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草むしりと心の木  作者: 紬夏乃
草むしりと心の木
2/19

捧げられた木

本日3話分公開です

 





「へえ…………………………?」


 いつも通りの納品カウンター、馴染みの職員ミイナさん。しかし、いつもならば人声や物音が盛んに聞こえ活気のある冒険者組合本部は、水を打ったように静まり返っている。


「これを、貴女に受け取って貰いたいんだ」


 そう言って英雄――最深部に到達した、現存する唯一であり歴史上初めて単独踏破に成功した文字通りの英雄だ――が私に向かって一抱えほどの透明な球体に覆われた木を差し出した。


「わ……っわっわわ、わた……っわたし……っ!?」


「そうだよ、リナリア嬢」


 英雄はその麗しいかんばせに艶やかな微笑みを浮かべながら、私をまっすぐに見つめてそう言った。


「むっむむっむむむっむっむり……っ!」


 私の体は震えを通り越し、ブブブと音を立てそうなほど振動する。この木を、だってそれは、それを捧げられる意味は。


「だめだよ」


 英雄はガタガタと振動する私の手を優しくとり、そっとその木を私に持たせた。質量を感じさせないそれは、しかし絶望的な存在の重さを私に伝える。ヒッと誰かが息を飲んだ音が聞こえた。


「これは枯れていないし、貴女を想って芽吹いたのだから、リナリア嬢が受け取ってね」


 受付カウンターの奥からバサバサと紙類が落とされた音が響いた。私は恐ろしさに、渡されたこれをしっかりと抱え込めばいいのか、それとも可能な限り体から遠ざけたほうがいいのかわからずに、持たされたままの格好で硬直した。


「とても驚かせただろうから今日はこれで帰るけど、これから1年間よろしくね」


 はにかんだように微笑み、そして英雄は颯爽と去っていった。組合本部の、凍りついた空気を後にして。




「こっこ……っこれえ……っ!」


 私は血の気が引いて蒼白になっただろう顔をミイナさんに向けて助けを求めた。


「ヒッやめてください!早急にそれを持ち帰って安置してください!!鍵を、鍵を、窓もですよ!しっかりと施錠してもう一度こちらに来てください!組合長に話を通しておきますので!!」


 そうして私は組合本部を追い出され、木をマントの中に隠し抱え込んで震えながら、集合住宅の一部屋であるこじんまりとした我が家に帰ってきた。


 机の中央に、そっと、そおっと木を置いて、長い長い息を吐く。


「やだあ…………怖い……返したい…………」


 英雄の髪と瞳の色を持つ美しく繊細な一本の木。


 捧げられた者だけが干渉することのできるそれは具現化した彼の心。


 私は、彼の心を壊すことができるのだ。




 浅層での薬草採取専門の、草むしりと呼ばれる最底辺の私だけが。




 §




「ここに呼ばれた理由がわかるな?」


 初めて足を踏み入れた組合長室で、応接セットに向かい合わせで座った組合長が重々しく口を開く。


「わ……わかり……ま………………せん……」


「現実を見ろ」


 最後の抵抗で弱々しくつぶやいた私の言葉は一言で切って捨てられた。


「お前は、枯らさずに、英雄の、レオヴァルトの、心の木を、受け取った」


 一語一語区切り強調される言葉に胃がしくしくと痛む。


「つまりお前は、身の破滅と引き換えにあいつの心を壊すことができる。この意味がわかるな?」


「わっわっわかりたくないよお…………!」


「現実を見ろ!!いいかお前は出来心でもなんでもレオヴァルトを廃人にできる!それだって重大な損失だが、心を失った者がどうなるかなんてわかんねえんだ!もしあいつがぶっ壊れて暴れ回ったらどうなると思う!止められるヤツなんざいねえぞ!!」


「こっこっ怖いよお………………!!」


 喉が引きつったような変な音をたてる。どうして、なぜこんなことが私に。


「約1年だ。木を受け取っちまった以上は約1年、木が枯れるか実を実らせるまでは、お前は何をどうしようがレオヴァルトの婚約者だ。あの時本部にいた者全員が見届けた。枯らしてもいい、枯れたらあいつに突き返せ。但し、折るな。決して折るな。――わかったな?わかったら帰って飯くって寝ろ。……な?」


「わかりました……」


 思いの外優しく響く組合長の声と気づかわしそうな視線を受けながら組合本部を後にし、とぼとぼと再び帰路につく。


 鍵を開けてそっと扉を開けば、狭い我が家に不釣り合いな美しく輝く木が鎮座ましましているのがすぐに目に入る。


「これに、毎日声をかけて、想いをそそぐ……想いをそそぐってどうすればいいの……?」


 途方に暮れて、私はその美しい木を見つめ続けた。






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― 新着の感想 ―
[良い点] ストーリーのおもしろさは大前提として、表現がすっごく好みで、惹かれます。 [一言] 「質量を感じさせないそれは、しかし絶望的な存在の重さを私に伝える。」←こういう表現にホレてます。
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