048 元は王族、そして
エリンは、ノアやガイと共に夕刻の離島ラングホルムの島内を歩く。
ハロルドは、ロタールとの謁見を終えて談話室に通されて別行動となっている。
「この先にいるってさ。」
「うん。」
少しだけ。
ほんの少しだけ、エリンの声が小さかった。
その僅かな変化を逃さないノアは、トンっと軽くエリンの背中に手のひらを当て、前を歩き出す。
出会った頃から変わらない、自分より大きい背中は、今もなお変わらず傍にあり続け、立ち止まらないでいられる力を持っている。
依存している自覚は、ちゃんとエリンに在った。
だからこそ。
ノアが〝根付く鉢〟で居続けるために、エリンも背筋を伸ばして歩いていく。
いつかの、ラファエル=シア=ガルディオスがした時とは違う方法ではあるけれど、その瞬間を見ていたガイは、目を瞬いていた。
(出会った頃より、健康的な身体になったから気にしちゃいなかったけど。やっぱり、まだ引きずってはいるか。夜中は張っとくかな。)
2人から少しだけ距離を取り、歩いていく。
行き着いたのは、集落より少し離れた丘にあるログハウスだった。
ウッドデッキに置かれた椅子の一つに、かつて華奢で細身だった筈の、かなりガタイよく肉付きがよくなり、色も程よくやけた男が座っていた。
エリンらに気付いた男は立ち上がる。
「珍しい、お客さんだね。連絡は来ていたから知っているけれど、ハロルド卿はロタール大公のところかな?」
柔和な笑みを浮かべ、男はエリンが立つ方へと歩く。
一定の距離を保ち、ピタリと足を止めた。
エリンが王族と会うのは、4回目。
1回目は、王妃の茶会に召集されたために。
2回目は、ジェノヴァ共和国からの帰還後にダウナント地区の大使館で。
3回目は、離島ラングホルムに入るために。
そして。
4回目は、自作した魔法具を使用した結果を己の目で確かめるため。
王族の籍を剥奪されたとはいえ、目の前にいるのは、イスキオス王国の第二王子である。
「初めまして、かな。君は、私がクロノス侯爵家を訪ねた時、いつもいなかったから。」
「いなかった訳ではありません。侯爵家の余りものを王族に会わせたくなかった人達の因果律が為した結果です。」
「え?」
キョトンとした男は、ウィリアム元王子。
エリンより少し前に立つノアは、少しばかり溜め息をついて肩をすくめた。
ガイは、言葉の抑揚と言の葉に乗る感情に注視する。
「あの人が私を必要としたのは、貴方との婚約を解消する為に動いた時だけです。あの人が、どんな脳みそをしていて、どんな思考の持ち主かを理解していなかった私の責です。」
そう言って、エリンは両手を前で組むと頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。」
ひと謝りしたのち、すぐに頭を上げる。
「貴方がした行為に関しては、自業自得と思いますので。私の謝罪には含まないでください。」
ふいに、キョトンとしたウィリアムは破顔した。
エリンは少し息を吐き、目を閉じてから静かに瞼を開くと、改めて目の前にいる元王族を見据える。
2年前は映像でしか知らなかった人が、対峙している今の状況は、エリンにとって感慨は深い。
それは、自分が作った魔法具の使用された結果の人が目の前にいるからで、先に言った通り〝あの人が、どんな脳みそをしていて、どんな思考の持ち主かを理解していなかった〟為に起きた結果だからなのだが。
やはり婚約者がいて、他に相手と関係を持つことが正しいと、エリンは到底思えなかった。
王族は、侯爵家よりも妻を多く持つことを認められていても。
前世の価値観が、それを否定する。
「君は、何も憂う必要はないよ。君がダウナント地区で行った暮らしの向上対策をサイラスから聞いている。」
