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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
第一章 マグマダイブする勇者

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13 太らせようと画策しているとは気づかない


 そろそろ開店準備があるからと、クロストが別れを切り出したのは日も暮れた頃だった。

 しばらくは図書館には行きたくないけれど、顔は見たいから店の場所を教えてくれと、スティがついてくる。

 お互いの家が商店街側の中でも一番距離が離れた位置で、今まで街中で会わなかったのにも頷けた。

 途中、伝達所でスティが出版社の担当者宛と、自宅に遅くなる連絡を頼み、巡回車の時刻表を確認する。

 二時間後などと言うので、クロストは慌てて一時間後に訂正した。

 不満を露わに睨みつけてくる顔は、年相応でもなんでもなくひたすら高圧的であったが、その程度で怯むクロストではない。それなら五分後に来る巡回車に乗って帰れよとスタスタと歩き出す。

 それでも二時間後の時刻表もきちんと確認してからスティは後を追った。

 時間帯のせいかそこかしこから食事時特有のいい匂いが漂ってくる。


「そういえばお夕飯は?」


「気が向いたら食べる派。スティはちゃんとしてそうだよね」


「そうね、実家だし。締め切り前はそうもいかないのだけれど」


「一人暮らしになったら食わなくなるやつだな。スティは痩せてて抱き心地が悪そうだからもうちょい食えばいいと思う」


「……不規則にしてると太るんじゃないかしら、ここに見本もいるし」


 不毛な会話を続けながら程なくして到着したクロストの家は四角かった。

 一応店舗らしい飾り扉ではあるが、扉すらも四角い。

 入り口のランタンに指先から火魔法を投げ込むと、それだけで店内すべてのランタンが明るく灯った。

 最新式の魔道ランタンらしく、特注品なのだろうか、これも四角い。


「これ便利よね。でもなんで四角いの?」


「魔道具師の客が物々交換で置いて行くんだけど四角いのしか作れないとか嘘を吐くんだよ。家の外装に合わせてからかってるんだと思うんだけど、どうでもいいからそのまま」


「明るければいいわよね。インテリアに統一性も出て逆に素敵なのかもしれない。それにしても……」


 店内手前は新刊エリアらしく、図書館で言っていた通りにスティの本が積みあがっていた。

 手書きで同一作者の別本は店内こちらと店内図も添えられている。


「ええっと、私の以外に手書きで案内が添えられている本がないのだけれど」


 スティはさすがに恥ずかしくなって両手で頬を捏ねながら言った。

 クロストは、ああ、と短く返事をしながら、特に気にした様子もなく店内奥へ進むので、慌てて後をついて行く。

 精算用のカウンターの横に腰の高さまでのゲートがあった。

 カウンターの後ろには二階の住居スペースへ行くための階段があり、ゲートの先にはテーブルと本棚が並んでいる。もちろんテーブルも椅子も四角く、丸みを帯びた家具類は一切ない。


「そっちは中古品と貸本。買っても借りても料金は一緒で貸本は返却時に半額返金。だからそのまま場所代を払って読むだけ読んで帰る人も多いけど、そのかわり飲食禁止でトイレもないから長居の客は少ないかな」


 クロストはさらりと説明しながらちょっと座っていて、とカウンターの内側に置いてあった椅子を引いて二階に上がって行く。

 放置? と心細くなりながらも、スティは引かれた椅子に座り、何となく店内を眺めた。

 冒険小説特化と言うだけあって、本の分類はざっくりと未来、現代、過去と時間軸に分けられ、その中から海洋、山岳などの場所別、推理、スパイ、探索などの状況別でさらに分けられている。遭難、漂流、異世界は時間軸で分けられなかったからだろうか、別に分けられていた。

