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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
終章 読者と作家のリセットマラソン

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エピローグ


 本棚に囲まれた大テーブル。

 まるで図書館のようなその場所で怒号が響き渡る。


「どうしてそうなった?!」


 叫んだのは銀髪の男、クロスト・リジウム。

 並んで別の本を読んでいた白髪の女、スティ・リジウムは静かに耳を傾ける。


「読者の予想を裏切りたいあまりにここまでの設定を全て無かった事にして無理矢理三行で説明を入れた上で終了させたとしか思えない正反対の展開過ぎるだろ納得がいかない伏線回収しろ!」


 一息に呟いてゼイゼイと息をしている。

 パタリと読んでいた本を閉じて、スティは言った。


「察して上げなさいよ。それ、打ち切り作品」


「くっ! 連載か……!」


 クロストは出版社名を確認してから絶望的に両手で顔を覆って俯いた。

 ポンポンと慰めるように肩を叩いてスティは立ち上がる。


「まだ若い作者さんで、自費出版で何事もなかったかのように続きを販売していたはず。根性があるわよね。題名は何だったかしら……まぁ、後で神様に出してもらうとして、お茶にしましょうか」


 嬉しそうに顔を上げたクロストも立ち上がり、二人で壁になっている本棚の間を抜ければ、既にお茶の準備がされているテーブルがあった。


 飽きるまで言い合いとは言っても、その状態でこの世界に留まれば現実の時間が進まない。

 だから二人が願ったのは、ここで話し合いをしつつ現実の世界は進めて欲しいと言う事だった。

 現実の世界の二人は捜索不明のままこちらに肉体ごと移動して過ごしている。

 すなわち眠くもなればお腹も空くし喉も乾く。

 地面が分からないと落ち着かないからと生活スペースに絨毯を敷かせたのを皮切りに、寝室は囲われていないと落ち着かないと寝室を作らせ、気分転換に読書する環境が必要だと図書室を作らせたのはスティである。

 神様使いが粗いと笑いながらも神様はすぐに準備をしてくれた。

 食事やお茶は準備をしなくとも時間になれば食堂とお茶室に現れるし、新しい本も頼めば出てくる。生きていた頃よりも快適で、正しく天国のような環境だった。

 だから、半年も経てば死ぬだろうと思っていたクロストはまだ生きている事に首を傾げたのだが、


「まだ結論が出ていないじゃない」


と神様は笑うのだ。

 結論が出たところでまたあの日に戻されるのだろうかとも考えたが、恐らくそれは無いだろう。

 そうなったとしても結論が出ていればその後の人生もそう長くはないのだ。

 それを含めて議論すればいいと、二人は考えている。

 時折神様も交えてあの時をどうするべきかと話をし、後はのんびりと本を読む毎日だ。

 結論を出したくない訳ではないが、意見は平行線をたどり、神様も終わらせたくないのか話を混ぜ返すことが多い。

 子供でもいればまた違ったろうか? と話すこともある。

 クロストは北キドニーに異母兄弟は存在するが接点はなく、店は数年前に畳んでしまっていた。

 スティには兄の子供がいるがすでに交流は薄く、作家業は続き物の小説をすべて書き上げて筆を折っている。

 近所のペルオやミク、アストロにも家族がいて穏やかに隠居生活を送っていた。

 因みにペルオの妻はジェンスである。

 不摂生と締切が重なって揃って寝食を忘れたある日、玄関先に置いたままになっていた二日分のパンに驚いたペルオが、玄関を壊そうと工具を取りに一度帰宅して戻って来たところでジェンスと遭遇、ジェンスが所有していた合鍵で中に入り、並んで介抱と説教を繰り広げたのがきっかけだ。

 不摂生もたまには役に立つと思わず呟いて再度怒られたのも良い思い出である。

 心残りと言えばリリーだろうか。

 ロイドが亡くなったと聞いてふさぎ込んでいるところだったのだ。

 本来、予言の書の期間内に死ぬはずだったロイドは、無事に生き延びて冒険者業を続け、冒険者組合で教師をしていた。退職していよいよ南キドニーに戸籍を移そうと、戸籍があるストマック国に旅に出てそのまま亡くなったという。遺体はストマック国に運ばれて共同墓地に入れられたと聞いた。リリーとは最後まで書類上は他人のまま、当時交流のあった冒険者仲間もそれぞれ帰郷しており、勇者パーティ―も解体され王宮にはいない。

