表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草むしりと心の木  作者: 紬夏乃
小話
19/19

スープを作ろう

楠木結衣さんから頂いたイメージバナーがかわいすぎてどうしても使いたかった記念

&

第11回ネット小説大賞「運営ピックアップ」に選んで頂いた記念

 





 あの日私たちに御印が宿って、それからなんだかとんでもないお話が街中を駆け巡って。あれから私たちは、レオヴァルトさんのうちで一緒に暮らし始めた。


 初めて招かれたレオヴァルトさんのうちは、玄関の時点で私の住んでいた部屋より広かった。どういうことだろうと思いながらリビングに進むと、そこもとても広かったし、どこかがらんとしていた。


 ソファー、ローテーブル、ダイニングテーブルに椅子……家具はたくさん揃っているのに、ごちゃっとしたところがどこにもない。それはどの部屋を見せてもらっても同じで、なんだかとても……そう、とても生活感がない家だった。まじまじとレオヴァルトさんを見つめると、彼は「殺風景だろう?飾り立てるのが苦手なんだ」と言って照れたように笑った。


 一緒に暮らすのだから、と恐る恐るお家賃の話を持ちかけると、レオヴァルトさんは真面目な顔をして、「リナリア、頼みがあるんだ」とそう言った。


 彼は、部屋を飾ることも居心地のいい家にすることも苦手だから、家賃ではなく稼ぎの中から無理のない範囲で、少しずつこの家に必要なものを揃えてもらいたい、とそう私に頼んできた。クッションでもいいし、観葉植物でもいい。意味のない何かでもいいのだと、彼は真剣な顔で私の手を握った。大きなものを買うときは相談しようと話し合い、私は「わかった……!」と頷いて新しい約束をした。




 私はさっそくお金を貯めて、一番に必要だと思うものを買ってきた。鍋と、まな板と、いくつかの食器、それから材料の野菜たちだ。私はとてもとても、料理にあこがれていた。


 今まで私が住んでいた部屋に、キッチンなんてあるわけがなかった。ベッドで部屋の半分が埋まり、トイレと、体を洗ったり洗濯したりできる水場がかろうじてあるだけのあの部屋に、そんなものを期待してはいけない。そもそもあそこは駆け出し冒険者が路頭に迷わないようにと組合が用意してくれている寮のようなものだ。長く居座るところではないし、たぶん、私が最長記録だった。


 私はいつも、料理に、スープを作ることにあこがれていた。だってスープは素晴らしいと思うのだ。お腹が温まるし、水でかさ増しできるからお腹がいっぱいになる。硬いパンをかじりながら、私はいつもいつもそんなあこがれを抱いていた。なんて、なんて素晴らしいんだろう、スープ……!そして、この家には立派なキッチンがついているのだ!!


 私は荷物を抱えうきうきしながら、なんでこんなに広いんだろうと通るたびに思う玄関を抜けてキッチンに立った。


 買ってきたものを一度洗い、野菜の皮をむく。包丁は買えなかったので薬草採取用のナイフだ。予算が……予算が不足していたのだ……


 薬草しか切らないし、きれいに洗ったから大丈夫。私は自分にそう言い訳をしながら野菜を切り始めた。


 ごろっとした具が入っているスープにもあこがれるが、一度にいろいろな野菜が口に入るのも捨てがたい。私は迷って、今回は小さめに野菜を切ることにした。スープに入っている具はなんとなくわかっている。玉ねぎと人参と、それからじゃがいもだ。なんとなく他に思い当たるものはないし、たぶんそれで合っている。鍋に切った野菜をいれて、たっぷりと水を注いで火にかけた。あとは塩だ。


 ぐつぐつと煮立ってきたところに、塩を少しずついれてみる。味見をしてなんとなく塩っぽくなったらゆっくり煮続ければいい。たぶんこれで、野菜からなんか味がでるんだと思う。使ったキッチンを片付けぴかぴかに拭き上げて、私はわくわくしながらレオヴァルトさんが帰ってくるのを待った。




「それで、スープを作ったの」


「ありがとうリナリア、すごく嬉しいし、楽しみ」


 レオヴァルトさんはとてもうれしそうに笑ってくれて、私もとてもうれしくなった。レオヴァルトさんが買ってきてくれたパンや串焼き肉と一緒に食べようと、私はスープをお皿によそった。


「「神の恵みに感謝いたします」」


 揃って神に祈りをささげ、私はさっそくスープをすくって口に運んだ。


「…………なんか、あんまり味がしないね?」


 口に入れたスープは、なんていうか、塩気のある野菜の茹で汁っぽい味がした。おかしい、わたしが知っているスープはもっと違ったはずなのに。どういうことだと思いながら食べ続けると、不思議とじゃがいもも見当たらない。ちゃんといれたはずなのに、なぜだ。


 首を傾げながらレオヴァルトさんを見ると、彼はにこにこと笑ってスープを口に運び続けていた。私はそんな彼を見て、納得して頷いた。彼もきっと一緒の気持ちなのだ。


「でもまあ、食べれなくないね?」


 野菜を口に入れれば人参は人参の味がして、玉ねぎは玉ねぎの味がする。じゃがいもは見当たらないけれど、時々ざらっとしたとろみを感じるからきっとそこにいるのだろう。なんとなく野菜風味っぽいものを感じるし、塩っぽい味だってついている。これはこれで、うん。


「リナリア」


 うん、うんと頷きながら食べ続けていると、レオヴァルトさんが笑みを深めて口を開いた。


「僕は料理を覚えようと思うんだ」


「なんで???」


「一緒に料理しようね」


 今までキッチンを使った形跡もなかったのに、どういう風の吹き回しだろう……私は首をひねって彼を見つめたが、レオヴァルトさんは相変わらずにこにこしながらスープを食べ続けている。なんだろう、やってみたくなったのだろうか。


 でも考えてみたら、一緒に料理を作るのはとても楽しそうだと思う。なんだかとても家族っぽい。私はうれしくなって、彼に笑いかけた。


「うん、一緒に作ろうね」


「楽しみだね」


 夕食を食べ終わり、私たちは手始めに並んでキッチンに立ち、一緒に食器を洗った。スープの鍋は空っぽになって、ぜんぶ私と彼のおなかの中だ。


 同じものを食べて、そろって一緒に何かする。それはとてもたのしくて、そして、きっとこれからずっと続いていくことなのだ。


 だって私たちは、もう夫婦なのだから。






リナリア

食に対する許容範囲がとても広い。


レオヴァルト

笑顔で完食するけどそれはそれとしてこれはスープではない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
いつ、何回読んでも悶えます。大好きです。ありがとうございます!!
綺麗に纏まった表とは裏腹に、絡め取る気満開な英雄様の対比が面白かったです。
[良い点] リナリアちゃんとレオヴァルトのコンビがたまらなく好き(*´∀`*) なんか味のしない野菜の茹で汁飲んでコクコク頷いてるリナリアちゃんと、料理を覚えることを決意したレオヴァルトの反応がおも…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