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047 光と影に用心あれ

 シルヴィウスが侯爵家の当主にらなったのは26歳の時である。


 この時、シルヴィウスの父は齢57歳で身体も頗る頑健であったものの、引退した。


 当然。


 光が交代すれば影も代わる。


 シリウスは21歳で侯爵家の影を纏める地位に就いた。


 ちなみに。


 シルヴィウスは当時既にストラウツェン公国からジェニファーを嫁に迎えており、ハロルドは2歳、クリスティは胎児としてジェニファーの腹内に存在した。



「兄さん、相談があるんだ。」



「うん?」



 晴れたあくる日の昼、シリウスは王城の庭園で結界を張った後で、シルヴィウスにロタールを引き合わせた。



「エルンスト王がシルヴィア妃を妊娠させただろ?生まれる子が男子ならば、ロタールは継承権を放棄したいそうなんだ。そのために、知恵と力を貸してもらえないか。」



「済まぬ、シルヴィウス卿。公の場で私が卿に接すれば要らぬ憶測を兄上にもたせる羽目になる。」



 シルヴィウスは、シリウスとロタールが同じ年であり、学院でも関係性が良好であったのを知っていたから驚きはしなかった。


 しかし、今回の件は寝耳に水。


 王族の思わぬ引退希望に、シルヴィウスは僅かばかり目を瞬かせた。


 王位継承権の放棄。


 この時代に於いては、エルンスト王が即位して程なく第一王子なるレオナルドが生まれており、歳が同じハロルドが後々レオナルドの遊び相手として呼ばれる事になるのだが、それはまだ少し先の話。


 レオナルドの母は、身分的にはシルヴィア妃より低いため、現時点では嫡男たるレオナルドの母としてエルンスト王の正妃におさまっているものの、シルヴィア妃が産む御子の性別によっては正妃の椅子を譲らねばならないかもしれない状況にあった。


 しかし、レオナルドの母であるグレース妃はシルヴィア妃との関係は良好であった為、いつでも受け入れる態勢を整えていたのである。


 懸念すべきは、王族と血縁関係にある者達の利権争いと、サルゴン帝国とジェノヴァ共和国の争い、ボリス皇国の宗教布教による国教との宗教戦争だった。



「私は王位など要らぬ。私を担ごうとする輩が寄ってくるのには、もう耐えられん。アンリエッタと静かにルイーズ領で過ごしたいんだ。」



「王族としての責務を放棄すると?」



「ボリス皇国がイスキオスに対して浅はかな考えに及んでいる今、下手に継承権など持つ者が複数いるのは好ましくないだろう?レオナルドは嫡男だし、その下に男子が生まれれば、更なる分裂が出来うる可能性がある。ならば、一つくらい枝を落としても問題あるまい?」



 失笑混じりに言うロタールに、シリウスは肩を竦めた。


 シルヴィウスも、やや眉を顰める。


 ロタールの言う〝枝を落としても〟の〝枝〟は、ロタール自身を言っているのだから。



「兄さん。」



 まだ、この時。


 シリウスは影を引き継いだばかりで、友を助けたい気持ちの方が強かった。


 クロノス侯爵家の光と影。


 イスキオスにおける、暗部の中枢または情報収集における部隊の根幹であり、王族や四大公爵家が持つ草の追随を許さない闇の部分。


 光は〝クロノス侯爵家の当主〟を務めている者がなる為に誰でもが分かりうるもの。


 しかし、影は違う。


 影は表向きの顔を持った上で行動するため、誰が影かは分からない。


 光と影。


 双方同時に担った者は、過去に2人だけ。



「それで?」



 シルヴィウスの声が低く発せられた声に、ロタールだけでなくシリウスもビクりとした。


 普段が穏やかなだけに、鋭くなった眼光は威を発する。



「ロタール殿下の継承権放棄をさせるにあたって、どの貴族を潰すつもりだ?」



 ひゅっ、と息を呑んだのは何方だろうか。


 庭園の空間を切り離したのはシリウスであったはずなのに、シルヴィウスが場を支配している。


 兄の思わぬ姿に、シリウスはジリと足を引きそうになっていた。



「殿下を推すのは、筆頭公爵家である西のアエーラス。公爵家を潰せば多大なる影響が出るので、筆頭を他に譲るくらいで構わないだろうが。シリウス、お前は継承権を放棄させるだけの叛乱を何処に起こさせるのが最善たる益だと考えている?」



