発生、スタンピード
今回、戦闘シーンはありません。
「ビーノ様!」
私達の部屋のドアが乱雑に叩かれる。
「どうしたの!?」
使用人がこんなに慌ててるという事は、何かあったに違いはない。
「スタンピードです!魔物の群れがこの街に!!」
「もう来たか…」
戦力は多い方がいい、私達も向かうか。
「サフィー、すぐに着替えてハーウェイの所に行くわよ。」
「はい!」
私達は、まだパジャマ姿だ。
このまま行けば、変な目で見られるだろう。
すぐに着替えて、ギルドに向かった。
「まさか、ハーウェイが前線で戦ってるなんて…」
「ギルドへ行ったのは、無駄骨でしたね。」
ギルドに行ってみたものの、冒険者は一人もおらず、受付嬢に前線に行くように言われた。
細かい事は、ハーウェイに聞けって事だろう。
「あー、ハーウェイはあそこに居るのね。」
遠くで、精霊の力と大きな魔力が動くのを感じた。
「サフィー、私が抱えて走るから。」
「はい!」
私は、サフィーを『お姫様抱っこ』というやつで抱える。
気のせいじゃなければ、サフィーは笑っていたと思う。
キモイおっさんが向けてくる様な、少女が見せていい顔では無かった気がする。
今見ても、真剣な顔しかしていないけど…
まぁ、いいや。
私は、気持ちを切り替えて、身体強化を発動する。
風の抵抗が激しいので、風魔法で中和する。
「速いですね!お姉様!」
サフィーは、なんだか楽しそうだ。
私は、壁のすぐそばまで来ると、身体強化を全力で使って、ジャンプした。
当然、市壁の上に乗れるほどのジャンプ力は無い。
だから、小さなくぼみにつま先を入れて、駆け上がる。
「ハーウェイ!」
私は、壁に登ると、ハーウェイを呼ぶ。
すると、向こうからハーウェイが走ってきた。
「サフィー、降ろすよ。」
「え〜」
サフィーは、文句を言いたかったみたいだが、周りに人が居ることを考えてか、素直に降りてくれた。
「丁度いい所に来てくれた!」
ハーウェイは、歓迎してくれるらしい。
「私達は、何をすればいい?」
「あまり、貴女達の力を見せたくないからな、怪我人の治療を頼む。」
私も出来るだけ力は隠しておきたい。
「分かったわ、治療はサフィーに任せてもいい?私は怪我人を運ぶから。」
「分かりました。」
私は、もう一度サフィーを抱き上げると、壁から飛び降りた。
「ギルマス、さっきの二人は?」
「私の知人だ。今回の件が革命派の魔族によるもの、という情報を掴んだのも彼女達だ。」
私の知人ということにしておけば、ある程度は誤魔化せるだろう。
ギルマスの知人なら、少しくらい強くても、不思議じゃない。
「信用出来るんですか?」
「ああ、縛られるのは嫌いらしいが、頼みは聞いてくれる。余程のことがない限り、裏切られる事は無い。」
「余程のこと?」
例えば、サフィーちゃんに手を出すとかだろうか?
妹を溺愛するビーノちゃんが、そのことを知れば、街が消し飛ぶだろう。
後は、オークションで姉を取られたとかか?
だが、夜に襲撃を仕掛けて、奪い取る計画をしている。
殺されない限りは、大丈夫のはず。
「取り敢えず、味方という事でいいんですね?」
「ああ、二人は味方だ。」
というか、絶対に敵に回したくない。
巣全体を爆発して、破壊するような事が出来るんだ。
街を更地に変えるなど、容易く行ってしまうだろう。
何より、二人は魔物だ。
それも、マンイータービーと呼ばれる危険な魔物。
人を殺す事に抵抗が無い。
だからこそ、大量殺人などを、平気で行える。
敵に回せば、その犠牲になるのは街の人達だろう。
「街の人が虐殺される、か…それだけは避けなければ。」
私は、怪我人の治療をしている二人を見て、そう呟いた。
「もう大丈夫よ、すぐに良くなる。」
私は、深々とやられた上に、毒をくらった冒険者をサフィーの所に連れてきた。
「お姉様、人手が足りませ。」
「分かったわ、誰か!応急処置程度の手当てが出来る人はいる?」
私が呼びかけると、何人かはやってきてくれた。
「駄目ね、少ししか集まらない。」
「お姉様は出来ますか?」
「ええ、もちろん。」
応急処置くらいなら出来る。
「じゃあ、お姉様がその場で教えてあげて下さい。」
「私が?」
でも、人手が足りない事は事実だ。
私は向き直って、
「誰か!手の空いている人がいたら来て!」
今度は、結構な数の人が来てくれた。
「手先が器用な人は残って。細かい作業が苦手な人は、怪我人を運んできて。」
私がそう言うと、半分くらいが走っていった。
「じゃあ、これから応急処置の方法を教えるわ。よく見てて。」
私は、全員の前でお手本を見せる。
「分かった?もう一度するから覚えてね。」
私は、運ばれてきた怪我人に応急処置をする。
「はい、じゃあやってきて。分からない所があったら、出来る人に聞いて。」
私は、新しい怪我人をサフィーの元に運ぶ為に、テントまで走った。
「教えてきたわ、この人もお願い。」
「分かりました。」
サフィーは、回復魔法を使って怪我人の治療をしている。
戦場で、こういった治療師の存在は必須だ。
私は、共鳴を使ってサフィーの手伝いをする。
「魔力は、好きなだけ使っていいからね?」
「分かってます。お姉様の魔力が尽きるなんて、いったい何人治療しないといけないんでしょうね?」
数万人くらいだろうか?
いや、それより新しい怪我人を…
「チカを助けてくれ!!」
私がテントを出ようとした時、腹を抉られた女性を抱えた冒険者が、やってきた。
「分かったわ。この人は治療しておくから、貴方は持ち場に戻って。」
「本当か!?チカは大丈夫なのか?」
鬱陶しい…
「妹が治してくれるから、貴方は持ち場に戻りなさい!」
私が怒鳴りつけると、
「分かった、チカを助けてくれ。」
それだけ言って、出ていった。
「女々しいやつですね。」
サフィー、流石に可哀想だよ?
私以外の存在をどうでもいいと思ってるサフィーは、すぐに辛辣な言葉が出てくる。
「恋人なんじゃない?それか片思いか。」
「そうですね…内臓がやられてますね。」
サフィーは真剣な表情になる。
回復魔法を使いながら、
「共鳴を使ってるなら、高度な回復魔法を使えますよね?私の代わりに治療してください。」
サフィーは、忙しいのか私に任せてきた。
サフィーと共鳴している今なら、高度な回復魔法を使える。
それで、治療しろという事だろう。
私は、サフィーのを見ながら回復魔法を発動する。
真剣な表情のサフィーもかわいいわね。
「真剣にやってください。」
「共鳴をしてる間は、以心伝心だったわね。」
これ、夜に使ったら面白い事になりそうね。
『そうですね、またやりましょうね?』
そうね、今から楽しみね。
「さぁ、集中しましょう!」
話しがそれたので、声に出して気合を入れる。
まずは、チカ?だったはず。彼女の治療からだ。
私は、集中して回復魔法を発動した。
回復魔法が使えたら、医者として儲けられるかな?




