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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
第一章 マグマダイブする勇者

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11 キャンセル料が高くついた


「カタン」


 小さな音を立てて椅子が鳴った。

 テーブル越しに目が合ったクロストとスティは同時にため息をつく。

 また、あの場所である。


「終わってない、とかないわよね?」


 スティが恐る恐る発したその言葉に、クロストは目を細めた。


「……そもそもマグマダイブ回避って話だった事を今、思い出した……」


 は? っとスティが間の抜けた顔になると同時に、陽気な声が聞こえてくる。


「パンパカパーン! マグマダイブ回避おめでとう!! そしてクロスト君だーいせーいかーい!」


 その神様の声らしきものに、クロストはテーブルに額を打ち付けながら小声の早口で思いつく限りの罵詈雑言を吐いた。

 スティの方は間の抜けた顔のままではあるが、クロストの聞こえ難い罵詈雑言が気になって耳に全神経を集中させそうになって、そうじゃない、と、瞬きをひとつ。


「まぁ今回はお試し(トライアル)操作体験(チュートリアル)だったから反省点も多いと思うけど、あれだねー、壁に剣を刺してついでに勇者も固定して落ちない様にしておくのが最適解だったかなー。おっちょこ勇者ではあるけど、壁を登ったり戦ったりは得意分野だし、君たちが頑張らなくても良かったよねー」


 なるほど、と頷いたスティは、クロストと同じようにテーブルに額を打ち付けた。

 本当にこれが神様なんだろうかとは思うが、人智の及ばない事態には現在進行形で遭遇中である。

 悪魔とか魔王とか天使とかそういう可能性もあるが、取りあえず自称神様はペラペラと楽しそうに続けた。


「いくら神と人間の時間感覚が違うとしてもあんなののために百年も待つわけないじゃん。同じ人間に同じタイミングで同じ事をさせても同じ結果になるに決まってるし! 超ウケルんだけど! マグマダイブ回避を成功としてくれって言われた時に色々バレたかなーって思ってたんだけど、そうでもなかったのかな?」


 クロストは顔を上げて眼鏡を外すと、本日何度目になるのか深くため息を付く。


「……いや違和感しかなかったけど。人間があんたに太刀打ちできるとも思えないし」


「ははは! それはそうだよね! それでも約束は守るから安心していいよ! 家と宝くじだったかな? 変更はない?」


 クロストは頷き、スティも起き上がって了承した。

 どうやら相談していた内容も把握していたらしい。忙しかったんではなかったろうか。


「そろそろ終わるかな、と思って見に行ったらそんな話をしてるからさ。本当は二人でひとつの願い事のつもりだったってごねるつもりだったんだけど、なかなか現実的な願い事で面白かったから採用しちゃう。あ、でもスティ君、相続って話だったから君の叔父上には今、死んでもらったよ? 通りすがりの盗人と刺し違えて貰ったんだけど、有意義な使い道が手近にあって良かったよぉ!」


「え?」


 スティは大きく目を見開いて、けれど言葉は続かなかった。

 それは楽しみにしていたご都合展開などではなく、自分のせいで身内が死んだという宣告で、本当の事なのか、またからかっているだけなのか、声が聞こえるだけで顔色をうかがうべき相手はいない。

 正面に座るクロストと目が合った。

 ギリっと奥歯を噛みしめる音が聞こえて、すぐに目が逸らされる。


「嘘……」


 ポツリと落としたその言葉は誰に受け止められるわけでもなく、スティを絶望させた。


「……変更の希望は?」


 クロストがテーブルに組んだ自分の手を見下ろしながら聞く。


「さっき聞いたら二人とも了承したじゃないか! 確定してからの変更にはそれなりにペナルティは負ってもらわないと! どう? 大丈夫そ?」


 多分それが目的だったのではないかと、クロストは思う。

 スティは真っ青な顔で俯いていた。泣いて取り乱したりしないんだな、と、感心しつつ、聞く。


「なんで僕ら?」


「一番長持ちだからさ! さぁ! 盗人は何事もなく街を去りこの先四十三人の人間を殺してから生涯を終えるよ! 内、十歳以下の子供の殺害は聞いて驚け三十一人だ! この事実をペナルティにしようじゃないか! 知っている人間一人と見知らぬ人間四十三人! どっちを選んでもらっても構わない! 願わくは後悔のない人生を!」


 歌うように、心底楽しそうに、神様は言う。

 これは神様ではなく悪魔だろうと、クロストは思った。

 だから迷わない。


「そのペナルティは僕だけ負う事にする。二人でひとつの願い事のつもりだったってごねるところからやり直してくれ」


「クロスト!?」


 叫んでスティは立ち上がったが、そのまますとんと椅子に戻った。

 向けられた目はなにも見ておらず、座っているだけのただの人形の様な状態にあると分かる。


「いいのかい?」


「お前が言うな。巻き込まれなきゃ褒美なんて考えなかったし、考えなきゃ叔父上とやらは死ななかったんだ。元々死ぬ予定だった四十三人が予定通り死ぬだけだろ? 巻き込まれた挙句に知らなくていい事まで知った僕に少しは配慮しろよ、くそ神様。こっちは一般人なんだ。お望み通り知ったところで盗人を捕えたり四十三人を救う手立てもない」


 視線をやる先もない。

 無意識に力を込めていた組んだ両手を放し、一度握ってから緩く開いて、どうぞ、と音になるかならないか、小さく呟いた声に、神様は続けた。


「……ふふふ。やっぱり君たちを選んで大正解。約束は守るから安心していいよ! 家と宝くじだったかな? 残念ながらあげられるのはどちらか一つだ! あくまで操作体験(チュートリアル)だしね!」


 リスタートされた会話に、クロストは大きく舌打ちをして、スティがなにか言う前に声をだす。


「じゃあ宝くじで」


 相談もなく言い切ったクロストに、スティは懐疑的な視線を向けてから頷いた。


「クロストから私へは何かないの?」


「帰りに一緒に宝くじ売り場に行って連番を割り勘で買おう。ついでに不動産屋に希望を伝えに行ってロジンの店でお茶をすればいいんだろ? それよりも、」


 クロストは視線を逸らしたまま眼鏡をかける。


「お試しなんだろ? 僕は次はお断り」


「宝くじの件は了承するけど、お試し(トライアル)したのはこちらのほうさ! 大満足だよ、次回もよろしく!」


「お忙しかったとお伺いしたのに、相談していた報酬の内容も把握していたではないですか。お時間がおありならご自分でご対応頂きたいのですが」


 冷ややかにスティが言う。


「そろそろ終わるかな、と思って見に行ったらそんな話をしていたんだよ。細かい事はいいじゃない。どうせ君たちが協力してくれなかったら世界は終わるんだし。ああ、半年後にはって言ったけれど、もう少し早そうだなぁ。なんにしろまた会えるのを楽しみにしてるよ」


 一方的にそう言って、言い返そうと口を開きかけた時には図書館に戻っていた。


「それは……」

「ふざけ……」


 二人同時に声に出してしまってから慌てて口をつぐむ。

 机の向こう側、例の本を閉じた司書が立っていた。

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