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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
第二章 国外脱出する密偵

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07 悲惨が長続きしない


(スティ、落ち着くまで黙ってていいよ。時間稼いで進めとく)


 クロストはそう告げて、目の前の初老の男性を見る。


(ごめんなさい)


 スティから小さく呟かれた謝罪がなにに対してなのかは考えない。

 話の合間を見つけては頷き、知っている単語が使われていないか注意深く耳を傾けた。

 一般的な単語が少なく、専門用語や遠回しな言い方が多いのだろう、一人称や三人称、それが説明なのか命令なのかは理解できても、何に対してなのかが分からない。

 強引にキドニー語に持ち込む手もあるにはあるが、時間を稼ぐのは難しくなるだろうと考えて、この件は放棄する。

 クロストは口内に仕込む毒薬についての情報を引き出そうと、最初に差し出された盆には手を伸ばさず、じっと若者を見た。

 先程はお手本のように見ていたが、あちらが用意したものが問題ないことを主張しているのだろう。それでも、わざわざ盆を持ち換えて揺らしてから一粒だけを持ち上げる動作は、種明かしがされてからみれば不自然な動作で、どうして一度目に気が付かなかったのかと思わせた。

 表面の粉部分に麻痺の効果がありそうだと言っていたが、その効果を口内に入れると言うのだからなにか他にも対策があるのだろう。

 そうでなければ先程何粒も口に入れて殺した意味がない。

 ぱかりと口を開けて見せてくる若者をみながら、わずかに粒の大きさが変わっていることに気が付いた。

 ああ、土魔法か。

 スティが言っていた間者の必須技能と言うのもあながち間違ってはいないのかもしれない。

 かといって今それを実践するのは危険なように思えた。普段使用している土魔法を応用しても、水分を含み時間をかけて溶けだすのではないかと思うのだ。

 魔法をかけたまま維持するにしても、やって見なければ維持できるかどうかも分からない。時間を稼ぐだけならばスティがやっていた手袋に押し付けて口内に入れたフリで十分だろう。

 慎重に一粒を取り、ゆっくりと口内に入れるような動作をして男性に目を向ける。


「オザドゥノナッ」


 やはりここで殺すつもりはなかったのだろうか。男性は用は済んだとばかりに体を傾ける。

 死ねば幸運くらいには考えていたのかもしれないが、突然捉えられるような事がなくて助かった。


「アラヌオヤェス」


 クロストがさようならと別れの挨拶を告げると、男性は少々驚いたらしい。言葉の選択を間違えたかもしれないが、では、だとか、そでれは、といった単語が出てこなかったのだ。

 確か左の掌に右手を二度当てるんだったか、どこかで読んだ知識を総動員して礼をとれば、男性は追い払うように手を振り、振り返れば騎士が扉を開けている。

 足早に、しかし逃げ出すように見えないように部屋を出て、一瞬だけ迷ったがそのまま先程スティが走った方向へ足を向けた。

 追いかけて来たり声をかけられることもなく、扉が閉じる音を耳に窓越しに誰もいない事を確認してから更に速度を上げる。

 建物内に人影はなく、廊下が続くだけで扉などもない。

 スティが逃げ出した先も使用人用の出入口だったようだし、こちら側は使用人向けの通路なのだろうか、そうであれば王宮や議事堂などの一般人が出入りできない場所のはずだ。

 漠然と密偵と思っていたが、それなりに重要な人物である事を改めて思い知る。

 身を潜めてやり過ごせるような場所もなく、クロストは窓から外に出ることにした。

 出たところで隠れる場所はなかったように思うが、時間的にもそろそろ十分が経つ頃だろう。

 出入口を出て一歩で殺されていた。後ろからの衝撃だったはず。そして即死。

 クロストは大きく息を吸い込んで、扉を背に来た道を振り返りながら慎重に扉を開けた。


「ダンッ」


 扉の外側、本来は踏み出すはずのその場所に断頭台用の刃物が上から落ちてくる。

 恐怖で心臓が跳ね上がった。


(塀の上!)


 それまでなにも言ってこなかったスティが叫ぶように言う。

 クロストは滑り込むように刃物を飛び越えて建物を出、体を反転させて塀の上を見上げた。

 炎とはまた違う、光の弓矢が降り注ぎ、手足を貫いて地面に縫い取られる。


「っうわぁぁぁぁぁ!」


 一瞬の間の後、急激に痛みが襲い掛かってきて絶叫した。


(いやぁぁ!)


