052 兄達の意志
自室に戻ったハロルドは、エリンを寝かせた後で寛いでるユージーンの姿に笑みを零す。
ユージーンは、肩を透かしてハロルドを見やる。
どこかスッキリとした表情に、ユージーンは軽く口角を上げる。
「決めたんだ。」
「ああ。」
「そっか……いいんじゃない。エルが自由に生きるためには、僕やハロルドが覚悟決めなきゃ。」
ベッドから降りたユージーンは、ヒラヒラと手を招く素振りをしながら、エリンが見える位置に移動させたソファに座る。
ハロルドもまた、隣に腰を下ろした。
「ジーン。」
「ん?」
「光陰と次期当主、任せるぞ。」
「今更じゃない?」
「んー…」
「ハロルドが遅いんだよ。僕はもう、2年前に覚悟を決めたっていうのにさ。」
「シャルロッテ嬢を婚約者にした時、か。」
そう言うと、ユージーンは笑みを浮かべて頷いた。
「僕は、自分が歪んでる自覚がある。シャルに会ってからは緩和されてると思うんだけどね。でも、やっぱり僕の中じゃエルの比率は大きいんだ。ハロルドが早いとこ攫えば良いのにって思ってたけど、ノアの存在もデカいじゃない?」
「エルの世界を広げていけるのは、ノアかラファエル辺りかなと思う。エルが気付くまで……フォローしていければ良いかなって。」
「なにそれ、ノアの兄貴まで誘惑してんの?ジェノヴァ共和国の元首だっけ。報告には聞いてたけど、まさか…」
ユージーンは、眠るエリンを目を細めて眺める。
乾いた笑いをしたハロルドは、ユージーンの頭を撫でた。
眉間に眉を寄せ、軽く払う。
「なに?」
「頼んだぞ、ジーン。世界の情勢は、ちゃんと己の目で見て報告するから。」
「王城の文官仕事、どうするの?」
「レオナルドの補佐に就くって事で、本人には既に打診して承諾の返事も貰ってるよ。」
「なるほど。あの人も王位継承権を放棄するから自由人か。まさか、フィリップ卿まで自由人にならないよね?」
「ならないよ。辺境伯領は、アイツが継ぐ。」
一旦言葉を切り、ハロルドはエリンに届かないようにラングホルムと同様の結界を張り、一気に殺気を放つ。
久しぶりの兄が放つ殺気は、ユージーンの肌をざわつかせ、息を呑ませる。
理由が分かるだけに、ユージーンもニヤリと口角を上げて重力を操作した。
「甘く見られたもんだな、ジーン?」
「本当にね。」
「さて。何人が正常に戻ってこられるか、試してやろうか。誰を敵に回したか、後悔しても、遅い。」
ブワッと吹き荒れた風邪の中に右腕を伸ばし、呪文を唱えて魔法陣を展開させる。
展開された魔法陣は全て、転移魔法陣。
侯爵家の邸内にあった不穏な気配51は一気に消えた。
「僕、ハロルドを敵に回さなくて正解だった。」
「ん?」
「遠慮なさすぎでしょ?正常な状態で帰還できるようなところに飛ばしてるわけないだろうに。」
「そうでもないさ。ジーンが同じ思いでいてくれるから、俺は好きに動けている。俺の方こそ、ジーンが敵に回らなくて良かったよ。」
「お互い様、か。」
ふ、とユージーンが笑みを溢せば、ハロルドもまた「そうらしい。」と言って笑みを浮かべたのだった。
「じゃあ、エルの力も解放するように封印を解いちゃおう。」
ゆるりと立ち上がったユージーンは、ベッドで眠るエリンの傍らに静かに立つ。
その頃。
シルヴィウスの執務室には、オリバーが紅茶を淹れて戻ってきており、シルヴィウスは消えた気配に苦笑する。
「やはり、お強いですね……若様方は。」
「シリウスの息子達も飛ばされてる。邸内に侵入した者も、そうでない者も。」
「救出なさいますか?」
「不要だ。」
「畏まりました。」