 アマリリスの寿命もそう長くはないだろう。エステルを看取り、本当に一人きりになってしまったかもしれないのだ。

 願わくは誰かが彼女を救ってくれればいいと二人は思う。


 本日のお茶の準備は丸テーブルで、等間隔に椅子が四脚。


「四客?」


 と、こちらはお茶を淹れようとしたクロストの呟きだ。

 ソーサーとカップのセットが四客。

 そのまま慣れた手つきでクロストは二人分のお茶を淹れ、スティはお茶を受け取ってから椅子に座る。

 あるのだからその内に来るのだろうと、暫く先程の本の話をしていると声が聞こえてきた。


「お邪魔しても大丈夫そ?」


 話を止めてクロストが席を立てばスティが言う。


「勿論です。どうぞ」


 クロストは少し迷ってから残りの二客にお茶を淹れて、椅子のある場所に置いて席に戻った。


「やあ! 元気そうで何よりだよ!」


 現れた神様は上機嫌にそう言って、お客さんだよ、と空いたもう一つの席へ掌を向ける。

 ストン、と落ちてきたのはエステルだった。


「へあ?」


 クロストは綺麗に二度見したが、スティは落ち着いた様子で笑む。


「もう一度お会いできて嬉しいです」


 言葉を受けてエステルは微笑んだ。


「私も会えて嬉しいよ」


 神様になったはずのエステルは人間の時と同じ容貌でそこに居る。

 クロストは一度咳ばらいをしてからようやく言葉を発した。


「僕も、お会いできて嬉しいです」


 にこりと笑んで言葉を受けたエステルは、神様に向かって言うのだ。


「お茶会の開始のご挨拶をお願いできますか?」


「いいよぉ!」


 立ち上がって頭の上までティーカップを持ち上げて神様は言った。


「本日の再会と変わらぬこの世界に」




***




 キドニーと呼ばれるこの国は、昔は南北に分かれる二つの国だった。

 北キドニーの国王が亡くなった際、南キドニーの国王が一時的に統治することになり、そのまま一つの国に戻ったと言われている。

 元々良好な関係を築いていたために混乱もなく国民は受け入れた、とされてはいるが、そもそも生活様式や物価は同様で、北でも南でもキドニーの国民同士であれば移住も容易だったのだ。一般国民には感覚的に変わりがなかったのだろう。

 生活道具開発が主要産業であるが、旧国境に新しく造られた中央地区には、世界最古の本や、予言の書と言われている本が収容されている大図書館があり、観光名所の一つとなっている。

 過ごしやすく穏やかで、小さな不満は個々に抱えているかもしれないが、良い国であると言える程度には国民に好かれている、そんな国の中央図書館で、青年が一人、読書に勤しんでいた。


「勇者制度の廃止時期だと……こっちの本か……」


 きつい顔立ちの青年はペンを口に咥え、何冊も広げた本の間を行ったり来たりしている。

 席を探していた少女は後を通りかかり、なんて迷惑なのだろうと覗き込んで、その広げられた本の中心に置かれたノートに目を奪われた。

 年表風に書かれたノートには、古い文字で書かれた内容を現代の言葉に置き換えた注釈が添えられている。所々で矢印が引かれ丸で囲った部分もあった。


「魔石って燃料だったの?」


 思わず呟いた少女に、青年はゆっくりと振り返る。


「概念的に? 昔は車も魔石で動かしていたみたいだけれど今は石油が主流だろう? 魔道具も魔石からガスやアルコールに変更されているし、一言で表すなら燃料かなと思って」


 一瞥して年が下だろうと判断し、青年は出来る限り優しく返答した。

 少女は頷いてから年表に書かれた魔獣の文字を指差す。


「それだと、魔獣と言うのはその燃料を手に入れる手段と考えれば……生活って変わったようで昔と変わっていないのね……」


 青年は感心したように頷いて、いくつかの年代をトントンと指で叩きながら言った。


「そうだね。魔石の取り合いで戦争になったり、魔獣の暴走で沢山の人が亡くなったりもしているんだよ」


 少女は悲しそうに眉根を寄せる。


「燃料資源の取り合いと、爆発事故ね」


 年表にはまだそこまでの年代は記載されていなかったが、最近でもそういう事は起きていた。

 そうだね、と難しい顔で頷く青年に、少女は微笑んだ。


「また聖女様や予言の書が出てきたらいいですね」


 十年程世界的に平和な時代があるのだ。

 丁度その辺りの年表を作っているところだった青年は思い出す。


「この頃に聖女様も世代交代をするのだけれど、両親の、ええっと、大賢者の知識と大魔導士の器用さを受けついで歴代最強と言われていたらしいよ。次の聖女様ともとても仲が良かったんだって」


「素敵ですね!」


「予言の書の作者さんともお友達だったんだって。古い言葉だけれど楽しい冒険小説も書かれていておすすめ。魔石廃止の立役者とも言われていたみたいだし、本当に未来が見える人だったんだろうね」


 青年はそうは言いながらも、聖女の功績を分散させるための情報操作の側面もあるのではないかと

ほんの少し疑っている。


「未来……夢に見たりしたんでしょうか。不思議なお話ですね。確か事故で亡くなってご遺体が見つからなかったんでしたよね?」


 少女にも予言の書に関する知識があった。

 先程ガラスで囲まれた予言の書を見て来たところである。


「ああ、転送魔法の事故に巻き込まれたんじゃないかと言う話をどこかで読んだ記憶があるな。詳しいんだね」


 少し驚いて青年は改めて少女の顔を見る。


「最近越してきて、折角だから予言の書を見学しておこうと思って、少し勉強したところだったんです」


 恥ずかしそうに笑う少女のその手には、スティ・ミュレータ―の冒険小説が握られている。


「あの。急に話しかけてごめんなさい。お話、ありがとうございました」


 そう言って去ろうとする少女に青年は思い切って声をかけた。


「その本、読んだら感想を聞かせてよ!」


 驚いて振り返った少女は、今度は嬉しそうに笑った。


「はい、是非!」


「またね」


 軽く手を振って、可愛らしい少女だったな、と思いながら席に着いた青年の後ろから、コホンと咳払いが一つ。


「図書館ではお静かに願います」






*****



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