10 少しは気にして欲しかった
大盾化、大剣化、振る。
ゲームの手順の様にクロストは淡々と進めた。
壁に刺さった剣に左手も添えて、登る時に少しでも楽になるように左右に少しずつ回転させる。
折れないギリギリの見極めなど出来ないので折れたらそれまでだけれど、この剣を作った人が見たら激怒するだろうなぁ、などと思いながら風魔法も合わせて落下速度を落とす。
前回スティがやったていた足元の土魔法はどうやっていたのかは見ていない。音と視覚の揺れで何となく理解はしていたが、やはり目にしていないものは難しかった。
足を引っかけられそうな壁の突起に出来る限り足を叩きつけ、速度を殺しながら落ちる。
「痛だだだだだだっ」
クロストは適当に痛がりながら落ち、停止しして息をついた。
「ふぅ」
もともと違和感のあった足はミシミシと骨がしなるような感覚で、問題のない方の足も衝撃でそれなりに痛い。
(……それは痛いでしょうね)
ここまで黙っていたスティも痛そうに言った。
(今のでヒビでも入ったかも。逆に痺れてよく分からなくなってきたけど)
両手で剣にぶら下がった状態で、足首を動かしてみればきちんと動いた。
ちょうど足元を見ているし、と、つま先で壁に触れ、土魔法を発動して足場を作ってみる。
スティが作ったような円柱の足場が上手く作れたので、踏み試して折れない事も確認した。
(登るか……なんか適当に話しててよ)
非常にのんびりとした口調でクロストは言い、腕の力と風魔法と合わせて跳躍しながら剣を元の大きさに戻して壁から抜き、新たに作成した円柱にぶら下がる。
そのまま壁の突起や風魔法、土魔法も使って、一定の速度で登り始めたので、スティは話始めた。
(なにか適当にと言われてもね。そういえば神様からなにを戴きましょうか? クロストならやっぱり珍しい本とか?)
(世界最古の? 盗んだと思われてつかまるのがオチだな)
(一度読むくらいが精々かもね。私は新居探し中だから希望の物件かしら)
(持家? 賃貸?)
(賃貸のつもりだったのだけれど持家もありよね。寝室と仕事部屋と物置部屋があって、台所は小さくていいけど、居間は打合せでも使いたいからちょっと広めでお風呂とトイレは別が良いわ。三輪車があるから少し置けるスペースも欲しい)
(持家なりに面倒もあるけどな。金あるの?)
クロストは削った溝にも手を入れているので、細かく切れた手の傷から血が肘に伝って来たのを視界に入れて舌打ちをする。
(人の体だと思ってやりたい放題ね。お金はまぁまぁありますよ。実家暮らしだし。クロストって持家なの?)
(死ぬよりはいいでしょ? ……そのまま実家にいればいいのに。持家ってか、爺さんがやってた本屋に入り浸ってたら爺さんが死んだんで、そのまま相続させられて、と)
土魔法の力が弱かったのか、円柱が細くなってしまい、コンコンと裏拳で強度を確認しつつ登り続ける。
(……結局維持費もかかるし引っ越せなくなるから、立地も重要だよ)
(良いわね、相続。その線で神様に言ってみようかしら。想像もつかないご都合展開がみられるかもしれないもの)
(あー、それは面白そうかも。僕は普通に金かな。あっても困らないし)
(急にお金持ちになったらなったで大変じゃない? 税金とか)
(祖父の貯金箱……だと相続税がかかるか。じゃあ宝くじかな。たまに買ってたし、言いふらす予定も使う予定もないから)
(どっちも貰えるかもしれないのに、夢がないわねぇ)
(スティに言われたくないよ)
そこで先程も聞こえた何かを砕く音と、誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。
「ドゴッ」
「……ゲンタ!」
タイミング的にも音量的にも、先程よりかなり登れている。
一瞬音のする方に目を向けてから、クロストは登攀を続けた。
鼠返しの様にせり出した壁の下、大きめの足場を作り、幾分か楽な体勢をとる。
流石に少し息が上がっていた。
(どうするの?)
スティの問いに、土魔法で自分の足と剣を落下しない様に固定しながら答える。
(あー、戦闘に参加するのは無理かな。お、消毒薬。『リスク クフイカ』……こっちは魔力回復薬、かな)
盾の内側にあった薬瓶を外して効能を確認していく。
(あら、ラング語の読み書きも出来るのね?)
感心するスティの声を聞きつつ、自らボロボロにしてしまった手のひらを消毒薬で洗い、魔力回復薬を飲んだ。
消毒した方が痛みが増すような気がするのだが、後々膿むよりはいいだろう。
魔力回復薬の味は最悪ではあるが、喉が渇いていたので一気に飲めたのは良かった。
(商品名系は読めるかな。ことわざとかになると意味が分からないから読めない。それより、ご本人様と交代するならちょっと状況作っとくか……)
(そうね、きっと歓喜からの落下をするのよね、この勇者)
使用済みの薬瓶を指に挟んで剣を握るだけで良さそうなものであるが、あの勇者だ。
これではまだ危ないかもしれない。
「ガキンッ!」
硬い物同士がぶつかったような音。
そろそろ時間切れが近い。
クロストは小さなナイフを取り出して、左腕に浅く文字を書いた。
『ミズ クフイカ』
(えぇ、最悪なんですけれど! なにを彫っているの?)
スティが避難の声を上げたが、紙もペンも時間もないのだ。
若い男だしどうせすぐに治るだろうと、クロストには全く躊躇がなかった。
それでも機械性じんま疹程度ではあるが、何ヶ所かは力が入ってしまい出血させてしまったので申し訳ない気持ちがないわけではない。
(回復済みって書いたんだけど、これ思ったより痛痒いな。掻き崩す前に読めばいいんだけど)
(確認なしで無意識に掻きそうよね……)
「ゴォォォ」
上方で炎が上がっている。
(あっ)
やはり勇者の髪の毛はくせ毛ではなく燃えたのではないか、と二人同時に思ったのだが、時間が来たようで視界は暗転した。




