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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
第一章 マグマダイブする勇者

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15 決め手はノリと勢い


 ちょっとした取っ掛かりが欲しかったのだろう。

 スティは黙々と書き散らしている。

 便利な魔法がないのなら便利な魔法みたいな物があふれる世界にすればいい。


「分類分けするとしたら、未来の棚に入れたいな」


 ふと呟いたクロストの言葉に、スティはぴたりと手を止めた。


「どうして?」


「それだけ便利な物があれば魔法なんて使わなくなるよ。疲れるんだし」


「やがて魔法を使う者は居なくなり、魔素を取り込む器官は不要なものとして人類は進化する。魔法世代最後の王の魔石は小指の爪程の小さなもので、最愛の妻の髪を乾かすだけの風魔法しか使えなかったと言われている、とか?」


 スティはそう言って首を傾げる。


「魔法が進化するとは思わないの?」


「便利だとは思ったけど、進化していくのは特定多数だろ? 自分で練習して分かったけど、やっぱり勇者は凄いんだよな。そういう格差がどんどん開いて、区別じゃなくて差別が始まるくらいなら多少不便でも衰退した方がいいんじゃないかと思うくらい」


「怖かったのね」


「同じ人間とは思えないよね。僕はああいう場所に自発的に足を踏み入れるのも無理だし」


 手についた岩壁の屑を払っていたのを思い出す。

 ひょっとしたら極度の潔癖症には死ぬよりそういう事の方が堪えるのかも知れない。

 スティは考えながら自分のためにチーズをのせて焼かれたマッシュポテトを口にする。


「あ、美味しい」


 すっかり冷めてしまったけれど、それはとても美味しかった。


「僕もチーズの在庫が少し減って嬉しいよ。これって小説に説明書き付けるわけじゃないでしょ?」


「そう。これを基に書くだけ。説明回を設けることもあるけど」


「ああ。あるね、説明回。物語が進まないんだよな」


 読者としては両方欲しいが、作家としては文字数が悩みの種である。


「ねぇ、チーズそんなに嫌で余っているなら貰ってもいい? この前貰った菓子パンもとっても美味しかったし、クロストのお友達と食の趣味が合いそうだわ」


 聞かなかったことにしてスティはチーズをフォークで突いて聞いた。


「いいよ。バスケットに入れてくる」


「あ、でも、お友達ってひょっとして女性? だったら申し訳ないのだけれど」


「いや、男だし手作りって訳でもないから気にしないで。僕が困って配ってるのも知ってるから」


「それならお言葉に甘えて。料理は親がするから私はしないんだけど、パンとチーズなら切るだけだから夜食にできて嬉しいわ。今晩もどんどん書けそう」


 結局開店時間ぎりぎりまで話をして、スティはお土産を手に上機嫌で帰っていった。

 クロストは魔法のない世界の物語が楽しみなのに、設定の話ばかりでどんな内容なのかは分からなかったので、ちょっと不機嫌だったのだが、それはスティの知るところではない。


 開店後、件のチーズとパンを持ってくる友人が顔を出して、


「ちょっとトイレ貸してほしいんだけど」


などというので、


「尿毒症で倒れたら救急車両の手配はする」


と答えてちょっと留飲を下げた。

 トイレと風呂は地下にあるのだが、それもまたスティの知るところではない。




***




 二日後、スティは自身が契約している出版社、ハモンド社で担当編集のジェンス・パーフリンと打ち合わせをしていた。

 金髪に緑の目のこの女性、ニコニコとよく笑うのだが、作家を追い詰める事だけは忘れない。


「うん、良いと思います。じゃ、これは連載用で。この間読ませてもらった短編はどうしようか? もう少し場面の種類を増やして短編集で次の次位に発刊する? 来月は今月出した”蜃気楼の銃”の続きでしょう? あ、でもまだ続きますアピールで次巻は上下巻にするんだよね。うーん、連載枠探しましょうか……」


「え、これ連載なんですか? 流石にそんなには書けないですよ? 予定通り来月、再来月で”蜃気楼”だけだと思っていたのですが、あの、連載って、形式は? まさか週刊……?」


 内容どうこうよりもスケジュールで胃が痛くなりそうである。

 それでも大切なお仕事なんだからと何とか交渉してようやく最初に出されたお茶に手を伸ばすと、ジェンスも書類をまとめてからお茶を手にした。


「そういえばリジウム冒険本書店さんてお知り合い?」


 リジウムはクロストの苗字である。

 スティはこくりと頷いて、それなりの冊数を置いていたし営業さんから話でも聞いたのかな、と思う。


「サイン会をするならこちらに了承を取って欲しかったのだけれど」


 お茶を吹きそうになって片手で口元を抑えながら恐る恐るジェンスを見ると、最高にいい笑顔だった。


「ごめんなさい。店主と個人的にお付き合いがあって、遊びに行った時にたまたま私の顔を知っているお客さんがいらっしゃったものですから。無下にするわけにも行きませんし、嬉しいと言う気持ちもありましたので……」


 慌てて取り繕うとしたのが失敗である。言い過ぎた、と思った時には遅かった。


「そうですが、嬉しかったんですね。先生まだお若いですし、サインだけではなく握手もどうでしょう? 販売促進にもなりますし……」


 せっかく交渉を終えたというのに新たなる交渉である。

 予定時刻を大幅に過ぎて、スティはぐったりと出版社を後にした。


 もう家に帰りたいような気持であったが、いくつか出ついでに済まそうと思っていた用事もある。

 不動産屋から物件の案内が来ていたのだが、図書館から近い事もあり何となく後回しにしていたのだ。

 希望条件とは少しずれるが、巡回車の停留所も近く、クロストの店にも歩いていける距離だったので、内見をして決めてしまう。

 希望条件と少しずれる点が、スティには大きかった。

 合致しないのならあの理不尽な神様に干渉されていないのではないか。

 それは安心したいがために理屈をこねたともいえる思考だ。

 チラリとあの日の短編が入った鞄に目を向ける。

 書いたからこそ何となく引っかかっていた部分が見えたのだ。


「面白そうかもって言ったくせに」


 スティは小さく呟く。

 あっても困らない程度の理由で使う予定もない金銭を断りもなく望んだクロスト。

 説明もなく唐突に断定する様な発言はその前にもありはした。

 それでも尋ねる様に聞き、これでいいよね? とこちらを見る目を、スティは絶対に嫌と思いながら見ている。

 全て私を心配しての発言だったように思う。

 だから心配してああなったんだとしたら、それはどんな理由なんだろうと、好奇心が抑えられなかった。

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