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草むしりと心の木  作者: 紬夏乃
草むしりと心の木

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11/19

9ヶ月目

 





 私は、孤児だ。


 多いというほどもおらず、でも少ないとは言い切れない孤児たちは皆、冒険者組合預かりとなる。冒険者に向いていなかったり、他に進みたい道を見つけたりすることもあるが、孤児のそのほとんどが身を立てようと目指すところが迷宮だからだ。


 冒険者組合本部に併設された孤児院は、優しいけれど、厳しいところだった。職員のほとんどは、なんらかの事情で現役を退いた元冒険者たちだった。その事情を彼ら彼女らは深く語らなかったが、なんとなく察せることはあった。自分たちが失った者のようになるな、迷宮から帰って来い、と。だから自然と厳しくなるのだ。


 私がいつどうして孤児院に入ったのかは覚えていない。ただ気付けば私はそこにいて、それをそういうものとして受け取っていた。


 迷宮に初めて入ったのは5歳になった頃だった。孤児たちは皆そうして、職員に見守られながら薬草を摘む。第1階層の草原で、遊ぶように、慣れるように。


 大きくなるにつれ、戦い方を教わりながら。


 この街の子供たちは、12歳になるとこれと決めた職場に見習いにはいる。冒険者を目指す場合も12歳になれば冒険者見習いになれるから、それを目指して爪を研ぐのだ。冒険者見習いになるか、違う道を探すのか、12歳がひとつの分岐点だった。


 私が8つになった頃、なんとなくもう、自分に戦う才能がないと気付いていた。それでも私は必死に迷宮にしがみついた。迷宮よりも、外の世界が恐ろしくて。


 自分は要領がよくないとわかっていた。臆病で人見知りなことも。


 年上の外を目指す子たちが、12歳になるまでにと冒険者組合の伝手を頼って見習い先を探し、自分を売り込んでいくのを見て、とてもできないとそう思った。知らない人も、知らない世界も、そこに行かなければならない自分も、すべてが恐ろしかった。




 ニレさんと出会ったのはそんな頃だ。そして私は迷宮にしがみつく手段を手に入れ、今もそうしてしがみついている。




 §




「一緒に、第5階層に行かないかな」


 珍しく軽装備で現れたレオヴァルトさんが、そんなとんでもないことを言い出した。


 第5階層、そこは、間違いなく私にとって死地だった。


「だい……?」


「第5階層。リナリアに、見せたい場所があるんだ。僕が一緒だから安全は保証するよ」


 1人で行くのは絶対にだめだけど、とレオヴァルトさんは言った。行かないというか、そもそもたどり着けないのだけれど。


「ごっごご5階層だから、いつもと違って装備を整えているの……?」


「本当は浅層ならシャツで充分なんだけど、見た目にリナリアが安心するかと思って」


「あんしん」


 安心感は確かに、まあ、確かにある。シャツで歩かれるよりもよっぽど。


「そもそも、浅層で魔物を見かけることはないんだ。魔物が寄ってこないから」


「魔物が」


「魔物が僕を避けて通る」


 彼はなんだかとんでもないことを言った。


「絶対、ぜったい私でも大丈夫……?」


「少しでも危ない可能性があれば、僕は絶対に貴女を誘わない」


 彼は揺らぎない自信でそう言い切った。きっと、彼にとって第5階層とは、そういうところなのだろう。


「じゃあ、行ってみたい……!」


 私はそう答えた。




 そうして私はレオヴァルトさんと迷宮を歩いた。第3階層も、ごつごつと鍾乳石が立ち並ぶ第4階層も抜けて、巨大な地下洞窟、第5階層にでた。


 上を見上げれば天井が満天の星々のように青く輝いていた。


「あれは、天井の岩自体が光っているんだ」


 レオヴァルトさんはそう教えてくれた。


 巨大な地下空洞を、巨大な深い割れ目を横にして慎重に歩く。周囲には高く石柱が乱立していた。私は好奇心できょろきょろしないように、しっかりレオヴァルトさんの横について歩いた。


「あの岩の上なんだけど」


 しばらくして、レオヴァルトさんが示したのは、そびえ立つ巨大な石柱だった。


「へえ…………?」


 何を言っているんだろう、と私は思った。


「リナリアが登るのは大変だから、僕が担いで登るね。リナリアはしっかりと目と口を閉じていてね」


「わ、わかった……!」


 もうここまで来たのだからレオヴァルトさんが大丈夫といえば大丈夫なのだろうと、私は目をぎゅっと閉じて口を噤んで手でしっかりと押さえた。


 レオヴァルトさんはそんな私を驚くほど簡単にひょいと持ち上げて、私の体はなんだか信じられないほどにびゅんびゅんと風を受けた。




「もういいよ」


 地面に降ろされ、そう言われておそるおそる目を開くと、そこは、岩に瞬く満天の星々の光を受け青白く発光する、たくさんのたくさんの花が咲き誇る花畑だった。


「きれい……」


 私はこの美しく静謐な花畑を壊してしまわないように、吐息に声をのせてそう言った。


「これが見せたかったんだ」


 レオヴァルトさんもささやくようにそう言った。


「とても綺麗でしょう?」


 レオヴァルトさんはこちらを見て、晴れやかに笑った。




「この花は、摘んで乾燥させれば薬の材料になるんだ」


 私は花を見る目を変えてしまった。











 §




 年の終わりの3日間、街は静かに眠りにつく。


 年が明ければ、15歳になった新成人たちが巣立っていくから。それは、ひとり立ちして新たに自分の住居を構えることだったり、見習い先に正式に就業することだったりするけれど、年の終わりの3日間は、皆家族で家にこもって過ごすのだ。


 祝うように、別れを惜しむように。


 年頃の子供がいない家庭も、皆々、そうやっていずれどこかで来る別れに備えて家族でぬくもりを分け合って過ごすのだろう。


 私は15歳でこの部屋に居を構えて、それからずっと1人でこの3日間を過ごしている。孤児院では、家族のいない職員と子供たちと、身を寄せ合って過ごしていた。




 私は今年初めて、家族で過ごす3日間はどんなものなのだろうと、そんなことを考えた。






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