自分を殺そうとした相手に恋心を持っていたなんて、そんなこと自体おかしいでしょう?
ルディ王太子は焦っていた。
こんなはずじゃなかった。
マリーア。愛しのマリーア。
男爵令嬢で、胸が大きく、ふわふわのピンクの髪でとても愛らしいマリーア。
王立学園で入学してきたマリーアを見て、ルディ王太子は一目ぼれをした。
自分には長年に渡って婚約を結んでいた婚約者がいる。
いけない事とはわかっていた。
でも…マリーアが愛しくて愛しくて、甘えてくるその姿が可愛くて。守ってあげたくて。
婚約者であったエルーシア・コーディラス公爵令嬢を卒業パーティで断罪した。
マリーアを虐めていたのだ。
そんな悪女を許しはしない。
涙を流すマリーア。
教科書を破かれたり、堂々と悪口を言われたり、階段から突き落とされたり、
すべてエルーシアがやったとマリーアが切々と訴える。
許しはしない。
エルーシアをぶっ殺して、いや、処刑してやらねば気が済まない。
そのはずだったのに。
「エルーシア。愛しのマリーアを虐めていたのは許せないことだ。だから、お前を婚約破棄する。そして、私は愛しのマリーア・ロイトス男爵令嬢と婚約する。エルーシア。お前なんて処刑だ処刑。命を持ってマリーアに償うがいい。」
卒業パーティで言ってやった。
エルーシアは一言。
「貴方は、どなたでしたかしら?わたくしの婚約者はこちらのレイド王太子殿下ですわ。わたくし、貴方の事を知らなくてよ。」
ルディ王太子は驚く。
レイド?レイドって言えば、私の従兄。なぜ、奴が王太子っ。
「王太子は私だっ。」
レイドが近づいてきて、エルーシアの肩を抱き、
「私が王太子のレイドだ。お前は誰だ?」
「誰だって。私が王太子のルディだ。お前がなぜ、王太子だ?」
「ルディなんて奴は知らん。」
卒業生達も皆、騒ぎ出す。
側近である宰相子息アルトに慌てて声をかける。
「レイドが王太子なんて聞いていない。私が王太子のはずだ。」
アルトは首を傾げて、
「貴方はどなたですか?レイド王太子殿下に失礼では?」
ふと、壁の方を見れば、国王である父と王妃である母が怪訝な顔でこちらを見ていた。
慌てて二人の前にすっとんでいき、ルディは叫ぶ。
「父上母上。私は王太子のルディ。貴方達の子供です。」
近衛兵に両脇を掴まれる。
「な、なにをするっ。」
父は怪訝な顔で、
「そなたは誰だ?」
母も真っ青な顔で、
「捕まえて頂戴。薄気味悪いわ。」
ルディはマリーアと共に拘束される。
マリーアはわめく。
「ルディ王太子殿下と結婚するのはわたしよー-。これはどういう事よー-。王太子じゃないなんて聞いてないっ。」
ルディもわめく。
「私は王太子だ。王太子なんだ。なぜ?誰も知らないっ?どういう事だ?」
近衛兵に連れられて、ルディはマリーアとは別に牢に入れられた。
王宮にある地下牢である。
「どうしてこんな事にっ…私はマリーアを王妃にして、この国の国王になる男だぞ。」
ぶつぶつと呟く。
足音がする。誰か助けに来てくれたのか?
こんなジメジメした汚い場所は嫌だ。
私は王太子ルディ。早くここから出してくれっー――。
やってきたのは従兄のレイドと長年の婚約者だったエルーシアだった。
「レイドっ。エルーシア。ここから出してくれ。私はルディだ。私は王太子なんだ。」
エルーシアはにこやかに微笑んだ。
あんな嬉しそうに微笑む彼女を見たことがない。
エルーシアは美人だ。白い肌に絹のような金の髪。
だが、笑ったところを見たことがない。
王妃教育を受け、いつも忙しそうにして、会えば会ったで堅苦しい話ばかりしていた。
そんなエルーシアとの結婚を公爵家の令嬢だからと諦めて…
自分はただただマリーアと結婚し、彼女に癒されながら生きたかっただけなのに。
エルーシアは微笑んだ後、冷たい口調で。
「明日の朝には毒杯が届くでしょう。わたくしは貴方に一言、言って差し上げたくて。」
レイドが口端を歪めて笑いながら、
「言ってやれ。この愚かな男に。」
ルディは真っ青になる。何を言い出すんだ?