思わぬ名前が出てきたことに、今度はエリンが目を瞬く番となった。
ノアもまた、ピクリと片眉を上げる。
口元を緩めたウィリアムは、さらに言葉を続ける。
「この島は、手紙のやり取りは可能だから。勿論、検閲はされるけれどね。それを生業とする島民も存在している。外界と遮断された島とはいっても、人としての営みは為される島だよ。私も、ここでは王子で在った頃の責務から解放された。」
「解放?」
「レオナルド兄上に敵意を持って対抗しなくてよくなった。母上の期待に添わなくてよくなった。私がイザベラに求めたモノが何だったのか、未だに答えを見出せないのは申し訳ないけれど、それでも今の生活に不満は無いよ。不満が無いことが〝あの人〟にとって満足する結果なのかは知らないが。」
ウィリアムが選んだ言葉は、エリンの意を汲んでのものである。
苦笑を零したウィリアムを見て、エリンが口を開こうとした瞬間だった。
エリンの上空に黒い霧が立ち込め、バチバチと雷のような光が周囲を覆っていく。
「エル!」
「エリン嬢ちゃん!」
ノアとガイの声が大きく重なる。
吹き荒れる風が、エリンの身体に傷をつける。
避ける術が、無い。
「っ!」
切り傷となり、血が流れていく。
「ノア!嬢ちゃんに糸が絡みつこうとしてる。遮断するぞ!?」
いつかの出来事が甦る。
「遮断だけでは足りない……術者に跳ね返す!」
スッと右手を伸ばしたウィリアムは、親指と人差し指、中指を立てた状態で左手を右手に添える。
コォコォと輝いた金白の光が、身体を纏う。
「魔法反射!」
金白の光が、闇を切り裂いていく。
吹き荒れた風が完全に凪いだ直後に、エリンの身体はグラリと揺れた。
「エル!!」
咄嗟に支えたノアに、エリンは少し呼吸を乱しながらも目を細めて、僅かに口角を上げる。
「大丈夫…」
「嬢ちゃん、今すぐ治すから!」
駆け寄ったガイの魔力を感じながら、エリンは意識を飛ばした。
「糸は?」
「アイツが跳ね返したと同時に消滅した。ついでに言えば、保護魔法までかけられてる。効力は半永久的。」
「半永久的?」
「ユーリと良い勝負しやがってる、腹黒もいーとこ。」
傷を癒していくガイから、ノアは視線をウィリアムに移す。
ガイの発した言葉の意味が分からない訳がない。
静かに、ノアから殺気が漏れだす。
治療するガイは、視線をエリンから外さずにノアの殺気を相殺させる。
「今は堪えろ。嬢ちゃんの精神に負担がかかる。」
チッと舌打ちするノアに嘆息しながらも、ガイはエリンの傷を治していく。
「ノア、ガイ!何が起きた!?」
全力疾走という言葉が当てはまるほどの速さで、ハロルドが駆けてくる。
ノアに触れたハロルドは、瞬時に読み取った。
「よく、抑えてくれたよ………ノア。」
バチリ、と結界をエリンら3人に半円で瞬時に敷いたハロルドは、ザリっと音を立ててウィリアムと相対する。
「君は、本当にエリン嬢思いなんだね。いや……それ以上、かな?」
「否定しないさ。」
ハロルドの目は鋭さを増す。
「エルが、どれだけ心を砕いたと思ってる。どれだけ苦しんだと思ってる。」
低い声が響く。
ノア以上の殺気は結界がビリビリと揺れるほどで、エリンの治療を終えたガイは息を呑みながらハロルドを見やり、立ち上がった。
結界の限界ラインまで歩いていく。
「ハロルド、嬢ちゃんの治療が終わった。ベッドで休ませてやろうぜ?」
ガイの言葉はハロルドに届き、結界がパラパラと解かれてサークルを描いていく。
それは、ノアにとって見覚えのある魔法陣だった。
青白く輝いた陣にハロルドが乗り切った瞬間、4人の姿はウィリアムの前から消え去ったのである。
「さすが、クロノスの後継者。レオナルド兄上は、良い友を持てたもんだな。」
自虐的に笑ったウィリアムの声だけが、残った。




