それから
その後は大変だった。
私たちが迷宮をでると、そこには一面に紫色をした花びらが降り注いでいた。
なにかに触れるとふわりと消えるその花びらは、迷宮都市全体に降り注いで、そんなものは神様の祝福以外にないと理解らされた。まさかレオヴァルトさんの言っていたことは本当なのかと私は膝から崩れ落ちた。
組合本部に入れば、そこにいる人全員が歓声を上げて、口々に祝福と野次を投げかけてきた。
私は爆発物のように扱われているのだと思い込んでいたけれど、静かに、固唾を呑んで見守られていたのだ。私は、自分の気持ちも、周りの人のことも、何もわかっていなかったのだとようやく気付いた。戦えないからちゃんとした冒険者じゃないと勝手に引け目を感じていたけれど、私が思っていた以上に、ここは私を身内として受け入れてくれていた。
そして、私は今みんなから『草むしりさん』と呼ばれている。
最初は組合本部で口々に『英雄の奥様』と囃し立てられたのが始まりだった。その時誰かが馴れ初めを教えろ!と野次を飛ばし、皆してそうだそうだとそれに乗っかって盛り上がった。
信じられないことに、レオヴァルトさんは顔色ひとつ変えずに堂々とその求めに応じたのだ。曰く、日頃から組合本部で見かけて可愛らしいと思っていた、と。第1階層で一生懸命に薬草を採取する姿を見て恋に落ちた、と。照れもせずに。
みんなの前で!照れもせずに!堂々と!笑顔でそう宣ったのだ……!!
組合本部はしんと静まり、一拍置いて爆発したかのようなものすごい歓声が巻き起こった。
そこでなぜか、『草むしり』と『英雄の奥様』が混ぜられ『草むしり様』になったのだ。
私は本当に、本当にやめてほしいと、様はやめてほしいと必死に訴えた。もう半泣きで訴えかけた。すると、可笑しそうににやにやとして囃し立てていたみんながスン……と鎮まった。なんとなく、後ろの方から、有無を言わせないなにかがあったのだと思う。なんか。英雄とかから。
そしてなぜか『草むしりさん』で落ち着いてしまったのだ。
その『草むしりさん』という呼び名とレオヴァルトさんが話した馴れ初め話は恐ろしい速度で広がり街中を駆け巡った。
『人に見向きされないような小さなことでも日々努力して誠実に取り組めば、いつか誰かの目に留まる』という余計な教訓めいたものをくっつけて。
おかげで今、なぜか街中で『ちょっといいこと』が空前の大流行だ。街は隅から隅まで掃き清められ、鉢植えの花々が飾られ、困った人がいれば即座に助けが入る。
違う、本当に違うからそんなんじゃないから本当に本当にやめてほしい……私の薬草採取はそんな美談みたいなのじゃない……!本当に違う……!!
私は恥ずかしくて恥ずかしくて、迷宮の第1階層に篭もりもうここから出ないと大泣きして迎えに来たレオヴァルトさんに八つ当たりした。あんなに泣いたのは11歳でニレさんに認められたとき以来だった。癇癪を起こしたように泣いている私を抱え、レオヴァルトさんは必死にあやし、宥め、謝り、機嫌を取り続けた。私がようやっと顔をあげたのは、これからする楽しい約束が20個ほど積み上がったときだった。
恥ずかしくてもう二度と街を歩けないとあんなに思ったけれど、私は結局街を歩いている。なんだかんだ結構慣れてしまうものなのだと思う。人の慣れとは恐ろしいものだと、私はこの1年間で痛感した。
私は、この人にだけは直接伝えたいと思い、ニレさんの元を訪ねた。
「その……そのわたくし……あのけっ…………こんを致しまして……」
「だから、私は前に『よかったんじゃないか』と伝えただろう」
ニレさんは呆れ返ってそう言った。
私は本当になにもわかっていなかったと愕然とした。
そして、私は相変わらず、迷宮の第1階層で薬草を採取している。
他になにもないからしがみついていたよりもそれ以上に、私は下に行けなくても迷宮が好きで、ただ迷宮にいたいのだとようやくわかった。
私とレオヴァルトさんの話は、もしかしたら英雄譚として脚色され残ってしまうのかもしれなかった。
こればかりは本当に本当にすごくお話にされそうなことを神様に願った英雄が全面的に悪いのだけど、今はどうせ人は慣れてしまうのだから好きにすればいい……という心境でいる。もしかしたらまた恥ずかしくて泣きわめいてここに篭もろうとするかもしれないけれど。
「リア、一緒に帰ろう」
下から帰ってきたレオヴァルトさんが、しゃがみ込んで薬草を摘む私に手を差し伸べてそう言った。
「おかえり、レオ」
私はその手を取って立ち上がった。
引かれた手に、御印が光った。