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054 隠してきた爪

 クロノス侯爵家の当主シルヴィウスと、弟のシリウスは歴代の中でも力のある光陰である。


 ロタールの王位継承権放棄を支えた後も、数々の仕事を表裏共にこなしてきた。


 その後継たるハロルドとユージーンの強さは、昨夜思い知らされたばかりというのに、系譜を奪えると欲をかいたシリウスの子らは、当主の家系が持つ圧倒的な権利をも求めて一斉に攻撃を仕掛けた。


 全て重力をかけてボキボキに骨や内臓を一箇所ずつ潰した上で、ハロルドがフィリップとギルドのタグを得た時に旅した僻地たる僻地に座標を設定して飛ばした。


 当然、朝になっても誰一人として生還出来ていない。


 これに焦りを感じたのが、シリウスである。


 本来であれば、ユージーンを陰の主として手足となれば良かったのだが。


 転がり込んできたクロノス侯爵家の当主の座は、余りにも魅力的過ぎたのだ。



「エリンを潰せ!それで、ハロルドとユージーンは使い物にならなくなるはずだ!!」



 そう指示を飛ばしたのは、他でもない、クロノス侯爵家当主であるシルヴィウスの弟だ。


 誰もが弱点だと判断されるエリンを創り上げたのは、他でもない、クリスティの流布した噂なのだが。


 実際に噂が流布された後、シリウスはエリンと対峙しているのだが。



(つけられてる……ざっと、10人ちょい。もう、我慢しなくていいって、ジーンが言ってた。ハロルドも良いって頷いてた。だったら、売られた喧嘩は買わなきゃ、ね?)



