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050 糸

「ほんっと規格外だな、クロノスは。」



「まぁ、な。」



 ハロルドが敷いた陣は、かつてイナンナが敷いた陣と同じ転移魔法陣。


 行き先は、イスキオス王国の王都にある、クロノス侯爵家のエリンの私室。


 エリンをベッドに寝かせた後、ハロルドは説明の為に部屋を出て行き、ノアは傍らに椅子を置いて腰を据え、ガイは壁に背を持たせている。


 傷は癒えたが、エリンは未だに意識を戻してはいない。



「転移魔法は場所のポイントを細かく設定しないと出来ないって、ユーリが言ってた。ハロルドの魔力は、ユージーンの魔力より少ないんだろ?」



「元々の保有量が違うんだ。しかも、ハロルドは魔法より武道を主力として学をも修めてきてる。文官として、次期侯爵家の当主として……光陰の次期光として。少なくとも、ユージーンを抑えうるだけの力を持っている。」



「その2人が気に掛ける嬢ちゃん。クロノスの次期光陰を担う2人にとっちゃ、強みでもあり、弱みでもある。だから、アンタが側にいる?」



 少しだけ斜めに位置するガイから見てわかるように肩を竦めたノアは、ふぅと息を吐く。



「出会ったきっかけは、些細なことだった。ユージーンの奴が、一瞬で態度を変えたから……俺はエルの側にいられたんだ。」



「は?」



「あいつ……俺の気配を感じなかったから、エルには俺に近付くなと忠告したのに。エルが金蹴りして沈めた奴を騎士団に引き渡しに行くのに、エルを俺の傍らに置いていった。」



「一瞬でノアの正体を判断したってこと?」



「可能性の話だ。」



「なんにせよ、嬢ちゃんが繋いでる関係性なんだな。ノアと、ハロルドとユージーンは。」



 腕組みしたガイは、嘆息しながら規則的に呼吸をして眠るエリンを眺めた。



「お前もな、ガイ。」



「否定出来ねーか、実際。嬢ちゃんに起きた現象は、解明しときたい現象なのは事実だし。嬢ちゃんに絡む糸の元がなんなのか、しっかり原因を突き止めないと。」



 椅子から立ち上がったノアが、ガイを見やる。



「その糸ってやつ。なんなわけ?」



 ノアの問いに、今度はガイがエリンの近くに歩み寄っていく。



「最初に気付いたのは、リューベック村で会った時だ。嬢ちゃんの手足や首に纏わりつく黒い糸が幾重にも見えてた。だから、すぐさま措置を施した。治療して、多少の反発を感じながらもカルカロフで移動して。スルスルと糸が再び伸びてきたのに気付いたのは、シアに会う直前くらいか。」



「……黒い、糸……」



「そ。嬢ちゃんに絡みつく前に幾度となく措置してきたつもりだけど、それが一番酷かったのがラングホルムで黒い霧が現れた時だから、術者はクリスティ=マスタングで確定だろうな。」



「今は?」



「綺麗なもんだよ。糸の出現も無くなったし、何より、ウィリアムがかけた保護魔法がガチで完璧。」



「そうか。」



 安堵の声色を出すノアに、ガイは微笑う。



「クリスティ=マスタングも、性根はどうであれ、力は在ったと考えるのが妥当だろ。ただ、まともに鍛錬なんてしちゃいないから、潜在していた力が顕在して暴走した。」



「跳ね返った場合、どうなる?」



「さてなぁ。嬢ちゃん自身が術を跳ね返したわけじゃないから、なんとも言えねーけど。きっちり己の身に返されてると思うぜ?魔法反射(リフレッソ)は大抵のものを100%返しちまうし、更に重ねて魔法を……あー……」