 この時点で、シリウスの影である役目と光であるシルヴィウスの主従関係がハッキリと明確になってしまった。


 今代の光陰は、シルヴィウスの一存となり、光が望む方針に従わざるを得ないと。


 結局。


 東のキーナ公爵家に筆頭を渡すため、他の公爵家が管理する家門を一つずつ潰すだけの材料を揃え、ロタール自らの采配によりエルンスト王に直訴させた上で、望んだ王位継承権の放棄を獲得させたのである。


 このとき、シルヴィウスらが潰した南のセルモーティタ公爵家が管理する家門には、当主にシルヴィウスらの従姉弟が嫁いでいた。



「いつか……報いに応じなければならない時がくるのだろうな。」



「兄さん?」



「私やシリウスが家門を真に管理していようと、そうでない者も出てくる。」



「まさか。」



「その時は覚悟しなければならないだろう。ハロルドや、次に生まれてくる子らがどう育つかは親である私や身近にいる大人次第。影を纏める覚悟は、今回で出来たかい?」



 射抜いてきた瞳は、シリウスがロタールを引き合わせた時と同じ鋭さだった。


 だが、そこには畏怖させるような感情は無い。


 シリウスは無言で頷いた。


 言葉には出ずとも、満足したシルヴィウスは目を細めて口角を少しだけだが緩める。



「それでいい。子らに引き継がなければならない光陰は途絶えさせるには惜しい力だ。だが、ただならぬ覚悟はいるもの。故に、ハロルドには苦労を強いる。嫡男の直系が光を担うとはいえ、そうならないケースも考えて然るべきだ。」



「僕にも子供が出来たら、兄さんと同じような方針で育てていくよ。」



「無理な話さ。人は皆、それぞれが異なる性質を持っている。シリウスは、シリウス自身の方針で家族を作っていけばいい。当人の常識は、他人には非常識さ。」



 シルヴィウスは一旦言葉を止め、ゆっくりと息を吐くと、「ただし」と再び口を開く。



「人の道理や情理に外れるならば、それは親族であろうと王族であろうと排除する。」



「代替わりしての初仕事は、大きすぎたかな。」



「いいんじゃないか。少なくとも、お前は老人らが言うように〝始末〟しなくて済んだんだから。ロタールは殿下を退いて大公になった。満足な結果だろう?」



「……そうだね……」






 そして、今。






 あの時の報いがきたのだと、シルヴィウスは自嘲気味に微笑っていた。


 ユージーンが妻と長女を許さないことは、シルヴィウスは十分に理解していたからである。



「納得するだけの材料、か。」



 それがあれば、どれ程に良かったか。


 悔いたところで時既に遅し。


 エリンを第一に扱うことはせずとも、ジェニファーは何故、エリンを相手にしてこなかったのか。


 問うこともなく、諭すこともなかった自分もまた、ユージーンにとっては粛清対象なのだろうと自負しているだけに、シルヴィウスの吐く溜め息は重い。


 まだ、引退するわけにはいかない。



「ハロルドもユージーンも、エリンと戦う道を選んだんだ。マスタング公爵の力は借りれまい。さあ、どう抗うつもりかな……クリスは。」



 助けを求められたとしても、手は伸ばせない。


 伸ばした時点で、己の命運は決まる。


 結局のところ、シルヴィウスもまた我が身が大事なのだと気付かされたのだ。



「どうするのが最善かな。」



 ロタールを生かす選択をしたシルヴィウスとシリウスは、どう決着をつけるべきかを悩むしかない。


 ただ。


 悩める時間の刻限は、猶予なく締め切られる。

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