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草むしりと心の木  作者: 紬夏乃
本編の裏側
16/19

最深部にて

シン・プロローグ

 





「ここまで押しかけてきて、本当に申し訳ないと思うんだけどね」


 僕はへたり込んだまま神に話しかけた。


「実は、貴方に叶えてもらいたい願いはないんだ」




 §




 僕は、迷宮都市から離れた王国の、かなりいい家の4男として生を受けた。この国を建国した初代国王とその側近は迷宮を踏破した英雄たちだと伝わっており、この国の子供たちは皆英雄に憧れ、英雄譚に親しむのが常道だった。


 僕も例に漏れず英雄譚が好きだったし、数多くあるそれらを片端から読みふけった。周囲には英雄になることや強くなることに憧れる者が多かったが、僕は『ここに書かれている場所は、恵みは、本当にあるのだろうか』という方向に心惹かれた。


 僕は4男だったので、将来はどうとでも好きにしろと思われていた。なら僕は迷宮に行って、本当に英雄譚に書かれたものがあるのか確かめようと思った。成人を迎えた15歳の冬に正式に家から独立し迷宮都市に向かった。


 迷宮に潜り始めて、仲間の存在はすぐに足枷となった。複数で挑むものだからと誘われるままいくつかの集団に属してみたけれど、僕は一層一層見て回りたかったし、彼らは金品や戦い、深度を重視した。


 色恋沙汰や妬心によるいざこざに巻き込まれるのもうんざりとした。僕は1人を選んだ。


 1人になって改めてやりたいことを考えたとき、赤い実を思い出した。数多く読んだ英雄譚のうちの1冊に書かれていた、深層のどこかに実るという赤い実を。僕はそれを探そうと思った。手がかりは、極寒の地、幻香花。厚い毛皮と脂肪に守られた強大な魔物。なんとも永眠させる気に満ち溢れているなと思った。迷宮を一層一層じっくり見て歩きながら、僕はゆっくり深層を目指した。


 深い所で知り合う奴らには気のいい者も付き合いやすい者も多かった。彼らも口々に共に行こうと誘ってくれたが、僕はもうその頃には自分のやりたいことが集団には向かないとわかっていた。僕は自分が登れるところにはどこにでも登ったし、長期間迷宮からでないことも多かった。頼まれた時に臨時で参加することに留めて、僕は気の向くままに迷宮を探索した。


 赤い実を見つけたのは、深層第43階層だった。僕はここに可能性を感じ、何度も探訪し、最終的には2ヶ月間滞在し続けて赤い実を探し回った。ようやく見つけたその実は、氷の木に宝石のように燦然と輝いていた。その場でもいで食べてみると素晴らしく美味しくて、僕はとても満足した。暫くその木の下に佇んで、通ってきた道を思いながらしゃりんしゃりんと鳴る実を食べた。


 僕の大きな目標は達成された。


 迷宮に長く居座り続けてわかったことがある。迷宮は人を変化させていく。そうと考えなければ、僕の身体の変化に説明がつかない。おそらく、深度が増すほどに神の気配が増していく。そして深度を急激に深めること、神前に立つこと自体が只人では耐えられない。少しずつ階層を深め、神の気配に身体を慣らしながら魔物と戦うことで只人を神前に出られるまで鍛え上げていく。だから神域に魔物がいるのだ。


 僕は、今でも相当な無理を通せば行けそうだな(・・・・・・)、と思った。神の御前、最深部まで。ただそれは相当な苦痛――手足が何度も引きちぎれたり、腹わたが飛び出たりするような無茶な苦痛だ――を覚悟すればの話で、そこまで急ぐ理由はなかった。英雄になることにも興味はなく、神に願いたいことも特別思いつかない。今まで通り探索を進めればいずれ到達するだろうとは思ったが、それを次の目標として据えようとは思わなかった。




 彼女を初めて見たのはいつだっただろうか、気付けば『ああ、あの子だな』と思うくらいに組合本部でいつも見かける顔だった。小さくて、如何にも非力そうで、大した稼ぎにはならないだろうにいつも一生懸命に薬草を運んでいる。自分にはこれができる、こうしてちゃんと生きていけると全身で訴えるように懸命な姿はどこか巣穴に必死に草を運ぶ小動物を思わせて、いじらしくて可愛らしかった。


 次は何をしようかと据える目標を思いつかずに何となく立ち寄った第1階層で、そんな彼女が薬草を採取している姿を見かけた。彼女は一生懸命で、見ている僕に気付きもせずに薬草を探している。あんなに薬草にばかり気を取られて大丈夫なのだろうかと思い暫く見守っていると、彼女は薬草を見つけ、真剣な顔で丁寧に丁寧にそれを摘みあげ、そして満足そうに微笑んだ。


