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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
第一章 マグマダイブする勇者

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16 真逆でも結果が同じ事はある


 スティは一人で図書館へ向かい司書の姿を探した。

 見れば分かるはずなのに、容姿や特徴を思い出せなくなっている。

 身長は? 男だった? 女だった?

 静かな声で、逃げ足は速かったけれどドタバタする様な印象もなかった。

 勤務中の司書を確認してまわるが該当の司書と違うことしか分からない。

 やっぱりなにかきっかけがないとダメなのかしら、と諦めきれずに手近にあった本を取り、貸出カウンターが見える位置に座った。

 視線を受付カウンターから持ってきた本に落とした時、スッと横から本が差し出される。


「お探しの本はこちらでしょうか?」


 顔を確認しようと自身の顔を持ち上げる前に、ぱらりと本が捲られて視界が白く染まった。




***




「スティくーん、良かったのぉ? 一人で来てぇ?」


 からかう様に言われたその言葉に悪寒が走った。本能的に危険を感じたのかもしれない。


「望んで来てはいないと思うのですが」


 平静を保とうと自然と声が大きくなってしまった。


「そうかなぁ? 聞きたい事があったんでしょう?」


 それはそうですが、と今度は小さく呟くように返事をして逡巡する。

 どう説明して、どう聞けば良いのか、まとまっていなかった。


「これさ、ある事柄へのペナルティなの。これ、二人へのペナルティなんだけど、なかなか平等にペナルティを負ってもらうのって難しくてさ。クロスト君の方はその内容をペナルティとして一人で負ってる状態なんだけど、それで丁度、なんか変だーってもやもやしてここまで一人で来ちゃった君と同じくらいになるんだよ。ここで教えちゃうと君のペナルティの方が重くなっちゃうから言えないかな。君がクロスト君に直接聞くのは構わないよ。その代わりペナルティの重みが増えるけど、両方同じくらいの重さにはなる」


「? どういう……」


「聞きたいでしょ? 知りたいでしょ? それが君へのペナルティさ、今のところはね。重くしてでも共有したいなら聞けば良いけど、クロスト君の重みも増えるからよーく考えるといいよ」


 楽しそうに、歌うように、神様は言う。

 両方平等に、それでもペナルティは軽い方になっている、という事だろうか?

 内容を理解できたとは思えなかったが、それでもスティは思った。

 やっぱり神様なんだろうな、と。


 聞かなければ良かったという後悔や、教えてしまったという後悔が重みを増やすのだろうか?

 ここまで一人で来てしまった自分は聞かずに済ませられるだろうか?