 そこで漸く、ガイは言葉を濁した。


 首を傾げたノアを他所に、ガイはエリンの眠るベッドから離れて距離を取るべく部屋の扉近くに移動する。


 訝しんだノアもまた、部屋の中を歩いていく。



「倍返しか、それ以上の反撃を喰らってる可能性が高い。」



「あー…」



「嬢ちゃんが負担に感じなきゃ良いんだけどな。」



「見切りはつけてるさ。」



「なんで言い切れんの?」



「現状、エルの頭ん中を占めてるのが、ハロルドやユージーン、ガイ達だから。」



「は?」



 目を見開き、ポカンと口を開ける。



『ハロルドやユージーン、ノア。それに、ガイさんの大切な時間を費やしている今を無駄にするような生き方はしちゃいけないんだと思う。』



 ラングホルムに向かう道中での、エリンとの会話。



『いつか、ちゃんと話す。ノアと、ハロルドと、ユージーンには必ず。』



 エリンが考えていることに、クリスティの名は無い。



『あとは、ガイさんもかな。お父様は、伝えなきゃいけないだろうなって…思ってる。』



 だから、見切りはつけていると判断した。


 そこに兄であるラファエルも話す相手に含まれた事は、少し納得がいかないノアではあるが。


 エリンが決めた事を兎角言うつもりはない。


 伝えなければならない相手。


 何かしら行動するにあたって、自分なりの理論を持ちうるエリンであることを知るノアだからこそ、〝見切りはつけてる〟と判断出来る。



「ありがとうな、ガイ。」



「ん?」



「エルに絡む糸、ずっと措置していてくれたんだろう?」



「まー…な。嬢ちゃん、なんも悪くねえんだし。アンタが、ジェノヴァを出てってから側にいようと決めた子だからってのもあるが。何より、俺も嬢ちゃんのこと気に入ってるからな。」



「手ぇ出すなよ。」



「アンタと、元首。それに、次期光陰の2人まで敵に回すほど愚か者じゃないんだが?」



「やっぱり兄貴も入るのか。」



「入るだろーな。アイツが他人に興味を示すなんてこと、殆ど無ぇから。」



 ノアの沈黙に、ガイは苦笑を零した。



「兄弟、似るとこあるもんだな?」



「余計なお世話だ。」



 チッ、と舌打ちをしたところで、ベッドで眠るエリンが身悶えする。


 すぐさま駆け寄るノアの姿に軽く淡い笑みを浮かべながら、ガイも歩を進めていく。



「エル?」



 薄らと目を開いたエリンの視線が少し泳ぐ。



「私の…部屋?」



「そう、エルの部屋。ハロルドが転移魔法を展開した。」



「本気で怒らせてしまったんだね、あの人は。お父様や兄様達を怒らせたら、自分の首を絞める結果にしかならないと分からなかったんだ。」



 エリンは身体を起こす。



「黒い霧が雷を伴って攻撃してきた時に聞こえたの。あの人の声で〝お前さえいなければ〟って。」



「「!!?」」



 ノアとガイが瞬時に視線を交わし、エリンを見やる。


 エリンの視線に合わすべく、ノアは椅子を動かして腰を据えた。



「思念体の攻撃を避ける方法はあったんだけど、躊躇っちゃった。あとで兄様達に怒られちゃうね。」



「俺も怒る?」



「嫌だよ、ノアまでなんて。」



 ふるふると頭を振り、エリンは目尻を下げて微笑った。



「久しぶりに動いてくれる?」



「マスタング公爵家の動向と、ラングホルムの状況で良い?」



「うん。」



「オッケー。付随事項あれば合わせて見てくるよ。ガイを残していくから、ちゃんと身体を休めて、ご飯も食べろよ?」



 エリンが頷いたのを確認して、ノアは侯爵邸から姿を消した。


 二人のやり取りに呆気を取られたガイ。


 気付いたエリンが、ふわりと笑みを浮かべる。



「傷、治してくれてありがとう。」



 我に返ったガイもまた、口元を僅かながら緩めてエリンを見やる。



「さー…て。兄様達に怒られる前に、動かなきゃ。」

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