01 プロローグに意味深に書かれる人物は大抵なにかをする
「調べる時間あった?」
「ああ、密偵系は便利に使って時間軸を無視する傾向あるわよね。半日あればいいかしら。意味不明な情報が噛み合うように伏線を入れたら面白いと思うのだけれど」
「主要人物ではあるけどくどいかな。閑話かスピンオフなら面白いけどそれまで我慢ができるだろうか」
「雑談に混ぜ込むのはありよ。時間の捻出の方が難しいわ」
「ヒロインの魔力が不安定という話が出ているし、半日くらい気絶させておいたらどうだ?」
「クロストってそういうところ、雑よね」
「そうか? 戦闘前のイチャイチャでお姫様抱っこさせて運ばせて、嫌がって赤面してるのを無視して寝台にドサっと……キスぐらいするべきところだけどそれはなんかムカつくか……」
「だからほっぺかおでこ、手の甲なんかでお茶を濁しているのよ、わざわざ」
もう何度目になるだろうか、クロストとスティは図書館で会う度に話をしている。
クロストが読んで文句を言っていたら、スティが隣に座って参加する、その流れは変わっていないが、クロストの文句をスティが改変するという形に変わったのは、スティの職業が作家であると打ち明けてからだ。とは言え話題に登るのは別の作家の本である。
図書館以外の場所では会ったことも、見かけたこともない。
「そういえば今度食事でもどう? 私達、外で会ったことがないでしょう?」
「本以外の話なんて珍しいな。フラグでも立ってた?」
「実は図書館以外で会ったことがないのは別のところからここに来ているのかもという伏線かもしれない文章が挟み込まれた気がしたのよ」
「小説の書きすぎだな。イーサンの店はもう行った?」
「珈琲専門店じゃない。紅茶派なのよ。ロジンの店なら行きたいけど」
「あそこは焼き菓子が少ないから遠慮したい」
「趣味が合わないわよねぇ」
「じゃあ酒にする? すぐ吐くけど」
南キドニーでは飲酒は十八歳からで、二十四歳のクロストはもちろん、十九歳のスティも問題なく飲酒は出来る。
スティはただでさえ鋭い眼光を更に鋭くして言った。その顔には最低と書かれている。
「置いて帰っていいなら」
「よし。外で会うのは諦めよう」
「伏線つぶしには弱いのよね。お家に遊びに行ってもいい?」
「は? 嫌だよ。今スティの本が大量にあるし」
「どういうこと?」
「言ってなかった? 僕、本屋なんだよ。娯楽小説特化型の上に夜から朝までの営業でおかしな客も多いし、君の新刊はよく売れているから、顔を知っている人が来たら厄介」
「同業者か論文執筆系の学者だとばかり」
「君、推理小説は向いてなさそうだね」
いつもより少しだけ声が大きかったのかもしれない。
気がつくと二人の後ろに司書が立っていた。
すみません、とクロストが本を閉じると、司書は持っていた本を二人の間に置いて言った。
「図書館ではお静かに願います」
軽い会釈で去っていく後ろ姿をスティは見送り、クロストは置いていった本を凝視する。
革表紙の分厚い本には題名も作者名もなく、本来それらを入れる予定であろう位置に線だけが引かれていた。
「表紙だけ作り直したのかしら?」
スティが本に視線を落としてつぶやいた。
確かに紙部分は変色して黄色く感じるがそれよりも、と、クロストはそっと表紙を捲る。
「古いんじゃなくてこういう紙なんだよ。厚さが全然違う。本扉に印刷なし。捲る前に予想でもしてみようか」
初めて目にした本にクロストは楽しそうに笑っている。
スティは、私の本もこんな風にワクワクしてくれているだろうか? と思いながら、クロストの横顔から本へ視線を移した。
「司書さん日記。矛盾の多い本への憤りをつづった私小説」
「それはある意味、読みたいけれど、この紙、魔法書の魔法陣付録によく使われているやつだと思うんだ」
「あ、じゃあ、消音の魔法陣が起動するとか?」
「だとしたら毎回借りたいなぁ。捲ってもいい?」
「魔力は平気?」
「普通量はあるけど。あ、お姫様抱っこフラグだった?」
「一秒で痩せたら運んであげましょう」
「このまま机で良いから眼鏡は外して、首は右耳が下になるようにしておいてくれると助かるよ。捲るね」
いつも通り、紙に負荷がかからないように丁寧に捲られた頁は、一瞬の空白だった。
***
浮いているのか落ちているのか。
風圧で暴れる体に力を込めて、風を背で受けるように体勢を変えれば突き当たりが遠のいていくのが分かった。
落ちている? 飛ばされた?
一定方向に意思と関係なく移動してる。
コポコポと湯が湧くような音が聞こえた気がして体を反転させると、一面のオレンジ。
叩きつけられる音と衝撃は、痛みなのか熱さなのか。
体を動かす間もなく、絶叫も飲み込まれ、ただそこに死があった。