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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
第一章 マグマダイブする勇者

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14 説明回は長くなるし進まないが情報量はそれなり


 それから二週間ほど二人は顔を合わせなかった。

 図書館に通っていた時は一週間に二度は顔を合わせていたので、二人にとっては少し日が開いたと言える。


 スティは短編化したあの日の話を出版社の担当者に見られ、この路線で短編集出しましょうよと勧められ、別に書きたい話もあるからと断りはしたものの、並行して物語の筋を考えて欲しいと押し切られてしまっている。

 あの体験談を小説として発表したくなかっただけで、別の書きたいネタなど出来ていなかったので、まずはそこからだった。

 仕方がないので日々、予定している分の仕事をこなしつつ、時間があれば新しい何かを探し求めて街を歩き回ったり、公園で人間観察などをしている。


 クロストの方は、今まであまり魔法を使ってこなかったので、これを機会にもう少し生活魔法を勉強しようと、専門書を読み漁っていた。

 得意は火魔法であるが、水魔法もそれなりに使っている。今一つ有用性を見いだせなかった風魔法がなかなか使い勝手が良く、髪も乾かし始めたし、何より掃除が素晴らしく捗った。

 本屋をやっていて風魔法を使わないなどもぐりであるとすら思える。

 できることを自分で狭めたらだめだな、などと今までの自分を振り返りながら、引き籠って掃除の日々を送っていた。


 幸い二人とも繰り返す死の体験によるストレス障害の類はあまり()()がない。

 思い出してはペンをとってしまうスティと、思い出しては別の方法を模索してしまうクロストには、フラッシュバックは苦しいだけのものではなかった。

 この強さが神様からの恩恵なのか、性格なのかは分からないが、二人とも一週間後には過去の出来事の様に感じており、ちょっと忘れていた節さえある。


 スティからクロストの下へ伝達が届いたのは、そんな二週間後の昼の事だった。


 小説のアイデアが思い浮かんだので出来ればクロストと話しながら設定を固めたい、お店が開く前に時間を取って欲しいがいつなら都合が良いか、料金は払ってあるのでそのまま返信を持たせて欲しい、そんな内容がつらつらと回りくどく書かれている。

 遠慮と葛藤があったのだろう、スティは見た目が怖いのに全然堂々とはしていないんだよなと、開店していない時間ならいつでもどうぞ、とだけ書いて伝達人に手渡した。

 僕が作家のお手伝い、と少し浮かれてしまい、扉を閉める時につまずいたのは誰にも内緒である。


 翌日の昼にスティがやって来た。

 クロストは店舗じゃなんだからと二階へ招き入れる。

 二階への階段を登ると、台所兼居間と言うのだろうか、壁に沿って妙に魔道具の充実した台所があり背の低い衝立で何となく仕切ってあった。手前にテーブルと椅子が六脚、反対側の壁際に食器棚と食品を置く棚、いずれも必要最小限と言った具合に物が置かれて、後は別の部屋へ行くための扉がひとつあるだけだった。

 閑散という言葉が良く似合うその部屋で、勧められた席についたスティは、


(トイレとお風呂が見当たらない、一階の作り的にあのドアの向こう店舗の上だから絶対にトイレは無いはず。え? トイレどこ? お風呂もどこ? 入らないのかしら?)


