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悪役たる要素とは(Said:イナンナ)

 悪役とは。


 一つは、物語性のある話で〝悪人〟を演じる役、つまり演者のこと。


 一つは、他者から憎まれる役回りに指された人のこと。


 後者は、ひとえに人の概念に因るものでしかなくて、時には政治的な概念から〝悪人〟に仕立て上げられてしまう人をいうこともある。


 歴史でいうところの、明智光秀や石田三成、吉良上野介のように。


 政治的概念。


 これを考えなければ、良い人と取れる事がある。


 明智光秀はパワハラ上司からの攻撃に耐えかね、城まで建てた所領を全て没収され、長年連れ添った奥さんが亡くなって鬱になっていただとか、いないとか。


 石田三成は、豊臣家を守ろうとした立場というだけで人気は無かったものの、大谷吉継との茶会友情話があったりとか。


 吉良上野介は、民らには良き領主だったらしく、赤穂浪士らに邸へ討ち入られてしまう忠臣蔵が演じられた事など一度も無いんだとか。


 単に〝悪役〟といっても、明確にそうだと言い切れない話は多々ある。


 だからこそ。


 設定したはずの〝悪役令嬢〟が何故、断罪を逃れてカロス商会なるものを運営し、公爵夫人になっているのか気になった。


 私が書いてないところで、何か〝悪役〟になりきれなかったところがあったんじゃないか。


 物語ではない、生きた人たちだからこそ得たかもしれない、憶測に留まらない〝悪役〟の生き方が存在したのかもしれない。


 確かめたいと、思ってしまった。


 そう……気になって、気になって、遂に我慢できなくなってしまった。


 だから。


 私は、エリン=クロノスを舞台に引き上げた。


 心が病んでしまったと知って。


 断罪劇をひっくり返した立役者である筈の彼女が病んでしまった事が申し訳なくなってしまって。


 ただの自己満足かもしれなくても。


 ジェノヴァ共和国にあるヴォクリューズドの丘にあるラベンダー畑は、心療には打ってつけなんじゃないかと思って、私とジュードから座標を少しずらして転移魔法を発動させた。


 本来であれば、彼女は表には出てこない〝端役〟にもならない程の人だったはずなのだけれど。


 そう。


 本当に端役にもならないくらいだった。


 そもそも、私は小説の中で彼女のことを僅かな文字でしか表していない。






【クリスティ=クロノスには、両親に加えて兄1人と弟2人、妹が2人いる。】






 設定した〝悪役令嬢〟を紹介するための、たった一文。


 だから、本当に驚いた。


 クリスティ=クロノスが断罪されず、ウィリアム王子が離島に追いやられ、イザベラと結婚していないと知った時は。


 私が小説を書いたのは、イザベラ=カスティーアが侯爵令嬢のイジメに耐え抜き、ウィリアムと結婚するまでだったから、その後どう展開していくかなんて分からくて、ただ焦りを感じた。


 しかも、中身が無いフワッとした短編物。


 流行りの小説を真似して書いてみたくて、尻切れ蜻蛉に終わらせた中途半端な小説。


 中身を膨らませることが無かった書き物だった。


 イナンナ=ニンメシャル=サルゴンに転生し、サルゴン帝国の皇位継承者として教育を受けるようになって初めて、転生した世界が小説に書いた世界観と同じなんだと知った時の衝撃は今でもハッキリと覚えている。



『サルゴン帝国の東には、エルンスト王が統治するイスキオス王国があります。』



 それまでは、この世界が何なのかなんて調べようとは思わなかった。


 興味がないわけじゃなかったの。


 前世に未練があったわけでもなかったから今世は全く違う世界観だけど、それなりに楽しもうとしていただけで。


 だから、知らなきゃいけなくなった。


 イザベラ=カスティーアが男爵令嬢から這い上がる物語ではなくて、クリスティ=クロノスが〝悪役令嬢〟を外れた理由が何なのかを。


 ぐるぐると回る思考は、頭から離れない。


 それでも、サルゴン帝国を飛び出して正解だったんだと私は思っている。


 エリン=クロノスは、恐らく私と同じ転生者。



『この世界で私が生き抜く為の糧となります。』

『この……世界で?』



 私には、この言葉だけで十分だった。


 彼女は確実に前世の記憶を持っていて、私と同じように間違いなく文字では無い〝この世界〟を生きているんだと知るには。


 そうなのでしょう、エリン=クロノス嬢?