 いずれにしてもクロストは全部読んでいるんだろうな、とスティは思う。

 どの本にもああやってぶつぶつと独り言をこぼしながら読むんだろうか。想像すると笑えた。


「思い出し笑いは変態の始まりだよ」


 ちょうどクロストが嫌な顔をしながら降りて来る。

 手には紙製の袋を持っていた。


「そういうクロストが変態なのでは?」


 ずいっと紙袋をスティに押し付けながら、壁際に寄せてあった椅子を引きずってきてクロストも並んで座る。


「パン菓子。客がくれたやつ。食べないから」


「発酵食品なのね。ありがとう。でも飲食禁止なのでしょう?」


「持って帰って食べて。どうせ今日は書くんでしょう?」


「書きますね」


 先程細かくメモを取った。二人で体験した事を物語として、小説家故に、スティは夜通し書いてしまうのだろう。

 見越しておやつをくれるなんて気が利いてるなとスティはまた笑った。


 開店時間に合わせて客がパラパラと入ってくる。

 一人目の客はスティに驚いてびくりと体を震わせた後、何事もなかったかのように無言で片手を上げてクロストに挨拶し、カウンターにコインを置いてゲートの先に入っていった。

 本を選ぶそぶりも見せずに、すぐに手に取って席について読み始める。


「常連さん?」


「そう。端から読んで一日一冊」


「素敵ね」


 習慣も、この店も、と思ったがそれは口に出さなかった。

 二人目の客はスティの顔を見るなり入り口に戻って新刊を手にまた戻って来て、


「”秘湯探し人”の時にサイン会で一度お会いしたんですがまさかまたお目にかかれるなんて光栄ですサインください」


と、一息に言う。

 クロストは新刊を手にした瞬間に、カウンター下からインクとペン、試し書き用の紙まで出して揃えているのだから大したものである。


「秘湯探し人のサイン会なら二年前ですね。あの頃は私も緊張で余裕がなかったのでまたお会いできて嬉しいです。ありがとうございます」


 スティはにっこりと営業用の笑顔でさらさらとサインをする。

 中古・貸本エリアで本を読んでいた一人目の客がガタガタと音を立てながら立ち上がって入り口へ走り、新刊を持って戻って来た。


「スティ・ミュレーターさんだったとは気が付かずに申し訳ありませんでした。ご著書拝読しております。あの、きちんと新品を購入して」


 中古・貸本エリアにいたのでバツが悪かったのだろう、慌てて付け足された言葉がおかしくてスティは本当に笑ってサインをしながら答える。


「どうぞお気になさらないでください。本屋さんで共同購入したと思って下さればそれで。読んでくださって嬉しいです」


 入店しようとしていた三人目の客がその様子を目にし、一度店を出て行ったと思ったらすぐに戻ってきて新刊を手にスティに近づく。


「妻が大ファンで僕も読み始めたんですがすっかりハマってます! この本も登場人物がみんな魅力的で、また新しい話を読みたいと話していたんです。今、妻にも伝達を頼んだので、デビュー作の初版本にも是非サインを戴けませんか!!」


 受け取ってスティはちょっと困惑する。


「まぁ、ご夫婦で? ありがとうございます。あの、でも、この本はもう読んでくださっているのですよね? 今日はサイン会という訳ではありませんので、既に購入された分をお持ちいただいてもサインしますよ?」


「とんでもないです! 既に購入した分は読む用でこちらは飾ります! 妻も喜びます!」


「そうですか。では奥さまのお名前と、ご主人さまのお名前を書かせてください」


 スティはそう言って名前を聞き出してサインをした。

 ところでこのご主人、隣の家に駆けこんで妻への伝達を頼んだらしく、伝達所へ依頼を出した帰りに隣人もやって来た。

 クロストが申し訳ないと軽く会釈をすると、緩く首を振って気にするなと手を振った後、新刊を手に極めて自然な流れでスティへ本を手渡した。


「すみません、なんだかご迷惑をおかけしてしまったのにお気遣いまでいただいて。クロストとは友人で今日はただ遊びに来ただけだったのですが、とても嬉しいです。また来ますので、見かけたらお声がけくださいね」


 隣は店だっかた民家だったか、受け取ってサインしながらスティは考える。

 その後三人目の客の妻と、四人目と五人は連れだって入店、六人目は何となく賑わっているからと入って来たひやかしで、サインは求められなかったし本も購入しなかったので、少しだけ安堵する。

 自分はそれ程有名な作家ではないはずなのにとスティはちょっと怖くなっていた。

 冒険小説特化型の店に来る冒険小説特化型の客に、冒険小説家が合致してしまったのだろう。

 クロストはだから来ない方が良いって言っただろうとため息を付き、そういえば”顔を知っている人が来たら厄介”と言われていたな、とスティはちょっと反省した。

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