」
神様のそんな問いかけに、大きめの舌打ちを一度鳴らしてから顔を上げた。
「本人が認識していない間の事象の責任は全部本人なんだよな?」
それは確認しただけで、答えは分かり切っている。
スティの叔父の件もそうだった。
物事は独立しておらず、どこかで何かと繋がっている。
「そー。例えばなにか犯罪を犯して捕縛されたとして、罰則はジギ君が受けるよ」
「? ジギ君ってだれでしょう?」
スティは首を傾げるが、クロストの方は恐らく奇跡発動中の本人の事であろうと当たりをつけていた。
「ジギ・タリス君三十一歳独身。君たちが入れ替わってた人だよー。南キドニーの諜報部に所属してるんだけど、潜入捜査でガルプラダに入って、今はガルプラダの諜報機関で暗殺担当をしているねー」
「実在するんですね、その職業」
目をキラキラさせながらスティは言い、クロストは、
「ガルプラダ産まれってわけじゃないだろうに、随分信頼されたもんだな……」
と、嫌な顔をする。
それなりに実績があるという事なのだろう。
「人物紹介も済んだし、続き出すねー」
神様は気軽にそう言って、テーブルに最後に見た光景を映し出す。
神様が言うところのジギ・タリスは中肉中背の特徴のない顔立ちの男だった。
青みがかった灰色の瞳は対面する弓を背負ったままの女を捕えている。
向かい合わせで立っている状態だ。
後ろには騎士が抜刀して構えている。
女はあの一瞬でここまで接近したのか、と二人で感心した。
「はい、開始!」
楽しそうな神様の声とともに、女が掌からバチバチと火花を散らす光の矢を作り出してタリスのこめかみの辺りを目掛け振りぬいた。
一瞬の早業である。
タリスもさすが本職と言うべきだろう、上体を後方に仰け反らせてギリギリで回避しながらその腕を掴んでくるりと可動域と反対方向にねじり上げる、が、女は地面を蹴り上げてねじられた方向に飛び、自身の体を回転させながら反対の手で光の矢を作り、タリスの腹部に刺して着地した。
タリスの体は小刻みに何度か震えたが女の腕を放す事はない。そのまま反対の手で頭部を地面に叩きつけるように押せ込み、騎士に大声で何かを告げる。
「捕縛用の特殊魔道具を要求したよ」
神様が解説をいれてくれた。
スティはどんなものか真剣に見入り、クロストはこれには解説がなくても状況で分かるだろう、と眉間を揉む。
応援に駆け付けたのだろう数名の騎士たちが、女の耳元に剣を刺し、抵抗を止める様に言い、短く告げられた、
「動くなっ!」
などの言葉は情感たっぷりに神様が通訳をする。
捕縛用の特殊魔道具は銀色の枷で、首、手首、足首と嵌められていくのだが、そういった部分には特に説明は入らなかった。
最後の枷が嵌められ、魔法を使えない状態にするようなものなのだろう、タリスの腹部に刺さったままだった光の矢は霧散し、穴が開いた腹部からどろりと血が流れる。
タリスはそのまま静かに女に話しかけ、女は笑いながら答えた。
「暗殺依頼で対象は私? 依頼主は誰? あはははは、あんたの依頼主と一緒さ! 幕僚長だよ!」
一人二役の通訳にクロストは要約だけ伝えてくれればいいものをとげんなりするが、スティは気にならないようだった。
「魔法が使えなくなって聞かれた事には答えてしまう魔道具なのかしら? だとするとやっぱり口内の毒薬って必須よね。彼女、毒薬は仕込んでなかったのかしら? 枷を嵌めている間に死ぬ時間はあったわけだし」
「死ぬまでもないとか、死にたくないとか、色々あるだ……ろ」
クロストは言いながらスティの発言の不味さに気が付く。
失敗だと分かっているから軽々と死んでしまえばいいという思考に陥っている。
けれど普通は死んだらそこで終わりなのだ。
スティも気が付いたのだろう。クロストのこれは現実であるという発言は靄のように引っかかってはいた。ふー、と息を吐いて、スティはきっぱりと告げた。
「限界まで粘って失敗ギリギリの成功で何かを犠牲にするよりはきっと良い」
それは成功まで死が繰り返される二人だからこそ言える意見である。
「認めたら駄目だと思ってたんだけど、僕も思っていたよりも釣られてたし、そういう自分が嫌だったんだろうね」
クロストは目を伏せて呟いた。
繰り返される時間にいる事も二人にとっては現実なのだ。
タリスの腹部の傷は内臓にまで達していたのだろう、暫くして咳き込むように血を吐き、最後まで離さなかった女の腕に覆いかぶさるように絶命し、それを見て静まり返っていた空気を壊すように神様は言う。
「なーんか、勇者の時より面白くないなぁ! そうだ! 暗殺の依頼って魔道具で契約して受けるものなんだけど、体のどこかに契約の魔道具を持ってなくちゃならないの。だからそれをお土産にしてあげるとジギ君も助かると思うよぉ? せっかくだし一回くらい人殺しを経験しておいでよ」
スティは相変わらず酷い事を歌うように言うんだな、と、繰り返しの時間に放り込まれるのを感じながら思った。




