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草むしりと心の木  作者: 紬夏乃
草むしりと心の木
12/19

10ヶ月目

 





 あと少しで夜が明ける――もうすぐ新年祭だ。


 私はこの3日間、臨時収入(ひかるはな)のおかげで、毎年よりもよほど暖かく過ごせた。


 それなのにぽっかりと寂しくて、ぼうっと座って、時折レオヴァルトさんの心の木の葉を撫でた。つぼみは少し大きくなった。


 葉に触れながら心の木に話しかけてみても当然返事は返ってこなくて、でも近くで確かに淡く光っているその木に話しかけると、不思議とレオヴァルトさんに、大丈夫だよ、と言われている気がした。あの、いつもの優しい声で。


 新年祭は夜明けから丸1日続く。日が昇ると共に皆盛大に歓声をあげ、新しい年の始まりを神に感謝する。そして日が高くなるのに合わせて露店がたくさん立ち並ぶ。祈豊祭は食べ物の露店が多く立つのに比べて、新年祭はどちらかというと飾りや装飾品といった物品を扱う店が多い。そして皆口々に、競うように神への感謝と特価を声高らかに叫ぶのだ。


 今日は、日の出を一緒に見ようと約束している。そしてそのまま屋台で朝食をとり、露店を見て回ろうと。


 夜になれば盛大に花火が打ち上がる。誰かと一緒に新年を祝う花火を見るのは初めてで、私はそれをとても楽しみにしている。


 3日間の静寂を部屋に残して、私は夜明け前にレオヴァルトさんの元に向かった。




 §




 街はまだ眠っているかのように静まり返っていた。


 人の気配はそこかしこに漂い、皆思い思いの場所に佇んでまんじりともせず夜明けを待っている。


 私は組合本部前にレオヴァルトさんの姿を見つけた。


「レオヴァルトさん」


「リナリア」


 彼は私を見つけて破顔した。私はなんだかほっとして、彼に駆け寄った。


「どこか屋根の上に登る?」


 見渡せば、所々屋根の上に座る人の姿がみえた。少しでも早く、よく見えるように、そうやって日の出を待っているのだ。


「ううん、ここがいい」


 私はそう言って、レオヴァルトさんと並んでただ夜明けを待った。空はもう白み始め、新しい年の始まりが近いことを告げていた。




 わああ!!と、屋根の上にいる人たちから次々に歓声が上がり始めた。東の建物の合間から朝明けの光が差し込む。街は突然目覚めたかのように歓声が沸き起こった。――新年祭の始まりだ。


 私は気後れしながら、わあ!と声を出してみた。それはとても下手くそだったけれど、不思議と気分がよくなった。私はそれきり黙り込んでしまったけれど、沸き立つ歓声の中に立ち並んで日が昇るのを見つめ続けた。


「神に感謝を」


 レオヴァルトさんは、日が昇りきる頃に朝日に溶けて消えそうな声でそうささやいた。


「何か食べようか」


「うん!」


 すっかりと明るくなった街に、私たちはおいしいものを求めて歩き出した。




 ゆっくりと朝ごはんを楽しみおなかも落ちついた頃、私たちは露店を見て回り始めた。レオヴァルトさんは特にこれと探しているものはないようでのんびりと見歩いているが、今日、実は私には大きな目的がある。


 臨時収入(ひかるはな)を手にして、私はまず年末にこもる支度をしようと思った。次に、レオヴァルトさんになにかを贈りたいとそう思った。


 新年祭は贈り物を探すのにぴったりだ。普段レオヴァルトさんが身につける物にはお値段的に遠く及ばなくても、年に一度の特価をうたうこの日なら、私にも何か贈れるものを見つけられるのではないかとそう考えている。


 私はレオヴァルトさんと露店をひやかしながら、そわそわとふさわしいものを探し回った。




 私の目にとまったのは、銀色と紫色の糸で編まれた髪紐だった。


 縁の紫から中心に向かって銀色に変わるその紐は、まるでレオヴァルトさんの色のようでとてもすばらしいと思った。掲げられている値札を見ると、それは驚くほどぴったりと丁度いい金額が提示されていた。


「レッレオヴァルトさん!私あれ!あれが買いたい!!」


 私は慌てて声をあげた。


「いいよ、あの店に行くの?」


 私は誰かに買われまいと急いで露店に向かい、髪紐を指さしてこれください!と叫んだ。


 店主は私の勢いに少し驚いて、そしてにっこり笑ってその紐を包んでくれた。


「買えてよかったね」


 レオヴァルトさんは髪紐を大事に抱え込んだ私を見てそう微笑んだ。


「よかった!!」


 私は嬉しくて、ほっぺたがぽかぽかした。


「どうぞ!!」


 私はその勢いのまま、髪紐をレオヴァルトさんに差し出した。


「僕に?」


 レオヴァルトさんは思ってもいなかったことを言われたように、目をまるくした。


「レオヴァルトさんに贈るものを、探してたの!すごく、すごい丁度よくて、すごい!」


 私は嬉しさのあまり勢いよく言いつのった。


 レオヴァルトさんは珍しく私の勢いに押され、ありがとう、と受け取ってくれた。


「ありがとう、凄い、凄く嬉しい。凄く大事にするし毎日使う」


 レオヴァルトさんも、すごい、を繰り返した。私たちは、すごいしか言えていないことが可笑しくて、顔を見合わせて笑いあった。レオヴァルトさんはすごく(・・・)喜んでくれて、早速髪にそれをつけてくれた。


 そしてどこかくすぐったい空気を連れたまま、私たちは夜に並んで打ち上がる花火を見た。




 別れ際、レオヴァルトさんの後ろ姿を見送った。そこには私の贈った髪紐がきらきらと揺れていた。


 私はそれがとても嬉しくて、この日々が終わっても、彼はあの髪紐を使ってくれるだろうか、と思って




 私はようやく、この優しい日々の終わりが近いことを自覚した。






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