01 優しいようでいてそれなりに圧をかけてくる
ここ二週間、スティは忙しかった。
執筆作業に加え引っ越し作業、そして初めての一人暮らし。
細々とやらなくてはならない事が多く、一人暮らしを始めた事を後悔するほどだった。
洗濯物は籠から溢れて床に着き、所有している食器類は流し台に全て収まり、引っ越し当日に貰った植木鉢の花は窓際でへたりと首をもたげている。
代わりに書き損じてくしゃくしゃにして放り投げた紙が床を花のように彩っている、と思いたかった。
幸い引っ越したばかりでそれ程埃は積もってはいないが、時間の問題だろう。
毎日ではなくとも何日かに一度、お手伝いさんを頼んだ方が良いかもしれない
「うーん……」
スティはクローゼットを開けて、残っている服を前に少しだけ悩む。
もう日常用の服は籠の中なのだ。
実用的ではない服しか残っていない。
「……クロストになにか借りよう……」
パーティー用で何着か用意してあるのだが、肩紐で吊るすだけのヒラヒラとしたワンピースは、肩も足もなんだか心許ないし、図書館に行くような格好でもなかった。
取りあえず大判のストールで上半身を隠しながら、スティはクロストの家に向かった、のだが。
「晩餐会の予定でも入ってるの?」
開口一番これである。
「服が! これしかなかったのよ。何か上に羽織るものを貸してくれない? 上だけなら借りられそうだと思ったのだけれど」
ストールで隠しているとは言え少々露出部分も多く、理由もなんだか恥ずかしく、スティは慌てて返事をする。
お互い挨拶は忘れてしまったようだ。
はい? とクロストは珍しく薄っすら笑って首を傾げた。
「君の引っ越しを手伝った時にそれなりに衣装箱があったように思うのだけど?」
服の大きさ発言で怒らせただろうかと上乗せして慌てて、スティは説明する。
「今までは実家だったから洗濯籠に入れて置けば母がやってくれていたのよ。癖でどんどん着替えていたら思ってたよりも溜まるのが早いじゃない? 後回しにしていたら着られる服がこういう服しか残ってなかったのよ」
琴線に触れたのか、クロストは一つ頷いてきっぱりと言った。
「よし分かった。先に君の家に行って洗濯物を干してから図書館に行こう」
「え、クロストは多分家に入れないと思うわよ?」
スティは玄関先を思い浮かべて言う。この超絶潔癖男に砂が目視できる玄関を通る事が出来るのか謎である。
「……よし。折れない内に行こう」
「なにが折れるの?」
「心?」
***
案の定確認もなく玄関を水浸しにされ、スティは風呂場で洗濯をさせられた。
本日着る分は先に洗って風魔法で乾かして早々に着替える。
その間にクロストは食器の片付けと部屋の清掃を済ませ、触っても問題ないと判断した洗濯物干しを手伝って、紙ごみをまとめて布に包んでスティの家を後にした。
途中クロストの幼馴染の家であるパン屋に寄って、紙ごみをパン焼き釜に放り込む。
「紙だけなら火種にもできるしすぐ燃えるから、困ったらいつでも持っておいで」
幼馴染ことパン屋、窯焼パン・グリオの三代目予定、ペルオ・キシソームは、スティに金茶の目を細めて柔らかく笑んでから、クロストにクルミのパンにクリームチーズとキャロットラペを挟んだものを持たせて、
「また顔色が悪いぞ。ちゃんと食ってる? この間持ってったパンは食った?」
などという。
多分ここ最近の差し入れのパンは殆どスティが食べている。
クロストが気まずそうに視線を逸らすので、スティは片手を上げて自首をする。
「ごめんなさい、私が殆ど食べていると思います。苦手だと言うのでつい」
ペルオはそうなの? と驚いてからクロストを優しく叱った。
「高温で焼くからパンに菌が付いている場合は空気中の分だけだって教えただろう? まだ食べる気になった時に詰め込めるだけ詰め込むみたいな食事の仕方を続けているのかい? 俺からリリーに胃薬も処方するようにお願いしないといけないのかな?」
クロストはいや、とか、分かってはいる、とか、それはちょっと、とかもごもごというので、ペルオはポンポンとクロストの頭を撫でる。
「スティちゃんにはスティちゃん用に別で差し入れをするね? パンに好みはある? 甘いかしょっぱいか、硬いか柔らかいか。女の子なら挟んだりする調理用のパンの方がいいかな?」
遠慮と希望は告げておきたい気持ちと、クロストのパンを食べてしまっている罪悪感でおろおろと、スティは言った。
「いえ、料理はもう全く出来ませんので、大丈夫です。あの、食事として完結出来て、小腹が空いた時に食べられればなんでも食べますから、クロストからのお裾分けで十二分です。それ以上は買いに来ますので」
ペルオはくすくすと笑って、スティの頭も撫でる。
「ちゃんと食べないとせっかく綺麗な顔が台無しになっちゃうからね? 今度リリーに栄養剤を見繕って貰おうね?」
スティは言われて思わずおでこに手が伸びた。
寝不足か栄養不足か、考えたくないが掃除をしない部屋にダニでも沸いているのか、おでこに少し発疹が出来ている。
二人そろって叱られたね、と言いあって、パン屋を後にした。
「ペルオ、怖いよなぁ」
「ペルオさん凄く優しいわよね」
重なった感想は相変わらず正反対で、顔を見合わせて笑う。
「パンどうしようか」
「図書館の外のベンチで食べちゃいましょうよ。ちょっとお腹も空いてるし」
「スティ一人で食べきれる? このパン、チーズが入ってるし、ラぺにレーズンも入ってるし、絶望的なんだけど」
「表面だけ焙ったら? 死滅するんじゃない?」
「……死滅するだろうか……」
「するわよ」
二人ともあまり図書館には行きたくないので、何となく理由をつけて予定より大幅に遅くなっているのだが、殆ど無意識なのでそのことに気が付かなかった。
途中で買った珈琲を飲みながらパンを食べ、食べ終えてから手を洗って口を濯ぎ、ついでにトイレに寄って、さて、いよいよする事がなくなって図書館を見上げる。
「ねぇ、クロスト」
「聞くな」
「時計止まってない?」
図書館の上の方には大時計があるのだ。
入り口に向かって足を進めながらクロストは足元に視線を落とす。
「定期点検か壊れてるんだろ」
「人がいなくない?」
「だから聞くなって」
お互いの顔を見ようとして首を動かした時、すわっと上に引っ張られるような感覚があって、世界が消失した。




