06 死に至る病、その名は好奇心
(クロストっ! 大丈夫なの!?)
初老の男性が喚き散らすのも待たずに、スティは呼びかける。
平静を装わなければならない場面ではあるが、少し目が泳いでしまっていた。
男性は眉根を寄せて、低い声で何かを告げたが、相変わらず内容は分からないので返答はできない。
(まずいな……)
それまで返答のなかったクロストが呟いた。
(良かった、大丈夫なのね!)
(スティが大丈夫じゃないかも……)
男性は続けて低い声で何か告げている。
後ろから気配を感じてスティが振り返った時には、視界が暗転した。
(え? なに? どういうこと?)
スティは困惑する。
特に痛みなどは感じなかった。
衝撃はあったような気がするが、どうなったのかは全く分からない。
(視界が横にズレたから脳でも揺らされたんだろう。リセットされないし気絶中じゃないか?)
クロストは視覚のみ共有されているため、見えたまま推測する。
(捕まっちゃってるわよね? 良案も思い浮かばないし、このまま十分間気絶したままなら良いのだけれど)
スティの言葉にクロストはため息をついた。
(スティ、この時間は丁度いいかもしれない。確認したいんだけど、君はこれを現実だとは考えていないのかな?)
(どういうこと?)
双方の体が視認できていれば、スティは首を傾げるというよりも顎を持ち上げる仕草をしているだろう。疑問と言うよりは怒っている反応に違いない。
それでも、自分にとってダメな事は伝えたいと、クロストは一度言葉を飲み込んでから続けた。
(夢とか、幽霊、不思議で奇妙な体験と言うだけで、この事象自体を現実ではないと思っているか聞いてるんだ)
重ねられた言葉はスティにはよく分からなかった。
(夢とも幽霊とも思ってはないわよ? 現実に起きている不思議で奇妙な体験だとは思っているけれど)
(人に言っても信じてもらえない、そういう体験程度なら夢も幽霊も変わらなくない?)
クロストからは、力が抜けたような声音の返答がくる。
スティにはやっぱりよく分からなかった。
(第三者からしたらそうかもしれないけれど、私には現実よ?)
(っ……、はぁ。宝くじもまだ当選してないからね)
それは困ったような、苦笑いのような、複雑な感情を拾い、スティはますます混乱する。
(ここまであり得ない事が起きているのだもの、宝くじは当たるでしょう?)
(うん、僕も当たると思ってるよ。現実に起きてる事だからね?)
(ごめんなさい、なにが言いたいのか分からないわ)
スティは降参した。はっきり言って貰わなければ分からないのだ。どうしてこんな言い方をするのだろうか?
(勇者の時は誰も傷付けなかったろ? ただ一人で助かっただけだ。今回は違うんだよ。逃げ出す時に誰かを殺したり怪我をさせた場合、その誰かは死んだままだし、怪我をしたままになる。こっちが殺されそうになったんだから仕方がないって、そう言っていいのは本人だけで、間借りの僕らのセリフじゃない。それが不可能ならどこかで覚悟を決めなくちゃならない。僕はさっき若い方に怪我をさせた時に気が付いた。スティは戦闘もできるのって聞いたよな? できないよ。ただ振り回しただけだ。狙いなんか定めてない。当たり所が悪かったら? 後遺症が残るような怪我だったら? ガルブラダの医療技術ってどれくらい? この国って聖女はいるの? なぁ、スティ、もう一回聞くけど、君はこれを現実だとは考えていないのかな?)
スティはなにも言えずに、ただクロストの言葉を聞いていた。
沈黙が続き、その沈黙を作ったのも破ったのもクロストだった。
(これは自分の責任でできる小説の現地取材じゃない。現実だよ。これ以上は付き合えない)
(そっ……)
そんなつもりじゃ、と伝えようとした言葉が、バシャリと響いた音に中断される。
気絶していたスティに水がかけられたのだ。
壁際の椅子に座らされ、短い頭髪を掴まれて後頭部を壁に押し付けられ、首元には短剣が突き付けられている。
ごくり、とスティは息をのむ。
「アヂヌコノコダ? アコナニエッチム?」
低い声音で告げられる言葉は相変わらず意味が分からない。
「ガッ」
「痛っ……」
拳で殴りつけられたのは初めてだった。
チカチカと火花が散ったと表現した事はあるけれど、視界が白くなったような気がする、の方が近いかもしれない、と、スティはぼんやり考える。
条件反射みたいに痛いとは口を付いたけれど、実際には痛みは後からきた。いや、痛いと言うか、熱いと言うか、これはちょっと思っていたのと違うかも、と、上手く考えがまとまらない。
ああ、そうだ、十分経てばリセットされるんだ。
痛みを逃したくて頭を振りたかったが固定されて振れない。掴まれた頭の方が痛かった。
掴まれた腕を辿って掴んでいる人物を視界に入れる。
扉前にいた騎士だろう。扉前には新しい騎士が立っていた。
こういう時に間者は自害するのだろう。
スティにとっては、やはりこの体の持ち主に起きたことはどこか他人事だった。
現実ってなんの話なんだろう、と、スティは思う。
クロストに突き放されたように言われた事だけがショックだった。
(スティ……)
クロストの押し殺したような声が聞こえて、スティはほっとする。
(良かった。もう話しかけてこないかと思った)
男性に勢いよく顎を掴まれて上を向かされる。
「ンエッケイジアティニジェ」
(……人体実験だって)
クロストの通訳にスティはもう一度ほっとした。
別段殺されるのは怖くはない。どうせリセットされるのだ。
手元に紙とペンがない事が悔やまれる。
盆に乗った毒薬をすべて口に放り込まれて口をふさがれる。
一粒でもサクッと死ねましたよ? と思いながら、スティは意識を手放した。




