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草むしりと心の木  作者: 紬夏乃
本編の裏側
17/19

レオヴァルトが過ごした1年間(1)

明らかになるレオヴァルトのひどさ

 





「これを、貴女に受け取って貰いたいんだ」


 そう言って無理に心の木を持たせた彼女は、想像していた通りに愕然としてカタカタと震えていて


 本当に可愛い人だなと心底思った。




 §




 迷宮から出ると、扉の前には神官や神殿騎士たちが殺到していた。彼らは口々に「新たな聖人の誕生だ!」「神と何をお話しになったのか!」と叫び、大変な騒ぎになっていた。


 僕は「疲れているので後日お話しに伺います」と告げて家に帰った。背後では嘆願や悲鳴のようなものが聞こえていたが、どのみち教会も巻き込むのだから数日くらい待てるだろう。僕はゆっくりと休息をとった。


 まず、身なりを整えて彼女に心の木を渡す。周囲を威圧し黙らせながら歩き、その足で僕は教会に向かった。教会は熱狂をもって僕を迎え入れた。教会関係者は皆、神様を心の底から信仰し、その存在を尊び愛している。僕からもたらされる神の新たなお言葉に涙し、僕が神に誓いをたてたことに感嘆し協力を約束し、そしてそれが成された時には神の祝福が見られると知って狂喜した。これで教会側から組合に手が回るだろう。僕は満足した。


 次は胃が痛そうな顔をした組合長との話し合いだ。彼は何とか木を自分で保管するように、それが無理ならせめて鍵のかかる専用の保管箱に入れてリナリアに渡すように求めてきた。


 最早哀願とも言えるそれを僕は一蹴した。僕は彼女に触れて欲しいのだから。反対に僕は英雄の立場、神との誓い、僕個人の強さ、全てを利用し、組合本部に出入りするもの全員に対して、目に余る非道ではない限りリナリアと僕について一切の口出しを禁止すると通達するよう求めた。そのために得たものを使うことに僕は一切躊躇しなかった。英雄の名に神の名まで重ねられ、組合長は項垂れこの話に同意した。冒険者たちには神殿騎士からも話が回るだろう。これで準備は出来た。


 準備が整ったと安堵していたが、当の彼女が3日も姿を現さなかったことには心底焦りを覚えた。翌日には震えながらどうにか引き取って欲しいと訴えてくるだろうからそれを言いくるめなくてはと考えていたが、彼女は僕が考えていた以上に捧げられたものに対して自力で向き合おうとする人だった。またひとつ、更に彼女が好きになった。


 彼女にようやく会えたと思えば吐き戻し倒れられたので本当にここまで焦ったことは今までないと思ったが、それでも彼女は突然現れた災難のような僕に対して向き合ってくれた。


 彼女が安心して僕と話せる場所は組合本部だと思った。それ以外ではまだ彼女は萎縮してしまうだろう。幸い彼女が組合本部を出入りする時刻はいつもおよそ一定だ。僕はそれより少し早く来て周囲を威圧し黙らせてから、彼女を迎えればいい。組合長からの通達、神殿騎士からの熱烈なお話(・・)、僕からの威圧。周囲の状況は整った。僕と彼女は日々少しずつ対話を重ねた。




 僕は彼女が喜んでくれることは何だろうかと考えた。もし、彼女が喜んでくれるのなら高級店のフルコースを用意しよう。そこに着ていく服や宝飾品がなければそれだって1式と言わずいくらでも贈って彼女を着飾らせたい。


 でも、彼女はそれを求めない。彼女が欲しいのは、もっとささやかで暖かいものだ。僕はとても利用しがいがあるのに、彼女はそんなことを考えてくれない。だから僕は彼女が喜んでくれるものを沢山用意しようと思った。彼女が喜ぶささやかで暖かい日々の積み重ね。それは意外なことに、僕にとっても幸せなものだった。屋台に行きたいのも本当。おいしそうだと思っていたのも本当。でも、僕は面倒だなと思い避けていた。他愛もない話をしながら並び、あれもこれもと目についた端から買い求め、2人で分け合って食べる楽しさを教えてくれたのは彼女だった。敬語の抜けない彼女の鼻を柔く摘むのも、こんな些細な触れ合いで、2人の約束という甘い言葉だけで、こんなにも胸が熱くなるのだと初めて知った。


 僕はもうこんなにも彼女を愛している。だからこそかもしれないが、僕はあの全てが始まった彼女の姿をもう一度改めて見たいと思った。


 第1階層についていき、あの時のように彼女を見守った。改めてよく見ると、彼女はきちんと周囲を注意し薬草を摘んでいた。ずっとそうして生きてきたのだから当たり前の事かもしれないが、僕は彼女を見くびっていたのだと反省した。彼女は驚くほど正確に、自分が出入りする階層を把握していた。そうして自分の限界いっぱいまで迷宮を進む彼女は、正しく冒険者だった。


 僕は嬉しくなって、あの時に感じた何かを掴もうと彼女を見つめ続けた。


 結局のところ、それが正確に何だったのかはわからなかった。でも、今なら何となくわかることがある。彼女は、僕がこう出来たらいいのにと思いながらも出来ない、優しさのかたちをしているのだ。


 別れ際、僕はとても満足していたのに、彼女は心配そうにつまらなくなかったかと尋ねてきた。その姿はまるきり『あなたのことを淡く想いはじめました』と伝えてきているのに、言外に貴女の事を見ていたかった、僕の恋が始まった場所だから、と告げても彼女は少しもそれに気付かず、間違いなく変な納得の仕方をしていた。


 僕はそんな彼女が可愛くて、とても愛しいと思った。












教会は全員神推しガチ勢集団

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― 新着の感想 ―
[一言] 教会が全面的にバックアップしてるならそりゃもう無敵だわなぁ
[一言] プレゼントを間違えないできる男
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