 普通に聞いてもクロストはきっと言わないけれど、ここに来た事を話せば言うのかもしれない。

 あ、そこまでが一揃い? だとしたら意地が悪い。


「あはははは、もう帰っていいよ! そうそう、次は二週間後になったから、またね」


 は? と聞き返そうとした時にはもう元の場所だった。

 横にいたはずの司書は正面テーブルの向こう側。

 パタリと物凄い速さで本を閉じ、足早に去っていく。

 スティは追う元気もなく、椅子の背に全体重を預ける様にもたれかかり、大きくため息をついた。




***




 とにかく二週間後という報告を入れなくてはと、スティはクロストの店へやって来たのだが、


「……ラング語、ハーツ語、ベロウズ語、と、あ、ガルブラダ語はいいや、パンクリアス語だけ追加して」


貸しスペースでかなり密着して何やら書き物をしているクロストと金髪美少女が目に入った。

 入店した音で人の存在は把握したのだろう、クロストは紙から目を逸らさずに言う。


「申し訳ありません、少々お待ちください」


「あー、アタシ聞くよ。貸本? 中古本購入?」


 金髪美少女はパッとクロストから離れると、トトッと軽い足取りでスティの近くまでやってくる。


「ええっと」


 スティは思わず一歩後ずさった。身長が頭一つ分違うのだ。

 おまけにとんでもない美少女である。

 こちらを見上げる顔立ちは可愛らしく整い、ふんわりとした金髪も、濃紺の瞳も、スティのコンプレックスを刺激した。


「ごめんなさい、お客さんではなくて、クロストに伝えたい事があって」


 声でスティと認識したのだろう、クロストは相変わらず紙からは目を逸らさずに言う。


「スティ? ちょっと待って、すぐ終わる」


 美少女の方は大きな目をぱちくりとさせた。


「はあ? マジかよ、クロストに女友達? 明日は槍でも降るんじゃねぇ? アタシはリリー・ベラドンナ。すぐそこの薬屋の店主兼薬師」


 発言にびっくりしつつ、差し出された手を握ってスティも答える。


「はい、マジです、女友達。槍は降ったら困るわね。スティ・ミュレーターです。よろしく、ベラドンナさん」


 リリーは握られた手をぶんぶん振りながら笑った。

 ジェンスとはまた違った最高にいい笑顔である。


「リリーでいいよ。スティでいい? クロストもそう呼んでるし」


「ええ、もちろん」


「今、冒険者向けの薬品名を各国語で書いてもらってんだ。あいつ字は汚ねぇけどな」


 スティはへぇ、と相槌を打ちつつも、外見と中身が違いすぎないだろうかとちょっと引いている。


「そういうお願いをする間柄なら、リリーもクロストの女友達なんでは?」


 若くは見えるが店主というし、年齢が分からないので口調が少しおかしくなってしまった。

 リリーは少し肩を持ち上げた。


「ダチってか、ウチの常連客だな。守秘義務があっからアタシの口からは言えねぇけど……おい、クロスト! てめぇの口から説明しろ」


 薬屋の常連客と言うのは穏やかではない。リリーはスティが心配をするのではないかと心配して、書き物中のクロストに声をかける。

 クロストは丁度書き終えたのかペンを置き、肩が凝ったというような動作の後、眼鏡の位置を整えて言った。


「定期的に睡眠薬を買ってる。布団の下や中に見えない何かが居ると思うと布団に入るのが難しいんだけど、三日徹夜とかで気絶寝してそこら辺で寝ると風邪をひくことがあるだろう? 仮に、風邪をひいたとしてそれは自分の家に風邪の菌が潜んでいるという事になるし、そんな事実を知る位なら布団に入って寝るべきとは思うけど、布団は燃やすと灰になるから燃やせないし、湯船で寝ると溺れる可能性と温度が下がってこれもまた風邪をひく恐れがあって、結論、布団に入って速攻寝たいんだよ。ああ、言ってて気が付いた。逆に極寒の地なら菌が死滅するから風邪はひかないよな。冷やすか、寝室。覚えるか氷魔法……」


「あほがいる! 死ぬからやめろ」


 リリーがケラケラ笑いながら止める。


「極度の潔癖症って大変なのね」


 スティはなんだか感心した。そしてやはりこの家のどこかに風呂はあるらしい。


「伝えたい事って?」


 気にした様子もなくクロストが普通に聞いてきたので、スティはそのまま反射的に答える。


「二週間後に図書館ですって」


「へぇ」


 クロストも反射的に返事をした。

 あ、怒ってるな、とスティは気付く。口をへの字に曲げて下顎をわなわなと震わせている。

 クロストは、その情報をどこで、とか、行く必要はあるのか、だとか、そういう物をすべて飲み込んで、一度合った視線を逸らした。

 リリーだけは楽しそうに聞く。


「図書館でなんかあんの?」


 クロストは、


「頼んでた本の入荷日」


と答えて、各国語で書き上げた紙を持って近づき、リリーの頭上で紙をひらひらとさせる。

 取ろうとしたら持ち上げて取れないようにでもするつもりなんだろうか? スティがあまり大人げないようなら取ってあげようと見守っていると、リリーは、はっ、と鼻で笑ってクロストの足を踏みつけた。


「冒険帰りの冒険者が歩きまくった泥となんだか分からない汁だらけの床の上を歩いた靴底」


 ボウっとクロストの靴から一瞬火が上がり、リリーは頭の上でひらひらされていた紙を掴みながらバックステップで回避する。

 スティはあまり目にしない展開に、やっぱり冒険者相手のご商売だと動きも違ってくるのかしら、とちょっとときめいた。

 リリーはそのまま入り口まで行き、扉に手をかけてから振り返って笑う。


「ありがとう、助かった。ちゃんと寝ろよ? スティもまたな!」


「全身洗浄してから入店しろっ」


「今度お店に伺うわ。近々越してくる予定だから」


 スティも笑顔で返したが、その足元を水と風が扉に向かって走っていく。

 クロストが最近習得したという掃除魔法だろう。

 リリーは心得たとばかりに扉を抑え、水が外に出きったのを確認すると扉を閉めて帰って行った。

 クロストは疲れた顔でスティを見上げ、


「え? 引っ越してくるの?」


と嫌そうな顔で言うと、


「二週間後までには落ち着けてるといいけど」


と、二週間後の図書館の予定を確定させる。

 お互い特になにも聞かなかった。




***



第一章 完

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