 いつか必ず、全てをお話しします。


 私が貴女の心を悩ませるような人を生み出してしまったのだから。


 贖罪は要らぬ世話かもしれません。


 けれど、私は……貴女の人生を歪めた一因であることを知ってしまいましたから、知らぬふりを続けるなんてことは矜持に反するのです。



「なんで私が旦那様に会えないのよ!?屋敷にも入れないなんて、どういうこと!!?」



 庭先で叫んでいる声が聞こえる。


 お腹も大きくなったというのに落ち着きがない。


 まあ、自身が経営するカロス商会の売り上げも落ちて、代わりにウルク・マルシェが台頭しているのが気に食わないんでしょうけれど。


 私は〝悪役〟にはならない道を行く。


 イナンナ=ニンメシャル=サルゴンは、ルートヴィヒ=マスタング公爵の正妻として、このイスキオス王国での地位を確立するのですから。


 貴女は、クロノス侯爵家の光陰を軽んじてしまった。


 エルは次代の光陰を担う2人、ハロルドとユージーンに好かれている。


 更に、長年サルゴン帝国と争ってきたジェノヴァ共和国を治める元首の弟が側に控えている。


 要らぬ噂を流すものではないんです。


 いずれ我が身に返ってしまう。


 彼女が未成年で社交デビューもしておらず、反論出来ない事を良しとして流したのなら尚更、貴女は自ら〝悪役〟になる要素を作り上げてしまったのでしょうね。


 見た目は若くても、彼女の所作に幼さは無かった。


 侯爵家の教育を受けた賜物であれば、クリスティ自身にもあるものでしょうに。


 それすら感じ取れない今の有様は見るに耐えない。



「奥様、窓に姿を出されませんよう。」



「心得ています。それよりも、ルーイが間もなく帰られる時間になります。早々に立ち去らせなさい。私が魔法で実力行使しても宜しいのよ?」



 慌てた執事長が騎士に目くばせして、騎士が走って部屋を出て行く。


 貴方は行かないの?と視線をやれば、執事長は頭を下げて静かに部屋を出て行った。


 やれやれ、ね。



「立場を弁えなければ、消されるでしょうに。」



 光陰は動いている。


 私がルーイと身体を重ねている時も、エルンスト王に謁見している時も、医師の診察を受けている時も。


 そっ、と右手をお腹に当てる。



「せっかく、ジュードにサルゴン帝国を託せたのです。イシルドゥアも、私も、今すぐ死ぬわけにはいきません。」



 ねえ、クリスティ。


 貴方は何故、妹を陥れる噂を流したんです?


 せっかくイザベラにとっての〝悪役令嬢〟を逃れることが出来たのに、どうして自らエルにとっての〝悪役〟に成り下がったんです?


 クロノス侯爵家は、貴女の味方をするのかしら。


 私なら、しない。


 エルの周りにいる人達は、明らかに勝者。


 意図しているわけではないでしょうけれど、彼女は自分を貫いて自由を勝ち取るために、心が病んでも生き続けてきた。


 死んだら負けなんです、何事も。


 きっと、エルも同じ考えなんでしょう。


 死んだら負け。


 少なくとも、私はそう思っているからこそ、イナンナとして精一杯生きる道を選んだ。


 死にたくない。


 生きたい。


 生き抜くためには、文字ではないリアルに息づく人達と対等に渡りあわなければならない。


 故に、悪役とは。


 勧善懲悪な世界観では、必要不可欠な要素。


 オーソリティ・フィギュア。


 さあ、これから貴女はどう動くの?


 本邸に入り込むなら遠慮はしないと決めてるの、私。


 私は〝悪役〟にはならずに、この地で天寿を全うするべくして、生きていく。


 自ら死ぬ道なんて選べない。


 光陰に消されるなんて失態を犯すつもりだって、勿論無い。


 エルへの贖罪は、始まったばかり。


 いつか、()()()()()()()()()()になりたいと思うから、私が負けるわけにはいかない。



「さぁて、私がするべき事は一つだけ。『悪役令嬢である因果律から抜け出した悪役令嬢が〝ヒロイン〟であると北叟笑む粗末な方から……自由に繋がる道筋を。好きな道を進むために、必要な戦いは直ぐそこ』にまできたのだから。」



 名も無き人々が息づくこの世界で。


 私は私の信念に基づいて、自由に繋がる道を掴むために生きていく。

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