 その姿を見た瞬間、僕の心の木を彼女にそうやって扱ってもらいたいという想いが心の底から湧き上がった。


 僕のように一瞥で枯らすのではなく、あんな風に大切そうに摘みあげ微笑んで、あんなに柔らかに扱われたらどんなに幸せだろう、と。


 それは彼女を手に入れたいという支配欲かもしれなかったし、彼女に手に入れてもらいたいという被支配欲かもしれなかったが、もうその瞬間にどうしようもなく僕の心の木は芽吹いてしまっていた。


 僕の次の目標は決まった。


 さて、どう行動に移そうかと考えたが、僕が僕のやりたいように彼女に接するには、どう考えても外野の存在が煩わしかった。僕に対してあれこれと口を挟んで来そうなのは何人も思いついたし、彼女はどう見ても何人かに心配そうに見守られていた。その上彼女はいかにも外野に囃し立てられると萎縮してしまいそうだった。その全てを黙らせる必要があるな、と僕は思った。


 お誂え向きな立場があることを僕はわかっていた。やろうと思えばそれに手をかけられることも。次にやることは明確だった。




 §




 最深部に足を踏み入れたな、と思った瞬間僕はその場にへたり込んだ。


《よう来たな人の子よ、汝は我に何を願う?》


「お初にお目にかかります我が神よ」


 響いてきた神の声に答えるため僕はそこまで一息に言い切って、深く息を吐いた。


「ごめん……いつもはもうちょっとまともに出来るんだけど、少し待って欲しいんだ、ちょっと、想定以上にきつくて……」


《構わぬよ、我は汝の言葉を聞くのではない。発された意味を聞くもの。好きに気楽に話すが良い》


「それだと本当に助かるんだけど……神様に会うのにこんなずたぼろでごめん、身なりを考える余裕がなかったんだ」


《試練とはそういうもの、その苦難を乗り越えて汝は我に何を願う?》


「ここまで押しかけてきて、本当に申し訳ないと思うんだけどね、実は、貴方に叶えてもらいたい願いはないんだ」


 僕はへたり込んだまま、晴れやかに笑って言い切った。




「ちょっと、想い人に木を貰ってもらおうと思って、英雄になりに来たんだ」





 興味を持った神様にあれこれと聞かれて答えているうちにわかったが、神様は人がお好きだった。恩恵を与え、こうして拝謁を賜る機会さえ与えてくださっているのだから、それもそうかと僕は思った。


 中々に人が来ず、来たかと思えば一度しか来ないのでお寂しいのだそうだ。僕が覚えている限り英雄がその後何を成したのかお話しすると、存外なほどに喜んでくださった。


 僕は三日三晩ほど神様と語らった。迷宮の面白さ素晴らしさについても話すと、神様は大変お喜びになった。興が乗った神様が、僕がきちんと探索せずに降りてきた深層について何があるのかお話しになろうとした。僕はそれを断って、自分で見て回ってそれからまたここに参りますと告げた。


《また来るか。それは楽しみなことよ》


「望みを叶えたと報告に参りますよ」


《ならばその扉から出るがいい。その扉を潜ることこそ踏破の証》


「はい、ではまた、神様」


 僕は神様が出してくれた扉を開けようと手をかけ、そしてふと思いついた。


「神様は、僕に御印が宿ったらそれに気付くのかな?」


《ふむ、ふむ。汝は到達者なれば、我はそれを感知しよう》


「なら、ひとつ願いがあるんだ神様」


《願いができたか。云うてみるがよい》


「僕に御印が宿ったら、紫色の花びらを舞わせて祝ってほしいんだ、彼女の髪色がきれいな薄紫色なんだよ」


 僕はそう神様にお願いをした。











✕ 英雄が突然心の木を捧げてきた。周囲は彼女を腫れ物のように扱った


○ 突然意味のわからない理由で恋に落ちた男がそれが1番確実だからという意味のわからない理由で英雄になって心の木を捧げてきた。周囲は力技でねじ伏せられ黙らされた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ははぁ、ダンジョンの正解の道に最初に来ちゃったら、エリクサー残ってないか引き返して反対の道も調べちゃうタイプですね? 人離れしてると思ったら、急に親近感! でもきっと彼は即座にエリクサー使え…
[一言] 二人が幸せならいいのよ
[一言] オラワクワクしてきたぞ
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