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007 長女の願いを叶えよう



 茶会を終えたエリンは自室に戻ると、部屋着に着替える。


 

 ドレスはハンガーに掛け、廊下の外に出す。



 居室外のドアノブに【立入禁止】と書かれているプレートをかけて室内に戻り、防音を施してから椅子に座る。



(使ったということは、()()()()()()()が起きたってこと。)



 茶会を引き上げようとした時、エリンが身に付けていた右手のブレスレットがチリ…と熱くなり、オレンジ色の光を帯びた。


 

 鍵付きの引き出しを開け、ノートパソコン型のモニターを取り出す。



 といっても。



 ガラス職人に頼み込んで開発した壊れにくいガラス板を嵌め込み、ゴムの樹脂で作った薄めのカバーをしただけの物なのだが。



 液晶テレビのような映像機能の類は、この世界には存在しない。



 それでも、魔力で撮り込んだ映像が管理できるようにと、サーバー的な物として作ったのだ。


 尤も、作成者はエリンではなく、アステリ領に住む領民で、こんなのが欲しいなぁと工房に入り浸った結果のため、開発の登録標章は領民に取らせている。



『標章の30%はエリン様の取り分ですからな!』



 職人の親方は、要らないと首を振ったエリンの言葉などは無視して笑い飛ばした。



 ある程度の収入源がそこらかしこに用意されているため、侯爵家を出たとしても、それなりに過ごせるだけの額はある。



 クリスティが撮ったと思われる動画を再生したエリンは、思い切り眉間に皺を寄せた。



『ウィル様ぁ……ここ、外ぉ。』



『私がイザベラとの愛に、場所など気にする筈がないだろう?』



『ふふっ、私もウィル様を愛してますぅ。』



 四阿の腰掛けに背を持たせた男の上に跨る女の尻に手をやりながら互いに口内を貪り合っている姿が映し出される。



 聞こえてくる馬鹿げた音に、エリンは表情を歪めたまま舌打ちした。



『ウィル様ぁ、今度の週末は私と一緒ですよぅ?』



『あぁ、勿論だとも。』



 男の右手が女が着る制服のブラウスのボタンを外し、スカートの裾下に手を入れて下着を膝まで下ろしていく。



「ほんと、くだらない。」



 映像を見終えたエリンは保存と複製の作業を終えると、女の写真を1枚印刷して全ての機材を片付けてから防音を解く。



「ノア。」



 黒い短髪の良い日焼け肌な男が音もなく室内に姿を現す。



 体躯的には細身だが、スラリとした身長はハロルドより少し高いくらいだろうか。



 麻布の半袖に七分丈のズボン、靴音すらも部屋に響かせず、紫の眼がエリンを捉えた。



「お嬢、顔が怖くなってるぞ。」



「コイツに張りついて。」



 印刷した顔写真をヒラヒラさせるば、ノアはパシリと手に取った。



「イザベラ=カスティーア男爵令嬢にか?」



「使えそうな映像、全部押さえてきて。嫌な気分になっても、私の代わりに全て見て、聞いて。クリス姉様の願いを叶えるものを、私の為だけに一切合切揃えてきてくれる?こいつ潰すから。」



 最後に切ったエリンの啖呵に、ノアはゾクっと背筋を震わせる。



 久々の感覚に、ノアは口角を上げる。



 片膝をついたノアの首に、カチリと息をするのに邪魔とならない程度の金色の輪が巻かれ、留め具で封印される。



 ヒヤリとした感覚に、そのまま滑るようにして添われたエリンの人差し指から熱を帯びていく。



「私の犬なら、完遂してきてね。」



「仰せのままに。」



 左手で右手を掬い取り、手の甲にキスを落としたノアは姿を消して屋敷から気配を消した。



 ふう、と息を吐いたエリンは忘れていた化粧を落とす。



 そういえば、と傍らに置いていた化粧水の瓶を手に取ってボンヤリと鏡を見やる。



 クリスティを会頭にして立ち上げた化粧品ブランドの収支は黒字であり、順調な利益を上げている。



 季節ごとの香りや、瓶のラベル変更など。



 女性が働ける環境作りの一環として、何の気無しに父親に提案した産休・育休の制度は【子育ては母がするもの】と厚かましい前世の記憶を打ち払うべくして、この世界に馴染んでいけるような観念を模索してもらったが。