 行き先をハロルドがいると索敵した場所から変える。


 方向を転換して行き着いた先は。


 エリンがヒラリと侵入した敷地は、シリウスが陰のアジトとして使っている場所である。


 手首を回し、ポキポキと音を鳴らす。


 エリンは、回した手首の先に続く手のひらを上向きに広げる。


 そこに幾つもの笏丈を模った小さな金属が浮かび上がる。


 笏丈の周りはパリッと冷気を持ち、一斉に散開するとエリンの周りを囲んだ者達を各々五つの方向から取り囲んだ。



「相生相剋。」



 それぞれの色を帯び、対象の動きを奪う。



「戻れ、元あるべき場所へ。それを命じた者へ、行え。お前達が命ぜられた行動全てを……自縄自縛(オート・ビンテント)。」



 ぐるん、と目が回り、色が消える。


 ダラリと腕を垂らした者達は、一斉にアジトとしている屋敷の中へと消えていく。


 オレンジの髪を揺らし、座標索敵(ヒューコード・サーチ)を唱えて、エリンは敷地を後にする。


 ハロルドとガイがいる場所は、そこまでは離れていない。


 カフェやショップが立ち並ぶストリートに出たエリンは、久しぶりに歩く王都の街並みを堪能する。






 パリンッー






 浮かんでいた氷の結晶が一つ、小さな音と共に消える。


 パリン、パリンと立て続けに結晶が消えていく。


 最後の結晶が消える頃、漸くエリンの視界にハロルドとガイの姿が入る。



「エル!?」

「嬢ちゃん!?」



 エリンに気付いた2人は驚きを隠せない。


 合流を果たしたエリンは、安堵の表情を浮かべる。



「今日はシャルロッテ嬢と会うんだったろう?こんなに早くお開きになったのか?」



「シャルなら、ジーンとお茶してると思う。」



「エル?」



 続きを聞こうとした瞬間。


 ドォンーッ


 軽く地面が揺れ、先までエリンがいた敷地の方向から黒い煙と炎が立ち昇っていく。


 街を行き交う人々の視線も注がれ、建物から様子を確認しようと出てくる人たちもいて、一気に騒がしくなる。


 バタバタと騎士団や自警団がダーッと走り抜けていく。



「俺も様子を見てくるから。ガイ、エリンを「その必要は無いよ。」………エル?」



 エリンが言葉を遮ったことで、ハロルドは眉を寄せる。


 何を、と問おうとした時、エリンが口を開く。



「後の判断は、お父様がすべき事。私が時を止めている間に攻撃を仕掛けていれば、違う結果になったかもしれないけれど。」



 何が起きたかの想像はついた。


 エリンを攻撃してくる可能性のある者は、昨晩の件で誰であるかは容易に判断出来る。



「怪我はしてないんだね。」



「うん。」



「怪我してないなら、それでいい。だけど、1人で出てきてどうするんだ?」



「ジーンが言ってた。」



「何を?」



「クロノス侯爵家は、ジーンが継ぐって。しかも〝光も陰も全て〟って言ってた。だから、私は〝何も我慢しなくていい〟って。」



 それが何を意味するのか、分からない訳じゃ無い。


 シャルロッテが感じた〝色〟も、強ち間違ってはいない。


 ただ。


 エリンには、ハロルドが過ごしてきた年数を奪うだけの覚悟が足りないのだ。


 どれだけ長く生きていようと、転生していようと。


 重ねてきた沢山の事を捨て、一途に思ってもらえるほどの価値が、自分にあるのかが理解出来ない。



「ねえ、ハロルド。ジーンは、私に何を伝えたの。」



 喧騒としているはずが、ハロルドとエリンの間だけ別の空気が流れている。


 この状況に、ガイは「勘弁してくれ」と言えず。


 ただ、エリンが話していることが、本来側にいるべき者がいない代わりに、目を逸らしてはならないとだけ、本能で理解する。


 エリンは、ハロルドの両腕を掴む。



「ハロルド。私は、ジーンに何を聞かされたの?」



「……言葉のままだよ……」



 息を小さく吐いたハロルドを、エリンは見上げる。



「俺は、伴侶を迎えて侯爵家の当主になるだけの覚悟は出来ない。ジーンなら、シャルロッテ嬢と一緒に侯爵家を盛り立てて次の世代に系譜を繋いでいける。だから、俺とジーンで話して決めたんだ。」



「私の意志は?」



 震える声。


 ハロルドの両腕を掴むエリンの手も、微かにだが震えている。


 ハロルドは、掴まれている腕を剥がした。



「これまでと同じだよ、エル。」



「同じ?」



「エルは、ノアと一緒に前を向いて歩いていけばいい。動向を確認したいやつも残っているだろ。今この時、起きている状況も鑑みて動くには、このまま俺が次期当主の位置にいることは、クロノスにとって最良の手段じゃ無い。」



 ハロルドは、漸くガイに視線を向ける。



「エルを連れて、侯爵家の屋敷に戻っていてくれ。ユージーンがシャルロッテ嬢といるだろうから、2人のところへ行き、防御を強化して。」



 ガイが頷くのを確認するや否や、ハロルドは黒煙の上がる方へと駆け出していく。


 現場では消化活動が行われているが、火は完全に消えてはいない。


 サワサワと頬に当たる風に、ハロルドは何が起こったのかを観るべく能力を使用する。






『戻れ、元あるべき場所へ。それを命じた者へ、行え。お前達が命ぜられた行動全てを……自縄自縛(オート・ビンテント)。』



 エリンを囲んでいた影達は、全て屋敷の中へと駆ける。


 ばたんっと勢いよく開いた扉の先に立っていたのは、他でもない、シリウスだった。



『なんだ、お前達。エリンの始末は済んだのか!?』



 目の色を失った影達は、それぞれが武器を構えてシリウスへと襲いかかる。


 慌てたシリウスは攻撃を避けるが、手を休めない影達の口からは『殺せ』とポツリ、言葉が落ちていく。


 止まぬ部下達からの攻撃に、シリウスの表情が歪む。


 自分の置かれている現状がエリンの術に因るものと理解するまでに時間はかからなかった。



『くそぉっ、あのガキにここまでの力が!?』



 己が死する訳にもいかず、シリウスは部下の首をひとり、二人と撥ねていく。


 人の形を為したものから流れだすドロリとしたものの上に、5つの色を帯びた笏丈が浮かぶ。


 やがて、全ての影はシリウスに処分された。


 荒れた息を整えようと肩を揺らしていたシリウスが異変に気付いたのは、すぐのこと。


 笏丈全てがパリンと音を立て壊れるのと同時に、室内は爆発し、ゴオッと一気に火の手を上げたのだった。


 遺体は高温を極めて人の形をしていた者を骨も残らず灰塵と化した。






 ハロルドは一連の流れを観て、火消しに走る者たちに気付かれることなく、その場を後にする。


 消化活動が終了したのは、5時間後。


 人的被害が確認されず、小火か火付けかの証拠も無いために、事件は淡々と片付けられることになる。


 土地の所有者であるシリウス=クロノスの名で調査不要の所管が王城に届けられたこと、更に、消火活動に従事した者達への手当を十分にしたことも、調査打ち切りを後押ししたのだった。

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