と内心慌てているのだが、顔には出さずに笑顔でバスケットを持ち上げる。


「マッシュポテトと鶏の香草焼き。どうせ食べていないのでしょう?」


 クロストはぎくりと顔をこわばらせる。


「……大丈夫、鶏の香草焼きは洗って焼き直せばイケる。マッシュポテトも焼こう。君の分にはチーズでも乗せればなんかいい感じになるはず」


「ごめんなさい、嫌いだった?」


「……極度の潔癖症なんだよ。食べる直前に生物は燃やし尽くして食べないと胃の中で増殖する気がして具合が悪くなる。マッシュポテトは手のひらの常在菌がついてそうだし、香草焼きって草だろう? 絶対何か微生物が混入している気がする。同じ理由で酵母菌とか乳酸菌も寝ている間に鼻から侵入して起きたら自分が焼成前のパン生地やチーズになるような気がして、完全密閉型の保存庫を魔道具師に作ってもらったんだけど、面白がって客がパンとかチーズとか持ってくるから在庫は増える一方で、カビでも生えてくれれば堂々と捨てられるんだけど、あのくそ魔道具師、こういう時だけ優秀な仕事をしやがって、全然劣化する気配がないんだ。しかも頼む魔道具は全部四角く作ってくる。変に丸みを帯びて隙間ができるとダニとか発生するだろうとか脅しをかけてきて作り付けの家具みたいに同化させてくる。あれ? 良く考えたら結構良いヤツなのか? いや、なんだかんだ言っておちょくられてるんだ、僕は」


 クロストはぶつぶつと言いながらスティからバスケットを受け取ってそれぞれを皿に移し、宣言通り鶏の香草焼きをそれはもう味も栄養価もなくなるんじゃないかという程洗ってオーブンに放り込んだ。

 面白い生き物だなぁと、スティは丁寧な動作のクロストをただただ観察する。

 使用した台所を拭きながら我に返ったのか、ばつが悪そうにクロストが聞く。


「そういや小説のアイデアって?」


 話をするだけなら何をしていても問題はない。

 スティはメモを準備しながら答える。


「魔法がない人類の話を書こうと思って」


「不便そうだな。水は汲みに行くし、火は起こすだろ? そういえばちょっと勉強して髪を乾かすようになったんだ」


「ええ! 凄いじゃない! 絶対乾かした方が良いわよ。ペタンコになってしまうし、体調も崩すし、良い事ないもの。そうか、髪の毛も乾かせないのよね」


「それ以前に人体構造から違ってくるだろ? 魔石ないんじゃない?」


 手を止めてスティの方を向き、トントンと胸を叩く。


「そうなのよ。外から魔素を取り込んで魔石が心臓を動かしているでしょう? 心臓が動いてないと血が廻らないから体が冷えそうよね」


「普通に死ぬだろそれ。肺でいんじゃないか? 息を吸って吐いてで肺が膨らんだりしぼんだりするから心臓が動いて血が廻るみたいな感じで」


「魔素を取り込むんじゃなくて空気を取り込んで生きる感じかしら。私たちも息をしないと魔素が取り込めなくて死ぬものね」


「それだったら魔法が使えないってだけで人体構造の違いってあんまり体感がなさそうだね」


「うーん、私達体のどこからでも水も火も風も出せるでしょう? 皮膚が違わないかしら?」


「ああ、見えないけど細かい穴が開いてるんだよな。開いてないならこう、鉱物みたいな、つるっとした感じとか? 関節の稼働が出来なくなるからある程度伸縮性と柔軟性は必要だろうし、それこそ動物の皮膚でつるっとした感じのやつを参考にしてみたら? 魔素を出さない動物がいるだろう? あれって殺しても魔石無いっていうし、参考にいいんじゃないか?」


「そうね。兄に聞いてみるわ」


「なんで兄?」


「食肉加工場職員なのよ。ねぇ、生活の不便の方は? 指先ひとつで足りるじゃない、水も火も」


「指先ひとつ……」


 クロストは人差し指を立てて魔道ランタンに火をつる要領で軽く弾くように指を動かす。


「なんかこう……押す?」


「クロスト、あなた天才ね!」


 スティはなにか思い浮かんだのか、ものすごい勢いでメモを書き始めた。


「板の片方を押し下げて反対側が上がってぶつかって火花が出て……木はだめよね。アルコールとか油かしら……水も押したら上がってくる……あ、汚れ水の管はあるんだし、逆に汚れてない水の管が通ってればいいのかしら? 町中に水路があって個別に家に吸い上げる……」


 作家脳に切り替わったとでもいうのだろうか、スティはだんだん無言になって、手だけが動き続けている。

 取りあえず焼き終わった料理をテーブルの開いた場所に置き、クロストは向かいの席で食べながらメモの文字を目で追った。

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