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読者と作家のリセットマラソン  作者: 弓軸月子
第一章 マグマダイブする勇者

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09 ですよね!


 落ちる、と思う間もなく盾に魔力を流して大盾化、壁位置を確認して大剣化した剣を振る。


「おバカ勇者!」


 スティは叫びながら壁に剣を突き立て、落下しながら壁を削り、足元に土魔法で小さな足場を作って踏みつぶしながら風魔法と合わせて速度を落とし、危なげなく停止した。


(すっげぇぇぇぇぇぇ)


 クロストの若干棒読みにも聞こえる低い呟きが聞こえる。

 盾はすぐに元に戻し土魔法でつま先から足場を作り出しながら、剣にぶら下がるようにして上方を眺めた。


(褒められるのは好きだけれど次はクロストの番よ? 土魔法の使い方を今すぐ覚えてね)


 壁を削り始めた地点まではそのまま登るとして、その先はどうするか、考えながらスティは額の汗に気が付く。

 人間の脳は殆ど使い切れていないと聞いた事がある。

 死ぬような事態に陥った時、全てがゆっくり見えたり物凄い速さで動くことが出来たりすると言う話で、そう言う風に追い詰められてようやく脳を使いこなせるのかもしれないが、その分別の部分は鈍感になるのかもしれないな、と、スティは汗をぬぐった。

 慣れてきたせいか酷く冷静で、熱さや息苦しさ、落ちる汗に不快感が湧く。

 落下するまでに何があったのか、左足が少し重たいような気がする。ねん挫や打撲の類だろう、登り始めたら痛むかもしれない、と、出来上がったばかりの足場を蹴って剣の上に立った。


(土魔法は手から出してよ。足からだと見えないから覚えられない。それに勇者足に怪我してたろ?)


 スティはクロストの言葉に少しだけ驚く。


(いつから気が付いていたの?)


 今度はクロストが驚いた。


(最初からだけど。君ちょっと鈍くない?)


 最初とはいつの最初なのだろう。しかし聞き捨てならない。


(運動神経の話ならクロストよりはあると思うのだけれど)


 スティは剣で出来た溝に指を這わせ、引き抜く様な動作で円柱状の足場を作り上げる。

 作ったばかりの円柱に片腕でぶら下がって、刺さっていた剣を元の大きさに戻して引き抜き、腕の力と少しの風魔法で円柱の上に飛び移った。


(僕、懸垂一度も出来ないんだけど、それどうやってるんだ……)


 運動神経については言及せず、クロストは絶望的に呟く。


(私だって出来ないわよ。剣が邪魔で他の方法が思いつかないのよね。剣、捨てるわけにも行かないわよね?)


 続けて目の高さに円柱を作り、同じように円柱の上に飛び移る。時間切れが怖い。コツコツと登っていくしかないだろう。


(登り切った先次第だけど、剣は魔道具だし捨てるのは悪手だろうね。飛んだらどうだろ? 距離は稼げそうだけど、体力が減る?)


 勇者の体は非常に鍛えられているのだろう、まだまだ登れそうではあった。

 どちらかと言えば飛んだ先ですぐに円柱を出せるかどうかが問題であるが、イメージ通りに体は動くので、スティは勇者の身体能力を信じ、足元に足場を作ると、今までよりも力をこめて跳躍する。

 勿論足元を見てクロストに何をしているのか確認させるのも忘れない。

 腕の力も風魔法も使った跳躍は想像していたよりも高く、慌てて作った円柱はようやくつかめる程度の小さなものになってしまった。

 少しだけ焦りはしたが壁には自然に出来た突起もある。上手く足をかけて体勢を整える。


(勢いで行けそうよ! クロストは土魔法を覚えられそう?)


 上方のせり出した場所に目を向けて、あのサイズなら少し落ち着けるかもしれないと、目指す方向の壁を確認して浅く息を吐いた。

 想定しているよりも疲労があるのかもしれない。


(僕には無理でも勇者の体なら出来ると思えばなんとか。そういえば魔力枯渇は?)


 聞かれてスティは手の甲に小さな氷を出して口に放り込む。剣を握ったままなのでどこかを切ってしまいそうで若干の恐怖があったが、冷たさは心地いい。


(大丈夫そうよ。まぁ、条件がよく分からないから大丈夫ではないけれど)


 確かに、とクロストの苦笑い交じりの返答を聞きながら、スティは登攀を再開する。

 あまり細かく考えずに動作を繰り返すという感覚で目的のせり出しに到着して一息つく。

 少し悩んだがずっと握っていた剣は放し、壁に寄りかかった。

 やはり人の体では力加減が上手く行かない。握り過ぎていたのだろう、剣を握っていた右手は握っていた状態で固まってしまっているし、登攀で使い続けた左手は小刻みに震えている。


「ドゴッ」

「……ゲンタ!」


 ふいに何かを砕く音と、誰かを呼ぶ声がかすかに聞こえて、スティは上を見上げた。

 反響して音の位置は分かりにくいが、地鳴りや何かが移動する様な、沢山の音が聞こえる。


(近いな)


 クロストも短く呟いた。

 光源があるのだろう、薄ぼんやりと明るい場所がある。

 スティは再び剣を握り、夢中で登った。

 殆どまっすぐに落ちていたのだろう、少し右上に向かう程度の修正で、音はだんだんと大きくなっていく。


「ガキンッ!」


 なにか硬い物同士がぶつかったような音がはっきりと耳に届いた。

 スティは鼠返しの様にせり出した壁の上が地面だと確信して、力任せに飛びついて微妙な掛け声と共によじ登る。


「地面っ!」


(スティ、ちょっと待っ……)


 クロストの制止する声とほぼ同時、地面に顔を出した勇者に一斉に向けられた目の中、体長十メートル程の赤いトカゲの様な生き物が火を噴きながら振り返った。


「ゴォッ」


 顔面に直撃した炎の塊に、勇者は再び落下を始めたのは言うまでもない。

 そして丁度時間切れだった。

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