4ヶ月目
3ヶ月が過ぎ、4ヶ月目に入った。木があることにも多少は慣れた。私は逆に、人の慣れが心底恐ろしくなった。
レオヴァルトさんの心の木に向き合って、私は指先でそっと葉を撫でた。想いのそそぎ方はまだわからない。けれどもこうすることで、指先から少しはなにかが伝わるんじゃないかと、そう思っている。
今日は、レオヴァルトさんと薬屋に行く約束をしている。薬師のニレさんは気難しくて厳しくて、でも実は面倒見がよくて優しい人だ。
ニレさんは初めて私の摘んだ薬草を見つけてくれた人で、ああだこうだと乾燥の不出来を指摘し私が上手く乾燥させることが出来るようになるまで導いてくれた。それはぜんぜん優しい教え方ではなかったのだけれど、私はニレさんのことを恩人で、先生だと思っている。ニレさんは、すごく嫌がるだろうと思うけれど。
そんなニレさんをレオヴァルトさんに紹介するのは、なんだか気恥ずかしくて、身体中がむずむずしてしまう。
私はなんだか「わー!」と叫びたくなる気持ちをなだめながら、待ち合わせ場所に向かった。
§
薬屋の扉を開けると、少し暗く照明が抑えられた店内にニレさんがいた。ニレさんは私を冷ややかに一瞥して、それからついとレオヴァルトさんを見てこう言った。
「なんだ、葱がカモ背負ってきたな」
ニレさんは、相変わらず気難しくて厳しくて、そして口が悪かった。
「それで?英雄様がウチに何の用だ?」
ニレさんは挑発するようにせせら笑ってそう言った。私はいたたまれない気持ちになって2人の間に割り込んだ。
「違うんですレオヴァルトさん!」
「何が違うの?」
レオヴァルトさんは私の鼻をもにもにと揉んだ。
「ニレさんは態度も口も悪いけど、いつでも誰にでもだからそれがニレさんの普通なの!そういう人なの!」
私は一生懸命ニレさんを庇った。
「お前は臆病で小心者のくせに本当にいい度胸をしているな」
ニレさんは地を這うような声を出した。庇ったのに、なぜだ。
「大丈夫だよリナリア」
レオヴァルトさんはにこりと微笑んだ。レオヴァルトさんの心はとても広かった。
「ウチは薬屋だ。客じゃないなら帰れ」
心底嫌そうな顔をしてニレさんが言った。
「客です!帰りません!ニレさんがすごいから!目が、目がすごくて、紹介に来ました!」
ニレさんは叩き出すと言えば本当に叩き出すたぐいの人だ。私は焦ってはじかれるように叫んだ。
「なんだ、お前本当にカモ連れて来たのか」
ニレさんは予想外だと言うような顔をした。でも違う、カモはよくない。とてもよくない。客だ。
「はじめまして、僕はレオヴァルト。リナリアの薬草を見て、これを良しとする店はいい薬を作るだろうと思って紹介を頼んだんだ」
最後の1本まで毟り取るという顔をした店主に対して、レオヴァルトさんはとても穏やかな客だった。逆だと思う。いや、逆でもよくない。
「知っているさ英雄様。私はニレだ。世辞ならいらない。それで、何の薬が欲しい」
ニレさんは今にも「これなら証拠は残らない、飲み物に1滴混ぜるだけだ」と続けそうな顔つきでそう言った。違う、ニレさんのお店は安心安全なくすり屋さんだ。危ないやつじゃない。
「凍傷に効く薬と、口に含んでおける抗幻薬が欲しいんだ」
レオヴァルトさんは普通に会話を続けた。私は彼を尊敬した。
「意外だな。英雄様なら『神の慈悲』を使うんじゃないのか」
「あれは一歩でも迷宮の外に出すとただの水になるから意外と不便なんだよ」
「ふん、そんなものか。……凍傷ならこれだ。抗幻薬は弱く長く効くものと噛み砕いてすぐに効くものがあるがどちらがいい」
「弱く長い方を」
買い物はさっきまでのやり取りがうそのようにすんなりと進んだ。私はなんだか嬉しくて、にこにことそれを見守った。
会計も終わり、また来ますと言って帰ろうとする私を、珍しくニレさんが見送ってくれた。
「お前はすぐに野垂れ死にしそうな奴だが……」
ニレさんは言葉を探すように視線をうろつかせた。お前は野垂れ死にしそうだ、はニレさんがいつも私に言うことだ。私もそうだと思うので、気をつけようと思う。
「………………まあ、よかったんじゃないか」
しばらく黙った後、ニレさんはちっともよくなさそうな顔でそう言った。
「よかったです」
私はちっともわからなかったけれど、とりあえずうなずいた。
そして私たちは帰路についた。
私は何だか大きな試練を乗り越えたような気持ちになった。
「ニレさんは……なんだかリナリアのお父さんみたいな人だね」
別れ際にレオヴァルトさんがしみじみとそう言った。私は予想外な言葉にぽかんとしてしまって、それからほっぺたがカッカと熱くなった。
「お父さん……ニレさんが、おとうさん」
ふふっと笑って私はそう繰り返した。
それはなんだか照れくさくて、そしてニレさんがすごく嫌がりそうな言葉だった。
ニレさんは52歳