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051 告白

 寝衣から動きやすいパンツスタイルに着替えたエリンは、髪をクルリと纏めた。


 私室の扉を開けば、ガイが控えている。



「じゃ、いこっか?」



「…嬢ちゃん。」



 スタスタと歩き出したエリンの少し斜め後ろを歩くガイに「ん?」と視線をやる。



「嬢ちゃんとノア、ちゃんと意思疎通出来てんだね。」



「子供扱いしない人だったから余計かな。私のことを人として相手してくれていたから。ノアや兄様達がいなければ、私は今こうして、人の形を成していなかったと思う。」



 ピタリと立ち止まったのは、父親の執務室。


 自然と心臓が早打ちする。


 スッと右手の拳を上げてノックし、中からの返事を待つ間に深呼吸して落ち着こうと試みるが大して意味は無い。


 カチャリと中から扉が開き、ハロルドが出迎えてくれる。



「大丈夫なのか?」



「はい。」



「ノアは……外に?」



 コクリと頷いたのを確認すると、ハロルドは室内に身体を向ける。



「オリバー、ガイを客室に案内してくれ。湯浴みと食事の用意も忘れずに。」



「畏まりました。」



 室内から執事長であるオリバーが出てきて、スマートな所作でもってガイを連れて歩いていく。


 エリンはというと、ハロルドのエスコートを受けてシルヴィウスの執務室内に通された。


 部屋にいるのは、シルヴィウスとハロルドの2人。



「エル、大変だったね。」



 すっぽりと身を包んだシルヴィウスが掛ける言の葉には、優しさが含まれている。



「ごめんなさい、お父様。兄様達の貴重な時間を、私みたいな者の為に使わせてしまい……」



「そんな事は言わないでくれ。」



 身体を話し、長身のシルヴィウスは視線を合わすべく身体を低くして、むしろエルを見上げる姿勢をとった。



「クリスの件でも、ジェニファーの件でも、私はエルに何も出来てはいない。」



「そんなことは…」



「クロノスの当主として、至らぬ点があった。ハリーやジーンが傍らに居てくれるからこそ、甘えていた部分があったのも事実。すまなかったね…エル。」



 穏やかな声色と表情。


 嘘ではないだろう、その〝対応〟はエリンの心を固めていく。


 少なくとも。


 38年と、13年の年月を生きてきたエリンにとって、今、伝えなければ時期を逃してしまうと感じて。


 ユージーンとノアがいない場において、伝えるのが正しいかは分からないが、順序として筋を通すべきなのだろうと、エリンは覚悟を決める。



「あの……お父、様。」



 声が震えるのが分かる。


 喉を潤すべく、ゴクンと唾を飲み込んでいると、小さく震えた手を握りしめるシルヴィウスと視線が交わった。


 今を、逃す訳にはいかない。



「エル?」



 きゅ、と口を一文字にしたエリンに、シルヴィウスは殊更に柔らかい声色で娘の名を呼んだ。


 目を閉じて、深く息を吐く。


 エリンは、ゆっくりと瞼を開けると、微かに震えながらも、言葉を紡ぎ出していく。



「私…には、前世の記憶があります。クロノスの、意向に添えない事も多々……あるような状況です。」



 シルヴィウスは一瞬だけハロルドを見やり、即座にエリンへ視線を戻す。


 ハロルドは遮音魔法を使い、壁にある通信機器で部屋にユージーン以外は通さないように執事室へ連絡を取った。


 シルヴィウスの目を直接見れず、エリンは少し視線を下げ、それでも言葉は続ける。



「お父様が、お母様と不都合に至ったのも……あの人がクロノスを甘く見たのも、私が、もっと、うまく立ち振る舞えていれば、違う結果になっていたのではないかと、思うんです。」



