12 聞いているようで聞いていない
「図書館ではお静かに願います」
司書は言うなり走って逃げた。
スティがテーブルに上半身を乗せて手を伸ばしたが届かない。
クロストはテーブルを迂回して追いかけたが、職員用扉にでも入ってしまったのか姿さえ見つけられない。
「こんなところでご都合展開……」
クロストが忌々しそうに呟いたのを追って来たスティは本当にねと拾った。
少しだけ疲れた風ではあったが、大きな問題は感じさせない笑顔にクロストは内心で安堵する。
暑くて熱くて痛くて息苦しくて、お互いの発言に殺し殺された。
その記憶よりも多分こちらの方が気分が悪いはずだ。
本人に聞いてもいないし聞く気もない。
だから本当の所は分からない。
それでも、死ぬまで黙っていようと心に決めて、四十三人のこれから殺される人々の奇跡を祈る。
出来る限り盗人が街に紛れ込んでいると噂を流そう。
噂話なら証拠など見せる必要はないのだ。
図書館内を走ってしまったので他の職員や利用者の視線が痛く、二人は図書館を出ることにして、取りあえず一番近くにある宝くじ売り場で二十枚、予定通り割り勘で購入する。
「クロスト、前後賞合わせると二で割り切れないわよ」
スティが大真面目な顔で言うので、宝くじ売り場のおじさんが笑いながら、割り切れなかった分でまた買いに来ればいいよ、と言った。
帰り際にこそりと兄ちゃんも大変だな、とクロストに耳打ちしていたのはスティには内緒である。
次に行った不動産屋も近くにあるからと言うだけで入った。
スティは探している物件の条件を告げ、店員が思い浮かんだ物件の間取図と地図を持ってきてくれる。
「ここは巡回車の停留所が遠すぎない? こっちは間取り的に住み始めてから不満が出ると思う。あ、これ裏口の方ちょっと治安悪いよね? うーん、食料品店だけ遠いけど、スティ自炊はする?」
クロストが全部に文句を付けた。
「自炊しないけど、入り組んでいるから単純に来客が困りそうね」
該当しそうな物件があったら連絡をくださいと、スティは連絡先を告げて不動産屋を後にする。
きちんと確認してくれる人なのよね、とスティは思う。
”僕は”と自分の意見である旨を強調する事はあるが、神様への、”じゃあ宝くじで”には違和感があった。
確かに世の中はお金で解決できることの方が多いけれど、そのらしくなさはスティに引っかかる。
「ロジンの店でいいんでしょ?」
クロストはそう言って、少し前を歩く。
歩く速度はお互い調整不要で、容姿こそ似ていないが雰囲気は夫婦の様である。
見る者に姉さん女房という感想を抱かせるのは致し方ない。
図書館がある通りを中心に、道具街と商店街が別れており、飲食店はそれぞれに点在している。
二人の家は商店街側にあり、ロジン茶房は道具街にあるため馴染みは薄いのだが、評判は耳にした。
接客をする気がない店主が料金と引き換えにティーポッドを渡してくれ、客は棚から好きなカップを選び、指定された時間になったら自分でカップに注いで飲むという方式で、それ自体が新しい。
各々好みの茶とカップを持って席に着く。
「産地じゃなくて加工方法で注文する人を初めて見たわ」
呆れたように言うスティにクロストはげんなりとして返す。
「初体験おめでとう。発酵しているという事実が苦手なんだ。焼いてあれば何でもいい」
無発酵の茶葉を更に炒ったほうじ茶という種類の茶葉は一種類だけで、あるだけ凄い一品だったらしく店主は誇らしげだった。
少ないと思っていた焼き菓子は女性向けに花を模した絞り出しクッキーで、クロストは少し迷ったそぶりを見せる。
見た目が可愛らしすぎたのかしらと、スティが気を遣って横から私もそれにするわと声をかけたので、結局スティの分も注文した。
「発酵が苦手……パンはどうしてるの?」
「食べない。基本は焼いたジャガイモと肉」
「なにか思っていた人物像と違う」
「なにを食べていると思ったの?」
「ふわふわした甘いもの。クロストは見た目が可愛らしいもの」
「小説家ってみんなそんな感じ?」
「一番話す先生とはそんな感じかも。彼女は私の事を、実は男でスパイだったらいいのにって会う度に嘆くんだけど」
「多分、それを言われた時のスティと同じ気持ちだと思うからやめてくれる?」
「え? 嬉しいの?」
「は? 嬉しいの?」
「少し格好良いと思わない? 実は男でスパイ」
「……見た目は分からないけど、勇者の時の行動は普通に男前だったと思う」
「そう? 少し嬉しいわ。クロストは甘いものはお家で一人きりの時にこっそり食べてるのよね? いいのよ言わなくて。いい歳した男の人ですものね」
「一応言っておくけど絶対に買ってくるなよ」
お互い本以外の話をするのは初めてだったが、図書館以外の場所に二人で居ることに違和感はなかった。
話している内容に関していえば、クロストの方は面倒だと思っているが、その態度でスティもクロストが面倒である事は分かっている。
それでもきちんと聞いて答えるのだからクロストは真面目なのだろうと、奢ってくれたクッキーを口に入れた。
サクッとした歯触りでホロホロと口溶けのよいクッキーは、ほんのりとバラの味がする。
クロストはひとつ口にして顔から感情を消して残りをスティに押し付けると茶を飲み干した。
特に言葉にしなくても問題を感じないのは居心地が良い。
スティはテーブルに頬杖をつき、思い返してみる。
死んだのは十四回。最初の方はすぐに死んだため五分もかかっていない、つまり二時間以内。
あんなに死んだのは初めてだし、あんなに死ぬのを見たのも初めてで、なかなか濃密な時間だった。
人の体を動かすのにもう少し違和感があるかと思ったが、そうでもなかった。
今日の出来事を少しアレンジをして短編小説としてまとめておこうか。
鞄から紙とペンを取りだして忘れないうちにメモをとる。
クロストは文字があると読んでしまう性分なので、メモ書きを見ながら付け足した方が良いと思った事を補足した。
「現実的って話だとやっぱりきちんと数字は出しておきたいよな。体感で一番長いのは一分くらい落ちたろ? 登りは時間ギリギリだったから七分位かな。勇者の身長と体重が分かれば計算出来そうだけど」
「それならすぐに分かるんじゃないかしら? 皆なんだかんだ言って勇者様の噂が大好きだもの」
「……噂と言えば結構有名な盗人がここら辺に潜伏してる噂って聞いた? 小児性愛で結構狂暴そうなヤツ」
「そんな噂があるの? お子さんがいる家庭の方々は心配でしょうね。ご近所さんに気を付ける様に言わなくちゃ」
聞いているのかいないのか、スティのメモを取る手は止まらない。
それでも近くの席に座っていた女性三人組がこちらの会話を拾って怖いわね、と言いあっているのでまぁいいか、と、クロストは追加で書かれている文字を目で追った。
髪がストレートかくせ毛か、距離や速度の計算も編集部に振ってしまおうと、タスクリストまで書き上げている。
聞いていたとしても忘れられそうだな、とクロストはなんとなく声に出さずに笑った。