「系譜を譲るつもりはない、か。オリバー、2年後にユージーンに家督を譲る。卆なく陰に移行できる支度を。」
「は。」
紅茶を飲み干したシルヴィウスは、天井を仰ぐ。
成長した息子達は、愛したはずの妻が育児をしてこなかった者達。
光陰を1としてきた結果がこれかと、思い知らされる。
ただ、成長は喜ばしい事だった。
自分を出し抜き、ロタールの王位継承権を放棄しようと企んだシリウスを赦してはいなかったのだと気付かされてしまったのだから。
父親が持つ心の憂いを吹き飛ばしたことを知る由もないハロルド達は、エリンを挟んでベッドに入っていた。
「ガイ=シャーマンは、いつまで?」
「グランコールに行くセイロンの様子を見に行くまでかな。一応、ウィリアムには会ってるからな。」
「とんだ狸だったね。」
「まあ…、な。」
「あー、そうそう。お探しのお花畑なんだけどさ。どうやら越境してるみたいだよ、東の方に。」
「…!」
「どんな手口を使ったんだか。皇国の聖女候補になっているらしい。姿形は変わっちゃいないみたいだけど、名前だけは変えたとの報告だった。」
「なんて?」
「ダリア=ヴェイスエリク。」
ふわ、と意識が浮上したのは、ハロルドとユージーンの間にいたエリンだった。
「ごめんね、エル。起こしちゃった?」
「んー……大丈夫。」
「気になる名前だった?」
「ヴェイスエリク………といえば、脱出王。」
「「脱出王?」」
「ん。」
モソモソと動いたエリンは、身体を起こした。
となれば。
両隣の2人もまた、座り直す。
「ジーン。」
「なに?」
「皇国の聖女候補が選別されるのって、どれくらいの時間がかかるものなの?」
「そうだなぁ……大体、早くて3年かな。」
「長いね。」
「小さい頃に読んだ本〝皇国の聖女歴史〟に記事が有ったのを覚えてない?」
「皇国の聖女歴史…」
「ページ総数352。項目第三章第二項、38行目。」
「あー………ちょっと待って。」
むすぅ、と眉根を寄せたエリンは、パラパラと頭の中でページを開いていく。
「あ、あった。」
「はい、答えは?」
「項目第三章〝聖女候補の適正と試験項目〟につき、第二項は〝試験項目〟で、内容の要約。試験は3年に渡って季節ごとに能力の数値を計ると共に、与えられた領地の経営を赤字にさせず、黒字経営として公共の福祉に反しない純利益を上げる事。」
「よく出来ました。」
ユージーンは、左手でエリンの頭を撫でる。
ほっとしたエリンは微笑う。
「確認しにいくとしたら、3年後だね。皇国は、聖女候補の結果が出るまでは外からの人間を受け入れない。」
「それで、エル。ヴェイスエリクが脱出王というのは?」
ハロルドの問いに、エリンは膝を立てる。
指をクルリと回して遮音魔法をかけると、静かに息を吐いた。
「私の前世にいた、奇術師の名前。」
その言葉に、ハロルドとユージーンが視線を交わらせる。
「まさか、その人も前世の記憶保持者?」
「確かめるにしても3年後になるんだろう、エル。今は、ノアの帰りを待とう。」
「ん。」
「それとね、エル。もう、力をセーブする必要はないよ。エリンの心に添うように、好きにして。」
ユージーンの言葉に、エリンはハロルドを見やる。
ハロルドも頷いた事で、エリンは静かに頷いた。
「そうだ、エル。シャルが明後日、邸に来るよ。会えるの、楽しみだって返事きたから、しっかり体調整えようね。」
ユージーンからの思わぬ再会の報告に、エリンは破顔した。
その顔を見て、ユージーンも目尻を下げて笑った。
弟妹の柔らかい雰囲気に、ハロルドも嬉しくなって表情を柔らかくすると、先までの殺伐さが流れていく。
「シャル、元気かな。」