 震える声は精神を緊張させ、エリンの目からは自然と涙が零れ落ちていく。



「申し訳……ありません。」



 ポロポロと落ちていく涙は止まることを知らず、シルヴィウスはエリンの身体を引き寄せた。



「エルが、どこか線引きしていることは分かっていたよ。ただ……何もしてこれなかった私から聞くのは怖くてね。」



 シルヴィウスはエリンの背中を撫でる。


 ス、と歩み寄ったハロルドはエリンの髪を掬う。



「ソファに座りませんか、父上。話は、それからでも良いでしょう?」



「そうだな。」



 そっと体を離したシルヴィウスは、ソファへと移動しようとするが、ピタリと動けなくなったエリンに気付く。


 すると、エリンの身体を抱き上げて移動する。


 エリンを座らせたシルヴィウス向かい側に腰を下ろし、ハロルドはエリンの隣に腰を下ろした。



「私は、エリンとしての生を受けているのに、クロノスの矜持に従えなくて。不協和音を生み出すことしか出来なくて。どう……したら良いのか、分からないまま逃げ続けていて。エリンとしての〝個〟を〝私〟が奪っているのだとしたら、とか色々考えたら、いつかクロノスを出て行くことしか、考えられなくなっていました。」



 ポツポツと話すエリンに、シルヴィウスとハロルドは耳を傾ける。



「どんなに〝私〟が不協和音を生み出している原因だと分かっていても、クロノスに相応しくないと理解していても、〝私〟は〝私〟でいる事をやめれなくて。そんな〝私〟でも、兄様達が傍にいてくれていたから何とかクロノスでいられたのだと、思ってます。」



 膝の上で両の手を握りしめる。



「そんな〝私〟にも、お父様は事ある度に話をしに来て下さいました。習い事の要望に応えて頂き、魔法具の作成にも許可をして下さいました。クロノスの矜持に従えないのに、クロノスの当主に甘えていたんです。本当に、申し訳ありません。」



 膝に額が付くまで、頭を下げる。


 エリンの体が震えている。


 どうしたものかと眉尻を下げたシルヴィウスは、ハロルドを見やった。


 ハロルドもまた、どうするべきか考えあぐねていた。


 その時。


 バン、と勢いよく開け離れた執務室の扉に室内にいた3人が視線をやると、ユージーンが扉を閉めてズカズカとエリンの傍に歩いていくと片膝をついた。



「エル、身体の具合は?」



「あ…うん、大丈夫。傷は、ガイさんが治してくれて。」



「そう。」



 ふわりと笑みを浮かべ、ユージーンはエリンの隣に座るとシルヴィウスを見やった。



「マスタング公爵領の僻地であるテルエルに邸を用意。そこに退役した者を配置し、公爵家からも人を出させた。アレの腹にあった命は流れたし、精神も完全に崩壊。だから、ついでにとシリウス叔父がクロノスの頃の記憶を眠らせ、魔力も完全に封じた。ひとまず、エルを襲う馬鹿な真似は出来ないよ。」



「ジーン兄様?」



「兄様はつけない約束だろう、エル。それより……なに?父上とハロルドに泣かされたの?エルの目、真っ赤じゃないか。」



 ユージーンがエリンの頬に手を当て、顔を見つめる。



「泣かされてない!私が、勝手に…」



「泣いたのは事実でしょ?やだなぁ、二人とも。僕の最上位がエルだ…って、知ってるよねぇ?」



 ぞわり、と室温が一気に下がるのを誰もが肌で感じる。



「ジーン…!本当に、違うの!!」


 

 慌てたエリンを見て、ユージーンは下げた室温を戻す。



「エル?」



「私が、前世の記憶があると二人に話をしていて、感情が昂って涙が出ただけだから…だから…」



 グニャリと視界が揺れ、エリンは気を失った。


 意志を失ったエリンの身体をユージーンは支えると、抱き抱えて立ち上がる。



「ハロルドの部屋に連れてくね。ノア、邸から離れてるんでしょ。」



「ああ。」



「後で話、聞かせて。エルの神経は鎮めておくよ。」



「ん、頼んだ。」



 立ち上がったハロルドは執務室の扉を開くと、ユージーンは予告通りにエリンを抱き抱えたまま部屋を出て行く。



「父上。」



「なんだい、ハロルド。」



「もし、エルがクロノスを出て行くときは……俺もクロノスを継承せずに出て行って構いませんか。」



「……ああ。」



 シルヴィウスの返事に、僅かに目を見開くもハロルドは表情を戻して頭を下げたのだった。

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