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草むしりと心の木  作者: 紬夏乃
本編の裏側
18/19

レオヴァルトが過ごした1年間(2)

明らかになるリナリアのひどいうかつさ

 





 最近よく、彼女の指が柔く心の木に触れるのを感じる。


 それは僕が欲していた通りの幸せで――それを与えてくれる彼女は、僕に気付かれると分かっていないのだろうと思っている。


 剥き出しの心を愛しい人に触れられてそれに気付かないわけがないのに、彼女は本当にそういううかつな所がある。




 §




 薬屋に足を踏み入れた瞬間、これは手強いな、と思った。


 ニレさんは僕を見るなり『もし婚約者とでも名乗ろうものなら射殺す』という顔をしたし、薬が欲しいと言えば『妙な薬(・・・)を言おうものなら局部が腐り落ちる薬を処方する』という顔をしていた。彼女は少しもそれに気付かずに、明後日の方向にはらはらしていた。本当に可愛い人だと思う。


『ここに売っている程度の薬が英雄様に必要なのかねえ?』と二重音声で聞こえる皮肉をかわし商談に入ると思っていた通りに腕のいい店主だった。僕は丁度よく第43階層で必要になる薬を買うことが出来た。


 リナリアは少し前の段階でにこにこと見守りはじめていた。彼女は自分に関係することを驚くほど真面目に真摯に理解しようと務めるが、一度関係ないと思えば途端に考えることをやめるうかつな所がある。ニレさんもそんな彼女に気付き、非常に残念なものを見る目をしていた。まあ、そのおかげで彼にしぶしぶ認められたようなものだったが。


 店を出た僕たちの間に緩んだ空気が流れた。


 彼女もどこか緊張していた。リナリアにとって、これは親しい身内に男を紹介するようなものだったのだろう。それなのに、彼女は自分の緊張が何だったのかに気付かない。早く気付いてくれればいいのにと僕は思った。




 彼女と食べたいと思い赤い実を採りに行った第43階層から上がる途中で、腰が砕けそうな衝撃が僕を襲った。間違いなくリナリアだと僕は確信した。危うく無様を晒す所だったがぐっと堪え上がった第3階層で当の本人が凍えているのを見つけた。彼女は心底うかつだった。


「暑さで頭がどうかしてたにちがいない…………」と言う彼女に、だから冷たそうに見えて心の木を握りしめたのか!と納得した。口に出そうになったが、僕が触られている事に気付いていると知れば彼女はもう葉に触れてくれなくなるだろうと思い口を噤んで誤魔化した。彼女もにこりと笑って誤魔化した。多分、怒られるとでも思ったのだろう。


 リナリアと食べる赤い実はいつも以上に美味しかった。僕の始めの目標を、瞳を輝かせておいしいと食べる彼女を見るのは幸せだった。彼女もこの幸せな時間が終わるのを名残惜しく思ってくれて、最後の2つにお互い手が伸びなかった。僕はその実を彼女にあげて、また一緒に食べようと約束した。


 彼女は嬉しそうにその実が入った袋を抱え、戻った組合本部の受付けでミイナさんにこっそりその実を1つ渡していた。ちょっと珍しく(・・・・・・・)て、とても楽しかったから、その気持ちごと誰かに分け与えたいと思ったのだろう。嬉しそうに去っていく彼女を見送って、ミイナさんは蒼白な顔で僕を見た。僕は黙って頷いた。ミイナさんは覚悟を決めて全てを飲み込んだ。


 僕は、有名店にリナリアを誘ってみることにした。行ってみたかったのも本当。視線が煩わしくて行かなかったのも本当。でも、彼女がそこに一緒に行って喜んでくれるくらいに僕が踏み込むのを許してくれたのが、1番の理由だった。おいしいおいしいと嬉しそうに甘いものを食べる彼女を見るのは、並ぶケーキのどれよりも甘く幸せなことだった。


 帰り道に、彼女はどうして腹が膨らまないのかと不思議そうに聞いてきた。迷宮が人をそう変えていくと知ったら彼女はどう思うだろうか。目の前の僕は人の範疇(はんちゅう)からはみ出していると、いつも自分が出入りする迷宮はそういう所だと知れば。でも、きっと彼女は大丈夫だと僕は確信している。


「すごいと思う……!」


 そう言って瞳を輝かせる彼女は一瞬も躊躇しない。僕も、彼女も、どうしようもなく冒険者だから。僕は、それがとても嬉しい。




 その後の日々も穏やかに、楽しく、互いの想いを暖めながら過ぎていく。1つの串に刺さった果物を分け合い食べることを許されても、髪を切ることを許されても、命を丸ごと預けることになる第5階層に行くことに同意されても、すっかり敬語が出なくなり、それを寂しいと言うようにたまにわざと(・・・)敬語を使い鼻を摘まれようとする甘さも僕に与えてくれるのに、彼女はどうしても自分の想いに気付いてくれない。


 あなたに何かを贈りたかったのだと髪紐をくれて、それが銀色と紫色(・・)をしていることに僕が胸を締め付けられる程喜んでも、彼女はどうしようもなく無自覚だった。


 こんなにも僕の木に想いをそそいでくれているのに、僕を見る瞳もそう告げてくるのに、彼女は自分の欲に耳を傾けることが苦手だった。


 日々沈んでいく彼女を見守って、僕は早く気付いて欲しいと願い続けた。僕が言葉で「貴女は僕が好きで、甘い実がなるよ」と伝えるのは簡単でも、彼女は間違いなくそれを信じてくれない。きっと冗談か、沈んだ自分を励まそうとしているくらいにしか受け取ってもらえない。


 僕は、つぼみが早く開けばいいと、そうじりじりと焦がれた。




 その日、組合本部にはどこか緊迫した空気が流れていた。


 その中心にリナリアがいることに気付き、僕はすぐに近付いて後ろから声をかけた。


 彼女は跳び上がって絞め殺される直前の動物みたいな声を上げた。


 振り返った彼女の顔は熟れたように赤く


 いつも真っ直ぐに僕を見つめる瞳はとても直視できないというように彷徨いて


 ああ、気付いてくれたのだと、そうわかった。




 彼女が僕のところに転がり落ちてくるまで、あとわずか。






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― 新着の感想 ―
[一言] ワタシもこの幸せな時間が終わるのが名残惜しくて淋しいです。ステキな話ほどもっともっとと急き立てられるように読み進めてしまうから早く終わってしまうのがもったいない。 ちょっと忘れた頃にまたお…
[一言] とんでもなく好きなお話だわこれ! と、身悶えしながら3回目読んでます。 リナリアの小動物系の可愛らしさと 存外に策士だったレオヴァルトの平和的日々。 愛おしい。 読了の瞬間に星5つ献上…
[一言] ステキなお話しでした! その後の2人もみてみたいです! ありがとうございました!
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