11ヶ月目
日々は過ぎていく。私の気持ちを置き去りにして。
この関係が終わるときが近付くのを私に示すように、つぼみは膨らんでいく。
私にはいまだにレオヴァルトさんをどう思っているのかがよくわからない。好ましいと思う、それはわかっている。けれど、恋愛感情が、私にはちっともわからないのだ。自分がどういうふうになったら相手を恋愛感情で好きになったと胸を張って言えるのか、それがどうしてもわからない。そんなことが自分に起こる可能性を、考えたことがなかったから。私はずっと薬草を摘んでこうして1人で生きていくんだと、そう決めてかかっていたから。そんな私がまともな実をみのらせるなんて、できる訳がないと思った。
私は、私がぜんぜんだめなせいで、私がちゃんと出来ないせいで、きっと酸っぱい実がなるのだと思った。
私は確かにレオヴァルトさんに好意を持っているけれど、私がちゃんと想いをそそげなかったせいで、恋愛感情がわからないせいで、青くて酸っぱい実がなってしまうのだ。それをレオヴァルトさんに食べさせる日がきたら、あなたのことを好きではないと、目に見えるかたちで然と突きつけたら、いくら私が口で恋愛感情かはわからないけど好意を持っていると訴えたって、そんな言葉には力がない。ただそのまま終わってしまう、そう思って怖くなった。
私は焦って、残っている約束を指折数えた。
組合本部で話をすること、たまに一緒にごはんを食べること、敬語をつかったら鼻をつままれること、予定が合うときに一緒に第1階層に行って薬草を摘むこと、薄着で第3階層に降りないこと、また一緒に赤い実を食べること、髪が伸びたら切ってもらうこと
そのすべてが、レオヴァルトさんがやめようと思ったらすぐに終わってしまうものばかりだった。そうしたら、もしそうなったら、私には引き止める手段がなにひとつないのだ。同じ想いを返すこともできず、今の暖かい関係が終わってしまって、そして私は『薄着で第3階層に降りないこと』という約束だけ大事に抱え込んで迷宮で薬草を摘むのだ。ずっと、ずっと。
だからといって、じゃあどうしたいのかと考えると、私は、御印が宿るほどではないが好意は伝わるくらいにほんのりと甘い、そんな実がなってほしいと、そしてすべてうやむやにして今まで通りの関係を続けたいと、そう無意識に思っていたのだと気付いて、その浅ましさに愕然とした。
つぼみは膨らむ、あと少しで終わると見せつけるように。
最初、木を渡されたあの日、私はただ怖くて途方に暮れて、とにかく返したいと、怯えて、大事に、折らないように、無難に1年間預かるのだと、そればかりを考えた。
その後はただ、レオヴァルトさんと過ごす日々が楽しかった。レオヴァルトさんは優しくて、私はただ嬉しくて、はじめは怖いと思っていたのが嘘のように、レオヴァルトさんも、レオヴァルトさんの心の木も、私の生活の中心にすっぽりと収まった。
この関係が終わってしまうのを考えると胸にぽっかりと穴が空いたように辛い。でもだからといって、わたしにはこのままでいる方法がわからなかったし、きっとそんなものはないのだと、もう私は、なんとなくわかっている。私はまた、一人ぽっちに戻るのだ。
「一緒に、串焼き肉を食べに行きたい、あの噴水広場前の」
私は初めて自分からレオヴァルトさんを誘った。
「いいね、行こう」
レオヴァルトさんは笑って快諾し、2人で並んであの屋台に向かった。炭火で炙られた甘辛いタレをまとった肉と滴る脂のじゅうと焦げる香りを求めて。
「5本買おうか」
レオヴァルトさんはいたずらそうな顔をしてそう言った。
「あれは……本当に度肝を抜かれた……」
私はしみじみとそう答えた。
なにせ、憧れの串焼き肉を突然5本も買われたのだから。
レオヴァルトさんは本当に串焼き肉を5本買って、そしてそのうちの1本を私に差し出してくれた。
私はそれを受け取り、噴水広場のベンチに並んで腰かけ大事に大事にそれを食べた。
串焼き肉はいつも通りおいしかったけれど、どうしようもなく、いつも通りに心が満たされることはなかった。
あのつぼみが開いても、今の関係が終わっても、またこうして一緒に並んで串焼き肉を食べてくれるかと、私は彼にそう尋ねてしまいたかった。
でもそれはあまりに勝手な気がして、とても言葉にすることができなくて、私は、あのつぼみが開かなければいいと、そんなことを、思ってしまった。