 スティの悲鳴が聞こえたが、答える気力もない。

 ああ、やっぱり毒薬は口に含んでおくべきだったと後悔しながら、クロストは暫く痛みに耐えた後、時間切れにより視界を暗転させた。




***




 スティはクロストに話しかけることもなく、淡々と前回のクロストの動きをなぞる。

 例えば差し出された毒薬はすぐに手にする等の時間短縮は行ったが、微々たるものだ。

 言語知識が全くない事も相まって時間が長く感じられる。

 扉を出て今度は左に行こうと足を進めたところで、控えていた騎士に後から刺殺された。




***



(平気?)


 クロストはスティにそんな言葉を投げかける。

 交流手段が声のみではお互い何を考えているのか読み取る事も難しい。


(きっとクロストよりは大丈夫だと思うわ)


 あまり安心出来ない声色だった。

 お互いどこか後ろめたいような心持で、今までのように会話が弾まない。

 終わる頃にはいつもの調子を取り戻せればよいのだがとクロストは思い、スティはきちんと話し合わなくてはと思っていた。

 それからクロストも最短で扉に向かう手順を踏み、退室際にふと思い立ってキドニー語で初老の男性に声をかける。


「失礼、貴殿の役職はキドニー語で何といいますか?」


 あまり流暢にならないように、単語ごとに区切って発音した。

 

「……幕僚長辺りだろう」


 男性は目を細めてそう答える。

 南キドニーでは幕僚と言う言葉を使わないのだが、確かに言葉としては存在していた。

 分野は分からないが宰相職の人なのだろう。お偉いさんだとは考えていたが、思っていたよりも大物だったな、とクロストは考える。

 そんな人がどうしてここに居るのか、自分が身代わりをしている本人も、この国ではそれなりの地位を築いているのかもしれない。

 自分に細かい事情は関係がない。疑問は疑問のまま時間稼ぎに集中しよう。と、クロストは返事をする。


「……幕僚長、ですね。ありがとうございます」


 礼を告げ、今度こそ退室しようと足を動かそうとしたが、足は動かなかった。

 背筋に冷たい物を感じ、足元は見ずに幕僚長へ視線を戻す。

 クロストとしては単に恐怖から足元を見られなかっただけなのだが、いつでも足は動かせる、という挑発と取ったようで、幕僚長は静かに距離を詰めてきた。


「タリス、お前は誰だ?」


 わざわざキドニー語で告げられたそれは、数分前までと別人である事を確定しているようだった。

 クロストは盛大にため息をついてラング語で悪態をつく。

 キドニーでは使用者が少なく悪態をついても怒られにくいので、追い詰められた時の癖になっているのだ。


「アー、ダンツ、ダンツ ニウトンホ! イナギス ウュシウユ トヒノコ? レダ マイ ハクボ カウイト? トヒッテ タリス? イタリシ ガクボ ロシム。テッタッイ テッレダ、シイナ カシデ ンニンホ、ダンナ、カノ イカチ ガカト ツシウソクオキ ワ イアバノコ? ノモナンソ カルキデ イメツセ。ナカイナレク テシロコ トトット」


 訳:あー、詰んだ、本当に詰んだ! この人優秀すぎない? というか僕は今だれ? タリスって人? むしろ僕が知りたい。誰って言ったって、本人でしかないし、なんだ、この場合は記憶喪失とかが近いのか? 説明できるかそんなもの。とっとと殺してくれないかな


 そう、怒られにくいだけでラング語を話せる人はクロスト以外にもいるのである。

 例えば目の前に立つ優秀な幕僚長。


「カ ュシィイノ ウノンセ? カウオラモ テセサベラシ、イロシモオ」


 訳:洗脳の一種か? 面白い、調べさせてもらおうか


 瞬く間に拘束され、護送中に時間切れが来たのは言うまでもない。

 移動時に目隠しをされた為、室外の情報も全く収集出来なかった事が悔やまれる。

 ギクシャクしていたスティからは何があったのか聞かれ、説明して呆れられた。


(クロストは人の事を言えないと思う)


(すみませんでした)

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