055 金狼の事情
「嬢ちゃん、戻ろう?」
ハロルドが言った先を今にも泣きそうな表情で見つめるエリンに声を掛けるには、勇気がいる。
ましてや、今はノアがいない。
ガイにとって置かれている状況が不都合過ぎるのは否めなかったが、襲われていたんだろう展開が分かるだけにエリンを独りにする訳にはいかないのは理解している。
(なんでいねぇんだよ、アイツは!!)
領分ではないのだと自覚しているだけに、ガイはガシガシと頭をかく。
しかし、このまま同じ場所に止まっている訳にもいかない。
意を決したガイは、エリンの手を取ってハロルドが向かった方向とは反対に歩き出す。
「ガイさん!?」
「ちょっと、俺と歩こうか。」
「はい?」
ハロルドに指示された侯爵家の屋敷がある方向でもないところに歩いていく。
ガイの金糸が風に靡いた。
今のエリンに必要なことは、話を聞く場所と時間を作ることだと判断し、少し足早に歩き出したのを徐々に落とし、エリンの歩幅に合うように歩く。
「俺の家さ、嬢ちゃんとこと同じ6人兄弟なのな。」
エリンは何も答えない。
「一番上が姉貴で、男が4人続いて、末っ子が妹。俺、5番目の四男。そんな立ち位置にいたから、当然領地も持たなけりゃ、兄貴のスペアにすらなんないわけよ。」
ガイは、握った手を振り解かれないことにホッとする。
「ジェノヴァ共和国は、貴族学校もありはするんだけどさ。どうせ家を継ぐことなんて無ぇから、軍人の養成コースがある学院に通ったわけ。姉貴は同じ公爵位を持つ家門に嫁いで、兄貴ら3人も皆、なんだかんだで嫁さん貰った。甥っ子と姪っ子が全部で11人。兄弟ん中で、俺だけが軍人やってる。」
「仲は……いいの?」
「可もなく、不可もなく、だな。大体、一族が集まる度に結婚はまだかて嫌味言われて、ガキどもには小遣いせがまれ、欲しいもの強請られまくって。終いにゃ何でイナンナ皇女を嫁にしなかったのかと叱責され。意味わかんねーってな。」
「家格としては…」
「釣り合うってんだろ?だけどさ、四男坊なんてたかが知れてるじゃん。俺は、適当にユーリの下で軍人やって働いてりゃ食う寝るには困らないから要らない枷だろ、帝国の皇女様なんて。」
「軍人してる方が、楽しい?」
「ん、そうだろうなぁ。おっと……喉渇いてきたな。嬢ちゃんも飲む?そこのレモンジンジャー。」
「……うん。」
ニィッと笑みを浮かべたガイは屋台で2つ購入すると、近くにある広場のベンチに移動する。
「はいよ。」
ベンチに座ったエリンに飲み物を渡すと、ガイも隣にドカッと腰を下ろした。
「それなりに付き合いあったんだ……ノア、当時のエドとはな。」
「うん。」
「寄宿舎が同室でさ、アイツとは。元々、同年代で家格も近いことあって、親父の仕事関係から何やらで、ユーリは兄貴の方と、俺は弟の方と付き合いがあって。ジェノヴァ共和国の元首は世襲制を敷いてるけど、幾つかの家から選挙で元首を選んでるんだ。」
「…選挙?」
「そ。俺、若しくは私が国を代表しますって立候補した奴から国民が選ぶんだよ。ノアから聞いてない?」
「あ…そう言えば『王族って概念はない』って言ってた。ジェノヴァ共和国の文献、クロノスの図書室でも余り無くて。紀行文とかあれば別だったかもだけど、娯楽性の高い本は無かったし、余り読み込めてなかったかな。」
「ははっ。まあ、嬢ちゃんは博識だよ、間違いなく。」
ガイが笑い、エリンの頭を撫でる。
「気にしすぎないこった、そーゆうもんは。嬢ちゃんは、まだ未成年なんだからな?ハロルドは成人してっから、後のことを考えなきゃならない義務がある。ユージーンは次男としての立ち位置を理解して生きてきたんだから、覚悟は出来てるんだろうさ。でも、嬢ちゃんは違う。ハロルドやユージーンが決めた選択肢に身を委ねて全然構わないんだ。」
「依存し過ぎるのは…」
「兄妹なんだから、甘えたり我儘言うのは当たり前だろ?」
ガイの言う〝兄妹なんだから〟は、エリンにとって死活問題だ。
エリン=クロノスとして生きるのに、前世の性格と記憶が全て残っている身としては。
心が外見についていかない、噛み合わない歯車。
いつ、いかなる時でもついて回る問題。
「ガイさん。」
「ん?」
「今回の旅が終わってからどうするか、決めました。」
「……何を?」
「私も、いい加減に覚悟決めなきゃ。」
この世界で。
生きていく為の覚悟。
「嬢ちゃんの心が、ちゃーんと納得してんなら良いさ。ハロルドにしても、ノアにしても。嬢ちゃんが本気で決めたことなら、反対なんざしないだろうよ。」
「お兄ちゃん……か。」
「ん?」
「ハロルドとユージーンとは、違う性質の〝お兄ちゃん〟がいたもんだなぁ、と。」
少しだけ頬を弛めたエリンに、ガイは微笑う。
「跡継ぎでもなけりゃ、スペアでもないからな。言ってることは適当だぜ?」
「それでも。」
「………」
「私が今、一番欲しいと思った空気をくれたよ、ガイ。」