エルーシアはルディに向かって、
「貴方は存在しなかった。この王国にルディなんて王子は存在しなかった。」
「私は存在している。私は王太子だ。」
「王国を滅ぼす王太子なんて、必要ありませんわ。」
「王国を滅ぼす?」
「そうよ。だって、そうでしょう?わたくしは王妃教育を終えて、王国の上に立つ準備はできております。」
レイドも冷たい口調で。
「私は父上に継いで王位継承権第3位だ。幼い頃からスペアとして、国王になるべく教育を受けている。父上は王位は継ぎたくないそうだ。だから、王太子は私なのだよ。」
「お前っ。婚約者がいただろう?」
「ミレーユの事か。彼女は王妃になれる器ではない。私はいずれ国王になる。
ミレーユでは力不足だ。だったらエルーシアを婚約者にするしかないだろう。」
ルディは叫ぶ。
「エルーシアはそれでいいのか?レイドはお前の事を愛していないんだぞ。」
「それが何か問題でも?わたくしは王妃になる為に教育を受けて参りました。わたくしと結婚するのは先々国王に即位する方。それが貴方でもレイド様でも、どちらでもよいのです。」
「私では王国を滅ぼすというのか?」
「国王陛下が決定した事ですわ。男爵令嬢マリーアと婚姻するのならば、貴方の事は初めからいなかった。そういう扱いにするようにと。貴族全体に周知しておりますのよ。もちろん、国民全体にもおふれを出しております。貴方は存在しなかった。国王陛下と王妃様に息子はいなかった。レイド王太子殿下とわたくし、エルーシアが婚姻することによって王国は安泰ですわ。ですから…」
エルーシアはルディに向かって、
「死んでくださいませ。元々、いなかった方が存在すること自体がおかしいでしょう。」
ルディは翌日毒杯を賜った。
わたくしに人を愛する心が無かったとも?
いえ、わたくしはルディ様。ルディ王太子殿下を愛しておりましたわ。
出会った時は、互いに10歳。
キラキラした美しい金の髪の貴方。嬉しそうにわたくしに手を差し出して、
「君が僕の婚約者だね。僕はルディ。よろしくね。」
わたくしはその手を握り締めて、一緒に色々とお話をしたわね。
「僕は将来、国王になるんだ。一緒に頑張っていこう。」
「ええ。私も頑張りますっ。ルディ様の為に。」
そう、わたくしは国の為にというよりも、貴方に恋したから、一生懸命、王妃教育を頑張ってきたのよ。
それなのに…
学園に入った途端、知り合ったマリーアという男爵令嬢に、貴方はべったりだった。
誕生日プレゼントも、ダンスのエスコートも、今までわたくしが貰っていた物はすべて、その男爵令嬢に捧げたわね。
だからわたくしは国王陛下にお願い致しましたの。
「婚約を解消して下さいませ。」
国王陛下はおっしゃったわ。
「男爵令嬢マリーアに熱をあげているようだな。よいではないか。側妃の一人や二人。
王たるものには必要だ。」
「ルディ王太子殿下はその男爵令嬢を正妃に望んでおります。」
「馬鹿か…あやつは。」
王妃も眉を吊り上げて、
「馬鹿でしょうね。一人息子だからって甘やかしたのかしら。」
国王は決意したように、
「そんな馬鹿に国を任せるわけにはいかん。奴はいなかったことにする。」
「いなかったことにですか?」
「そうだ。男爵令嬢を正妃に望んだ国がどうなったか…他国を見ればわかるであろう。滅亡した国もある。ルディはいなかったことにする。甥のレイドを王太子にするとしよう。我が弟は王位継承権はあるが、王位に就く気はないと言っていたからな。」
王妃が、
「エルーシア。レイドを貴方の新たな婚約者にどうかしら。レイドはミレーユ・アッサム伯爵令嬢という婚約者がいるのだけれども、王妃になれる器ではないわ。我が王国にはあなたのような王妃が必要なの。」
「レイド様との新たなる婚約ですね。父に異論はないでしょう。了承致しましたわ。」
ルディ様の事、愛しておりました。でも…わたくしの事を裏切ったあの人をわたくしは許しておく事はできません。ですから…
「死んでくださいませ。元々、いなかった方が存在すること自体がおかしいでしょう。」
ルディ元王太子殿下は、毒杯を賜った。
エルーシアは新たなる婚約者レイド王太子殿下と交流を深めていった。
彼はルディとは違う。
エルーシアにとても優しく大事にしてくれた。
政略の婚約だけれども、わたくしは幸せだわ。
レイド王太子殿下に大切にされて。
レイド王太子はエルーシアとある日、庭を散歩しながら、
「早い物だな。もう、秋か。君と婚約して三か月経つ。結婚式はいつにしたらよいのかな。もちろん、国王陛下と相談せねばならないが。私としてはなるべく早く結婚したい。」
「王太子殿下。わたくしもですわ。」
本当に幸せだった。
とても、幸せだったのに…
「それでだな。君と結婚した後に、側妃を迎えたいのだが。」
「え?側妃ですの?」
「ミレーユ・アッサム伯爵令嬢を側妃にね。元々、私はミレーユと婚約していた訳だし、君は私でもルディでも、よかったのだろう?王妃になれればよかったのだから。」
