004 イスキオス王国
イスキオス王国は、代々アステーラス家が王家として君臨しており、王都セリーニの真ん中に王城を構えている。
王城を中心に、貴族街、市民街とドーナツ状に区画整理され、商業区や工業区ともに整理されており、それぞれの区画で街並みがガラリと変化するのが特徴的だ。
アステーラス王家の下に控えるのは、王都を中心に東西南北に統括する領地を分かつ四大公爵家。
東のキーナ。
西のアエーラス。
南のセルモーティタ。
北のパランクス。
東は隣国にボリス皇国が面しており、有名な湖畔を有しているため、別荘地として栄えている土地が複数点在している。
果樹の生産も盛んであり、それを利用して作る菓子は王国の流行を生み出していく文化にある。
西は隣国にサルゴン帝国との境界として、商業国であるダウナント地区を設けており、東西の国境を成立させて維持している。
酪農にも優れ、加工品の流通にも精を出す。
南は大海に面した箇所と、はみ出したように伸びた辺境伯領を有して貿易を担い、穀倉地帯を有しているため、漁業や海運業に優れながらも国の食糧生産を担う。
放牧地帯もあり、騎馬が盛んな地域もある。
北は山岳地帯を有し、鉱山を幾つもなして生計を立てており、どの領内よりも長めに雪と暮らす地域であり、温泉地としての静養地と専門機関を有する学術都市も有すところだ。
北部の寒い中で育つ木材は丈夫で質の良いものが多いため、建築や家具などを手掛ける職人が多い。
(それぞれの派閥、それぞれの思惑が巡る場所。ほんっと、行きたくない。)
馬車に揺られながら、イスキオス王国の成り立ちに復習をしつつ、エリンは溜め息をついた。
クロノス家の四女として生まれて11年。
形成されて行く筈の貴族概念と性格がかけ離れているのは、いわゆる前世の記憶である日本人であった頃の自分だ。
(侯爵の家柄に生まれた義務って言われてもなぁ。兄様には悪いけど、マジで無理だから。図書室で本を読みあさっても日本らしさなんて無い国なのは理解したけど。やっぱりツラい。)
大きくなれば少しは慣れてくるのかと思ったが、存外慣れる見込みがなかった。
アラフォーまで生きたことを思えば、生涯年齢は最早、この世界における母ジェニファーよりも上なのである。
自分が持ち得てきた概念を崩せるような年齢でも、性格でもないことが分からないことが災いしているのが現実となっているだけに、今回の行事も負担でしかないのだ。
「緊張してるのか?」
向かい側に座るハロルドに声をかけられ、エリンは首を横に振った。
先まで考えていたことをハロルドに言うわけにはいかないため、少しばかり間をおいてエリンは口を開く。
「茶会が終われば、ジーン兄様に会えないかなと思って。学院で疲れているだろうけど、少しだけでも時間取ってもらえるかな?」
「クリスのことで、か。」
「うん。」
「エルらしいよ。」
ふわり、と兄が口角を上げれば、妹もまた、少しだけ口元を緩めたのだった。
今はまだ、クロノス侯爵家の次女として行動すべき時間。
未成年である以上、一人で生き抜いていくには早すぎるとエリンは理解している。
長兄のハロルドがエスコートしてくれることは、父親にエスコートされるよりも有り難かった。
「俺も他の家門にいる者を把握できるから助かるよ。エリン、本当に最低限の義務さえ果たせば構わないからね。無理する必要はないよ。」
「うん、助かる。」
人嫌い。
そんな単語で片付けたくはないハロルドは、長兄としての責務と、不器用ながらも自分を慕ってくれる妹を見つめる。
(いつか、話してくれたらいいけど。)
ハロルドが自分を見つめていることに気づいたエリンは少しだけ首を傾げた。
「なに?」
「いーや、なんでも。」
「……?」
馬車の中という空間内においても変わらない空気感に、どこか安心したハロルドは到着までの間、柔らかい表情をしたままだった。
どこか楽しそうな兄に何を問うことはなく、自然と時間は過ぎていく。