 働き方の改革については、クリスティが前世の記憶保持者であることが後押しした。



 更に言えば、美容部門における商会の立ち上げはクリスティ自身の〝着飾る物への興味〟のお陰でしかない。



(意外と、中世ヨーロッパ寄りな感覚がするけど。どちらかと言うと、某RPGが入り混じりかな。)



 カメラは開発されているが、テレビは無い。



 但し、ラジオは魔石を利用して開発されており、実用化まで僅かなところ迄こぎつけている。






 コンコンー






 聞こえてきたノック音にエレンが返事をすれば、扉をあけてクリスティが顔を出す。



「エル。少し、構わない?」



「飲み物を用意します。珈琲と紅茶、どちらが良いですか?」



「紅茶にするわ。」



 扉を閉じたクリスティは、カントリーテーブルの傍らにある椅子に座り、エリンが魔法を使わずに淹れる紅茶を待つ。



「ハロルド兄様が愚痴を溢されていたわ。貴女が魔法で淹れる時と、貴女自身の手で淹れてくれる時では全くもって味が変わるって。」



「生活魔法に感情までは込められませんから。」



「ふふ、そうね。」



 穏やかな表情を浮かべたクリスティは、自分よりも20センチ程は背の低い妹の姿を見つめる。



「貴女は、私よりも大人ね。」



「子供ですよ?我儘ですし、自己中心的ですし。クリス姉様のように、美容や服飾関連への興味は持てませんから。」



 カチャ、と白磁器の音が少しなるが。



 紅茶の入ったソーサラーをテーブルに置き、部屋に備え付けられているコンロで小さな豆を煎り、小皿に乗せて茶菓子として出した。



「ん、美味しいわ。」



「クリス姉様が仰っていたカフェで飲み物だけを頼んだ時のオマケ的なやつですね。」



 エリンもまた向かい側に座ると豆菓子を口に放り込み、カリ、という音を立てて塩味を感じて、紅茶を喉に通していく。



「それで、クリス姉様。御用向きは?」



「エルに貰ったブレスレットを使う機会があったのよ。おそらく、これからも回数を重ねていくはず。私は《悪役令嬢》になりたくない。悪役なのは、王族や貴族たる行動を為さない者でしょう?」



「悪役の定義がなんたるところか、の議論は止めておきましょう。ただ、今日あったことなら既に把握しておりますので。」



 驚いたクリスティは目を瞬いた。



「その上で、確認致します。クリス姉様は、イザベラ=カスティーアというピンク頭のお花畑を潰すということで構いませんね?」



「ええ、お父様達にも話をしているわ。それでね、エル。明後日の午前中に、我が家にシエラ様を招待しているの。貴女を紹介したいとしてね。」



「シエラ様、ですか?」



「ええ。シエラ=ユースフル伯爵令嬢。パランクス公爵家の三男であるセイロン様と婚約されてる。私が家族の皆に相談して、エルから2人行動をするようにとの進言を受ける前からの仲ではあるのだけれど。なるべく一緒にいるようにしてるの。」



「その方に会えと?」



 首を傾げたエリンに、クリスティは頷いて肯定する。


 そして、ブレスレットをしている左手をエリンの方に伸ばして、右手の人差し指を添える。



「これに準じた物を、シエラ様にも用意出来ないかしら。」



「理由は?」



「お花畑が音楽室でセイロン様と睦み合っているのを見たのよ。」



 左手を己の前に戻し、右手でブレスレットを握りしめ、端正に整った顔を歪める。



「エルから貰う前日に。」



「それは……我がクロノス侯爵家に降りかかる災難を避けるべくして作り上げた物です。ユースフル伯爵令嬢を助けて、我が家に何の得がありますか?」



「彼女は伯爵家唯一の子。分家筋も血が近いから、なるべく婿を取りたい。ユースフル伯爵領は、養蚕業が盛んで良質な絹が生産されているわ。」



「弱い、ですね。」



「難しい?」



「私の一存では。父様や兄様たちに相談してからになると思います。」



 クリスティは扇子で口元を隠して唇を噛む。



「クリス姉様が既に紹介するともう仕向けている以上お会いするのは構いませんが、()()に関しては既に管理を含め全て私の手を離れています。矛にも盾にもなりうるものだからと。」



「そう、致し方ないわね。」



 クリスティの言葉に、エリンは言葉を返さず、肩を竦めるに止めた。

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