「ええ…わたくしと貴方は政略ですもの。構いませんわ。」
わたくしは愛されていると思っていた。
レイド王太子殿下に…
でも、違ったのだわ。彼の愛はミレーユにいまだにある…
心に広がるぽっかりとした穴。
いずれ王妃になるからには、覚悟をしていたのだけれども…
自分を捨てたルディの事が懐かしく感じる。
だが彼はもう、いない。
「驚いたわぁ。お客さんが貴方だなんて。」
自分からルディを盗ったマリーア。
彼女はルディが毒杯を賜った後、エルーシアに婚約者を盗った慰謝料を払う為に娼館に売られて働いていた。
「え?もっとやつれていると思っていた?お客様もたくさんついて、私、楽しいわよ。ドレスもダイヤもプレゼントしてくれるし、美味しい物も食べさせて貰えるし。」
マリーアはにこにこして、エルーシアは頭に来た。
「貴方はわたくしのせいで娼館で働いているのよ。貴方が憎いわ。だって、貴方がルディ様を奪ったせいで、わたくしは…」
「愛していたのぉ?笑っちゃう。」
「なぜ、笑えるのかしら。」
「そりゃ、誘惑した私の方が悪いけど…エルーシア様が忙しかったのは解るけど…男ってさ、少しは甘えてあげないと駄目なのよ。そう思いません?」
マリーアはうふふふふと笑って、
「もう、ルディ様は死んじゃったけど…私、ルディ様と過ごした時間、楽しかったわ。」
「ルディ様はわたくしの婚約者。貴方のやった事は最低の事よ。もっと、最低の娼館へ売ってあげるわ。覚悟なさい。」
「ちょっとっ。もっと酷い目に合わせる気っ。」
喚く彼女を無視し、扉を閉めて、部屋を出る。
マリーアを許してはいないけれども、もう、そのまま放っておくことにした。
ルディは毒杯を賜ってもういない…でも…
元々いなかった相手に恋心を持っていたなんて…
そんなこと自体おかしいでしょう?
エルーシアは食欲がなくなり、身体が弱って寝たきりになった。
寝たきりになった女性が、このままレイド王太子殿下の婚約者になっているわけにはいかない。
婚約は解消された。
先行き側妃になるはずだったミレーユが再び婚約者になった。
レイド王太子殿下も内心では嬉しいだろう。ミレーユに王妃の器がなくても、周りがなんとかしていくはずだ。苦労はするだろうけれども。
心の中は空っぽで。
何もかも失ってしまって…
寝ているときはよく、幸せだったころの夢をみた。
ルディと共に、手を繋ぎ、未来の事を語り、幸せだった日々。
「わたくしはルディ様を愛していたの…愛していたのよ。」
涙を流していると、父であるコーディラス公爵がノックをして、部屋に入って来た。
「政略だろう。それに、ルディはお前の事を処刑したい程、憎んでいたのだぞ。美化をするのではない。エルーシア。」
「お父様。」
ベッドの脇の椅子にコーディラス公爵は腰かけて、
「例え、王妃になれずとも、お前が学んだ事は先の人生に必ず役に立つ。
身体を治して、元気になれば、私がよい婿を探してやろう。だから、エルーシア。元気になっておくれ。」
厳しい父。時には優しい父。そんな父に励まされてエルーシアは反省した。
現実を見なくては。あの人はわたくしの事を殺そうとした。
自分を殺そうとした相手に恋心を持っていたなんて…
そんなこと自体おかしいでしょう?
エルーシアは食欲が沸き、メキメキと健康を取り戻していった。
レイド王太子はミレーユと婚姻した後だったので、エルーシアは自由にのびのびと過ごすことが出来た。
新たなる婚約者の釣書。
父がエルーシアに見せる。
政略そして…今度こそ、政略だけなくて、愛する人と家庭を築きたい。
エルーシアが釣書を眺める姿を父はにこにこと見守ってくれている。
わたくし、幸せになってみせますわ。
そんなエルーシアが留学から帰って来て、婿入り先を探している公爵令息と婚約を結ぶことにした。
美しい訳ではない黒髪碧眼の普通の青年。
でも、彼はとても誠実で優しかった。
エルーシアはテラスで彼とお茶をしていた時に、今までの自分の人生を包み隠さず、彼に話した。
彼はその話を真剣に聞いてくれた。
エルーシアは彼に、
「自分を殺そうとした相手に恋心を持っていたなんて…そんなこと自体おかしいでしょう?」
そう言ったら、彼は…
「人生は色々とあるものだ。失敗を積み重ねて今があるんだよ。
君が今、生きてこうして私と知り合って婚約を結んでくれた。それはとても有難いことだと思っているよ。」
涙が出た。後からとめどなく涙が…
「そうね…こうして生きて貴方と婚約を結べた。わたくしはとても幸せだわ。」
それからしばらくしてエルーシアは誠実な彼と結婚をした。
エルーシア・コーディラス公爵令嬢は結婚した後、夫との間に沢山の子に恵まれて幸せに暮らしたと言われている。
ルディ元王太子は、王族からも、国民からもいなかったことにされ、歴史からも抹殺されて、彼がどういう人物だったか、そもそも、ルディという王族がいたのか?
今やもう知る人はいない。




